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2013.12.10
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【プレスリリース】『女性に更年期が存在する進化的な理由を解明』(生命共生体進化学専攻 大槻久助教ほか)

soukenndai-rogo

2013年12月10日(火)

 

プレスリリース

『女性に更年期が存在する進化的な理由を解明』

   

 

【研究概要】

 

総合研究大学院大学の大槻久助教(神奈川県葉山町)は英国の研究者らと共同で、女性の閉経前後に長い更年期が存在しその期間において数多くの不快な症状が引き起こされる進化的な理由を解明しました。

ヒトはその生存期間の途中で女性が閉経を迎え繁殖を終えるという、哺乳類の中でも特異な生活史を持ちます。閉経の存在は、自分の娘の子育てを手伝うための適応であると説明されてきましたが、およそ10年間に渡って女性を苦しめる更年期が存在する進化的な理由は謎のままでした。

今回、研究チームは遺伝子の間に起こる対立がその一因であることを突き止めました。ヒトは父親と母親から遺伝子を一つずつ受け取りますが、父由来か母由来かによってその働きが変わる場合があり、この現象はゲノム刷り込みと呼ばれています。研究チームは、更年期を迎えた女性では、父由来の遺伝子が娘に早く閉経を引き起こそうとする一方で、母由来の遺伝子は娘に繁殖を継続するよう相反する働きかけをすることを理論的に予測しました。普段は協調して働く二つの遺伝子が更年期にだけ対立を起こすことで、女性ホルモンのバランスが乱れ不快な症状が引き起こされると考えられます。この予測は、現在知られている女性の繁殖に関わる遺伝子の発現パターンとも合致するものです。

本研究で得られた知見は、将来的に更年期障害の予防医療や不妊治療の診断基準等に応用されることが期待されます。

本研究成果は、2013年12月10日発行のフランスの科学雑誌「Ecology Letters」に掲載されます。

 

 

【詳細研究内容】

 

生物を広く見渡した時に、死亡を待たずして繁殖をやめてしまう種は非常に稀です。ヒトでは女性が50歳前後に閉経を迎えますが、同じ哺乳類で閉経の存在が知られているのはゴンドウクジラとシャチだけです。進化では、より多くの子を残すことを可能にする性質ほど広まりやすいと考えられるので、閉経のように子を減らすことにつながる性質は、一見進化的には不利であるように思われます。そのため、閉経が存在する理由を解明しようと多くの研究がなされてきました。

ヒトの閉経を説明する最も有力な仮説に「おばあさん仮説」があります。これは、高齢の女性が自分で子を生むよりも、娘の子育てを手伝い孫の成長や生存に貢献するほうが遺伝的な利益が大きいので閉経が進化したとする考えです。おばあさんは子育ての経験と知識に優れるので、子育てに加わることで未熟な状態で生まれてくるヒトの乳児の生存率を大幅に改善する効果があったと考えられます。

しかし、おばあさん仮説で説明出来ない現象があります。それが女性の更年期症状です。女性の閉経前後には更年期が約10年間存在し、この時期には多くの女性が体のほてりや動悸といった身体的症状、不眠や気分の落ち込みといった精神的症状に悩まされます。閉経が子を多く残すための進化の産物であるとしたならば、なぜ長く苦しい更年期が存在するのでしょうか?速やかかつ穏やかに閉経を迎える性質はなぜヒトで進化しなかったのでしょうか?

大槻久氏および英国の研究者からなる国際研究チームは、遺伝子の間の対立に着目し、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が女性の体内で対立を起こした結果として女性の更年期の諸症状が現れてくるという予測を理論的に導きました。そして、この対立の起源がヒトの祖先の暮らしていた環境に由来する可能性を示しました。

ヒトに最も近いチンパンジーでは、オスは生まれたグループで一生を過ごす一方で、メスは成熟するとグループを出て行くというメス分散型の生活が営まれています。ヒトの祖先においてもメスが集団を出て行きやすかったという証拠がいくつか存在します。

また、配偶者を巡る競争を考えると、他の多くの動物と同様にヒトの祖先ではオス間の競争がメス間の競争よりも激しかったと考えられます。現代人に残るその間接的な証拠が男性と女性の体格差です。オスでは体格の大きな個体がメスを独占し多くの子を残す一方で、小さなオスは子をあまり残せなかったでしょう。一方で、メスはどの個体も体格によらず一定数の子を残せたと考えられます。

