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2016.02.11
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【プレスリリース】『人工光合成の実現に向けた酸素発生触媒の開発に成功』

JST

IMS

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科学技術振興機構(JST)

自然科学研究機構 分子科学研究所

総合研究大学院大学

 

プレスリリース概要
『人工光合成の実現に向けた酸素発生触媒の開発に成功
~植物に学ぶ触媒デザインで、植物の反応速度を大きく上回る~』

 

 

【ポイント】

●人工光合成の実現には、水を分解して酸素を発生する反応効率を高める必要がある。

●植物の光合成にヒントを得て、高効率で酸素を発生する鉄の触媒分子の開発に成功した。

●人工光合成技術の実現に向けた大きな一歩で、エネルギーや環境問題の解決に貢献する。

 

JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、自然科学研究機構 分子科学研究所(総合研究大学院大学 構造分子科学専攻)の正岡 重行 准教授、近藤 美欧 助教、総合研究大学院大学の岡村 将也 博士課程大学院生らの研究グループは、植物の光合成よりも高い効率で水から酸素を発生する鉄錯体注1)(酸素発生触媒)の開発に成功しました。

持続可能なエネルギー循環システムの構築に向けて、太陽光のエネルギーを貯蔵可能な化学エネルギーへと変換する人工光合成注2)技術が高い関心を集めています。実現の障害となっていたのは、水の分解による酸素発生反応注3)の効率の低さです。水に光を当てるだけでは、酸素は発生しないため、水の分解を手助けして酸素を効率よく発生させる触媒の開発が大きな課題でした。

本研究グループは、植物の光合成で酸素発生触媒の役割を持つたんぱく質複合体の中に存在する錯体の構造に注目し、その機能を人工的に模倣して、鉄イオンと有機分子を組み合わせた鉄錯体を新たな触媒分子としてデザインしました。この鉄錯体は触媒として高い酸素発生速度と高い耐久性を示し、植物の光合成よりも良好な触媒性能を持つことが分かりました。

本研究で見いだした独自の触媒分子デザイン戦略は、人工光合成のような物質変換反応で、重要な触媒の開発に新たな指針を与えうるものです。今後、触媒分子をさらに最適化し、エネルギー・環境問題の解決を導く人工光合成技術の開発に貢献すると期待されます。
本研究成果は、自然科学研究機構 分子科学研究所、総合研究大学院大学、熊本大学、福岡大学、佐賀大学との共同研究で行われたもので、2016年2月10日(英国時間)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

 

【研究の背景と経緯】

人類が現在直面するエネルギー・環境問題を解決する方策として、太陽光のエネルギーを貯蔵可能な化学エネルギーへと変換する「人工光合成技術」の開発が、近年高い関心を集めています。これを実現する上で障害となっているのが水の分解による酸素発生反応の効率の低さです。酸素発生反応では、水分子が酸素分子、水素イオン、電子に分解されますが、この反応は非常に起こりにくいため、この反応を手助けして酸素を効率よく発生させる高活性な触媒の開発が喫緊の課題となっています。
植物の光合成では、たんぱく質複合体である光化学系II注4)に存在する酸素発生錯体注5)が高活性な酸素発生触媒として機能することが知られています。この酸素発生錯体は生体内でのみ安定な構造で、生体から取り出してそのまま酸素発生触媒として使うことは非常に困難です。そのため、人工的にデザインされた金属錯体を用いた酸素発生触媒の開発が現在までに数多く試みられてきました。しかし、人工光合成技術の実現に必要となる、(1)天然の光合成系に匹敵する高い活性を持ち、(2)耐久性が高く、(3)安価な金属元素、の3つの条件を満たす酸素発生触媒の報告例はありませんでした。

【研究の内容】

本研究では、高い活性と高い耐久性を持ち、かつ安価な金属元素である鉄イオンにより構築される酸素発生触媒分子(図1a)の開発に成功しました。
水の分解による酸素発生反応は、大きく分けて2つの反応からなります。1つ目は、4つの電子の移動を伴う反応(多電子移動反応)で、2つ目は、水分子の酸素原子が、もう1つの酸素原子と結合して酸素分子を生成する反応(結合生成反応)です。つまり、高効率な酸素発生反応の達成には、多電子移動反応と結合生成反応という異なる2つの反応を、いずれも高効率に進行させることが必要になります。
植物の光合成における酸素発生触媒には、実際に水を分解する「活性中心」と呼ばれる部分に、4つのマンガン原子と1つのカルシウム原子で構成されるMn4Ca錯体が存在することが近年の研究で明らかになっています。この錯体は、酸素発生反応に必要な電荷を蓄え、柔軟に構造を変化させて酸化ストレスに対応することで電子移動反応を容易にするとともに、金属イオンが精密に配置されて酸素-酸素結合生成過程を効率化させます。本研究グループでは、このMn4Ca錯体に着目し、酸素発生触媒機能の発現に重要なのは、(1)多核構造注6)、(2)隣接配位不飽和注7)金属イオン、の2つの要素ではないかと考えました。

この予想に基づいて、本研究で用いた5つの鉄イオンと6つの有機分子により構築された鉄錯体の構造を図1aに示します。この鉄錯体は、高効率な酸素発生反応に重要な2つの特長を持っています(図1b)。1つ目は、酸化還元能を持つ多核構造です。酸化還元能を持つ多核構造は、植物の光合成での酸素発生触媒など天然の酵素にも数多く存在し、多電子移動反応の高効率化に非常に重要です。2つ目は、隣接する2つの配位不飽和サイトです。配位不飽和サイトに水分子が結合することで、酸素-酸素結合生成が分子内で進行し、結合生成反応の高効率化が期待できます。

そこで、電気化学的手法により、鉄錯体の酸素発生触媒の機能を検証しました。その結果、この鉄錯体は、触媒の処理能力を示す触媒回転頻度注8)が、毎秒1900回という非常に高い酸素発生速度を持つ触媒であることが判明しました。また、触媒の耐久性を示す触媒回転数注9)も100万回以上と、耐久性も十分に高いことが明らかになりました。さらに自然科学研究機構 分子科学研究所の柳井 毅 准教授、倉重 佑輝 助教、熊本大学の速水 真也 教授との共同研究によって、触媒反応機構についても実験化学的手法ならびに計算科学的な手法で検討した結果、迅速な多電子移動反応と効率的な結合生成反応という2つの要素が、高効率な酸素発生反応の達成に重要な役割を果たしていることが分かりました。

今回明らかにした鉄錯体の酸素発生能力を示す毎秒1900回という反応速度は、反応条件が異なるため厳密な比較は難しいものの、植物の光合成における酸素発生触媒が持つ毎秒400回という反応速度を超えるものであり、安価な鉄イオンを用いた人工的な酸素発生触媒として、植物の光合成を超える反応を示した初めての例です。

 

【今後の展開】

本研究では、人工光合成を実現するための障害とされてきた、水の分解による酸素発生反応を高効率で進行させる触媒を人工的に開発することに成功しました。本研究成果は、人工光合成技術の進展に向けた大きな一歩です。さらに、植物に学ぶ触媒分子のデザイン戦略は、人工光合成の反応を含めた物質変換反応における触媒開発に重要な指針を与えうるものです。今後、触媒分子をさらに最適化することにより、エネルギーや環境問題の解決に貢献する高性能な触媒の開発につながると期待されます。

 