このようなメスに偏った分散パターンやオスにおける子の数の偏りがあると、集団内の血縁関係に奇妙な歪みが生じます。ヒトは父親由来と母親由来の合計二つの遺伝子を持ちますが、父親由来の遺伝子を通じては近い親戚だけれども、母親由来の遺伝子を通じては遠い親戚であるような関係が生じるのです(図1)。

研究チームは進化の数理モデル(補足1)を用いてこの血縁関係の歪みが閉経のタイミングに及ぼす影響を理論的に調べました。すると実際の閉経前後において、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が逆の機能を発揮しようとする時期が存在することが分かりました。研究チームはこれが更年期であると考えたのです。

更年期より前では、娘が保持する両親由来の二つの遺伝子はともに娘に自ら繁殖するよう促します。反対に更年期より後では、これら二つの遺伝子はともに娘に繁殖の終了を促します。しかしながら更年期では、遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする結果、この二つの遺伝子は娘に対し相反する命令を出すことが予測されます。父親由来の遺伝子は閉経を促します。これは父親由来遺伝子を共有する個体が周囲に沢山いるので、自らの繁殖を止め、そのような近親者の子育てを助ける方が得だからです。反対に母親由来の遺伝子は繁殖の続行を命じます。なぜなら母親由来遺伝子を共有する個体は周囲にあまりいないので、閉経して他者の子育てに加わることは損だからです。どちらの親由来かによって相同な遺伝子の働きが異なるこのような現象をゲノム刷り込みと呼びます。

研究チームは、二つの遺伝子が異なった命令を出した場合の帰結をゲーム理論(補足2)のモデルで予測しました。その結果は、二つの遺伝子の対立が原因となって女性ホルモン量が大きく振動するというものでした(図2)。事実、更年期における女性ホルモン量の不安定な乱高下が、更年期症状の一因であることはよく知られています。

GNAS1と呼ばれる遺伝子は突然変異によりその機能が失われると早発閉経が引き起こされることから、女性の繁殖機能の維持に関わる遺伝子であると考えられています。この遺伝子にはゲノム刷り込みがあり、下垂体(補足3)や卵巣といった器官で母親由来の遺伝子のみが発現することが知られていますが、この刷り込みパターンは研究チームの理論的予測に合致するものです。

本研究成果は、更年期がなぜ存在するかという根源的な問いに進化的な説明を与えるもので、進化医学(補足4)における大きな発見の一つです。更年期症状の程度には人種間で違いがあることが知られており、本研究の知見は将来的に遺伝子診断等による更年期症状の予防医療へ応用されることが期待されます。また、この知見に沿った不妊治療の新しい診断基準の開発も期待されます。

 

(補足1)進化の数理モデル

数式を用いてどのような遺伝子が最も多くのコピーを将来に残せるかを計算し、進化の方向を予測する理論モデルのこと。

(補足2)ゲーム理論

利害が一致しない複数の主体が相互作用する際の帰結を予測する理論。主に経済学で用いられるが、進化生物学への応用例も多い。

(補足3)下垂体

性ホルモンを含む多くのホルモンを分泌する脳内の器官。

(補足4)進化医学

病気が存在するそもそもの理由を進化の観点から説明することで、その病気の理解につなげようとする医学のこと。ダーウィン医学とも呼ばれる。

 

 

【論文全著者】

 

大槻 久(おおつき ひさし)

(総合研究大学院大学 先導科学研究科 生命共生体進化学専攻 助教)

Francisco Úbeda(フランシスコ ウベダ)

(Senior Lecturer, School of Biological Sciences, Royal Holloway University of London;ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ 生命科学科 上級講師)

Andy Gardner(アンディ ガードナー)

(Reader, School of Biology, University of St. Andrews;セントアンドリュース大学 生物学科 准教授)

 

 

【論文原題】

 

Ecology drives intragenomic conflict over menopause

 

 

【発表雑誌名】

 

Ecology Letters (出版社 : Wiley-Blackwell), Volume 17, Issue 2(変更の可能性あり), オンライン出版日: 2013年12月10日, doi: 10.1111/ele.12208

 

 

【添付資料】

 図1、図2

図1

図1:ヒトの祖先集団の特徴により、父由来遺伝子間と母由来遺伝子間で血縁の近さが異なるような奇妙な状況が引き起こされていた。

   

図2

図2:更年期には父由来遺伝子と母由来遺伝子が異なる命令を出す結果、女性ホルモン量の乱高下につながり、更年期の諸症状が引き起こされる。

Posted On 2013.12.10 By 広報室
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