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
JST 戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C)
  研究領域:
  「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」
  (研究総括:國武 豊喜 公益財団法人 北九州産業学術推進機構 理事長)
  研究課題名:「超分子クラスター触媒による水を電子源としたCO2還元反応系の構築」
  研究代表者:近藤 美欧(自然科学研究機構 分子科学研究所 助教)
  研究期間:平成24年10月~平成30年3月
JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
  研究領域:「光エネルギーと物質変換」     
  (研究総括:井上 晴夫 首都大学東京 人工光合成研究センター センター長/特任教授)
  研究課題名:「水の可視光完全分解を可能にする高活性酸素発生触媒の創製」
  研究者:正岡 重行(自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授)
  研究期間:平成21年10月~平成25年3月
JSPS 科学研究費助成事業 新学術領域研究
  研究領域名:「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合」
  領域代表者:井上 晴夫 首都大学東京 人工光合成研究センター センター長/特任教授
  研究課題名:「鉄五核触媒の分子構造制御に基づく低過電圧酸素発生」
  研究分担者:正岡 重行(自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授)
  研究期間:平成27年度~平成28年度

 

<参考図>

fig1

図1 本研究で開発した鉄錯体の(a)構造ならびに(b)特長

鉄錯体は5つの鉄イオンと6つの有機分子により構築されている。5つの鉄イオンによる多核構造を持つことで多電子移動反応を、分子の中心部分に存在する隣接配位不飽和サイトにより結合生成反応を促進することができる。

 

<用語解説>

注1)錯体
 金属イオンと有機分子が結合した構造を持つ化合物。

注2)人工光合成
 太陽光エネルギーを用いて水と二酸化炭素からエネルギー源を生成する植物の光合成反応を人工的に模倣した反応のこと。太陽光のエネルギーを貯蔵可能な化学エネルギー(水素、アンモニア、メタノール)へと変換できる。

注3)酸素発生反応
 本研究では、水分子から電子が放出される(酸化)ことによって酸素が発生する反応のこと。具体的には、下記の化学反応式で表される反応。

2H2O→O2+4e-+4H+

注4)光化学系II
 ラン藻や高等植物の葉緑体中のチラコイド膜内に存在するたんぱく質と色素群との複合体のこと。光化学系IIでは、色素への光が吸収されることにより電荷の分離が引き起こされるとともに、酸素発生錯体(注5参照)において水の分解による酸素発生反応が進行する。

注5)酸素発生錯体
 光化学系II内に存在する、酸素発生を担う触媒サイト。近年の研究により、その構造中には4つのマンガン(Mn)イオンと1つのカルシウム(Ca)イオンにより構築されたMn4Ca錯体が含まれていることが明らかとなっている。

注6)多核構造
 本研究では、同一分子内に複数の金属イオンを持つ構造のことを示す。

注7)配位不飽和
 金属イオンに対して、結合できる原子数よりも少ない数の原子のみが結合した状態のこと。一般に、配位不飽和金属イオンは、水などの分子と結合する能力を持っている。

注8)触媒回転頻度
 1つの触媒分子が、単位時間あたりに生成物に変換できる分子数の最大値のこと。触媒の最高効率を表し、触媒回転頻度が大きいほど反応速度が大きいことを示す。

注9)触媒回転数
 1つの触媒分子が、不活性化する前に生成物に変換できる分子数のこと。触媒の安定性(寿命)を表す。

 

<論文タイトル>

“A pentanuclear iron catalyst designed for water oxidation” 
(鉄五核錯体による酸素発生触媒の開発)
doi: 10.1038/nature16529

 

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

正岡 重行(マサオカ シゲユキ)

  自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授

  総合研究大学院大学 構造分子科学専攻 准教授

  E-mail:masaoka(at)ims.ac.jp

近藤 美欧(コンドウ ミオウ)

  自然科学研究機構 分子科学研究所 助教

  総合研究大学院大学 構造分子科学専攻 助教

  E-mail:mio(at)ims.ac.jp

 

<JSTの事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)

  科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部

  E-mail:info-act-c(at)jst.go.jp

 

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

  E-mail:jstkoho(at)jst.go.jp

自然科学研究機構 分子科学研究所 広報室

  E-mail:kouhou(at)ims.ac.jp

総合研究大学院大学 広報社会連携室

  E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp

※(at)は@に変換してください。

Posted On 2016.02.11 By 広報社会連携室
〒240-0193 神奈川県三浦郡葉山町(湘南国際村)

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