「臨床心理の現場と神経科学をつなぐ」
生命科学研究科生理科学専攻 角谷基文
「臨床心理の現場と神経科学をつなぐ」
生命科学研究科生理科学専攻 角谷基文
生理科学研究所(生理研)を基盤機関とする生理科学専攻博士後期課程2年の角谷基文さんにインタビューを行いました。角谷さんは機能的磁気共鳴画像装置(functional magnetic resonance imaging、fMRI)を用いて、人が会話をしているときに脳内で起きている現象の理解を目指し、研究を進めておられます。アメリカの大学を卒業後に日本の大学院に進み、臨床心理士として現場を見てきた後、総研大に入学したというユニークな経歴をお持ちの角谷さんに、研究を始めたきっかけや総研大への志望動機などについて伺いました。
Q:現在の研究を始めたきっかけは何ですか?
A:アメリカの大学にいたときに、心理学に関心を持ちました。1・2年生のときに学んだ心理学が面白かったので、3・4年生は心理学を深く学べる大学に転学しました。アメリカの大学では受講できるクラスの幅が広く、また卒業論文を執筆する義務もなかったので、興味のある研究をしている先生や心理臨床のインターン先を自分で探して、授業以外の場でも研究や臨床などで心理学を楽しく学んできました。卒業後は帰国して、福祉や教育の仕事を経て、臨床心理学の修士課程に入学しました。修士課程では、これまで様々な現場で関わりがあったコミュニケーションに困難を抱える自閉症スペクトラム障害について研究しました。修士課程を修了してからは心理臨床の現場で働いていたのですが、そういった現場を支える発達支援に関する知見は、定量的かつ生理・神経科学に基づいた科学的根拠に乏しいものでした。そこで、科学的な知見を得るために、博士課程では神経科学について研究をしようと思い、神経科学の立場からコミュニケーションについて研究を行っている研究室を探しました。
Q:総研大に進学した理由は何ですか?
fMRIで撮影した角谷さんの脳画像
A:現在所属している研究室を初めて知ったのは、この研究室から発表されていた論文を読んだときです。それから研究室について調べて、総研大の生理科学専攻を知りました。総研大に進学した理由としては、行きたい研究室があったことに加えて、総研大や生理科学専攻の基盤機関である生理研に人的・物的資源や経済的支援が充実していたことが挙げられます。
生理研では、世界的にも著名な教授陣や、新進気鋭の若手研究員や学生がいます。こういった人たちと同じ環境で博士課程を過ごすことができ、研究の進め方や議論の仕方、高度な知識を学ぶことができます。また、総研大では、他分野の学生と交流する機会が多くあります。他の分野で頑張っている学生と知り合いになり、分野を超えてディスカッションをすることで、幅広い視野や人脈の形成に繋がります。
次に、人的資源が充実していれば当たり前のことかもしれませんが、物的資源が充実していることも利点です。たとえば生理研では、実験用のfMRIを三台所有しています。医学系の大学では、fMRIは基本的に医療用として設置されているため、研究で用いるときには、附属の病院の開院時間などに影響を受けます。一方、生理研のfMRIは実験用として設置されているため、そういった制約はありません。また、三台のうち二台は、二人の人が会話や目線でコミュニケーションをしている間、二人の脳活動を同時に測定することが可能です。fMRIを用いた二者間のリアルタイムでのコミュニケーションの研究は世界的にもほとんど例がありません。自身の研究を遂行するための機器の使用上の制約が少ないことや、ここでしかできない研究を行えることは、生理科学専攻に所属する利点だと思います。
さらに生理科学専攻では、RA制度により一定の給与が支払われるため、経済的な負担は少なくてすみます。総研大で博士課程を過ごすための環境は非常に恵まれていると思います。
Q:どんな研究をされていますか?
fMRIを操作し、被検者をMRIの中に移動させている様子
A:ヒトを対象にfMRIを用いて心理学的な実験を行い、コミュニケーションに関与する神経基盤を明らかにすることを目的とした研究を行っています。自閉症をはじめとする社会性に障害を持つ精神疾患は、他者とのコミュニケーションに問題を抱えています。しかし、コミュニケーション時の神経メカニズムについては、精神疾患の患者のみならず、健常成人についてもまだあまり明らかにされていません。
そこで私はコミュニケーションの中でも、とくに日々の生活の主なコミュニケーション手段である会話に注目して、健常成人を対象に会話の楽しさに関する研究を行っています。fMRIは、脳血流の変化に伴う核磁気共鳴現象信号の変化を画像化する方法で、近年発達してきた脳機能イメージング技術です。このfMRIで脳内の活動を見ながら、被検者に会話課題を受けてもらい、その課題に伴う脳の活動の変化を調べます。この実験課題を樹立するために、所属する研究室の先生方と何度もディスカッションをして、予備実験も数多く行いました。研究の構想から実際にデータを取り始めるまでに1年ほどかかりました。そして、データを取り始めてから4か月ほどでほとんどのデータが出そろったので、現在はこれまで取ったデータを論文としてまとめようとしています。
fMRIのデータを得たのち、パソコンで解析を進めていきます。
今回の研究で明らかになったのは、会話の楽しさには、話し手の行動(例:発話)と聞き手の反応(例:相槌)という2者双方の行動の随伴的関わりが重要であることです。つまり、双方の関わりという会話の構造そのものが、楽しさの要因を内包しているということですね。これまで会話のようなコミュニケーションがfMRIを用いた実験のもとに検討されることはあまりありませんでした。この研究は、会話の楽しさの要因、つまり人々の会話の原動力が二者の関わりの中にあることを明らかにするという点で非常に新規かつ独創的な研究であると考えています。
今後はこのようなコミュニケーションの本質に関わる研究を続けて行き、将来的には自閉症をはじめとする社会性の障害の理解および発達支援に関わる研究に繋げていきたいと考えています。
Q:休日はどのように過ごされていますか?
A:研究所で研究をしていることが多いです。しかし、研究をしていないときは、カフェに行ったり、ベースを弾いたり、プールで泳いだり、クライミングをしたりと、積極的に身体を動かしたり息抜きをしたりもしています。
Q:学位取得以降はどのようにお考えですか?
A:海外に出たいと思っています。私の研究分野である社会神経科学はまだ始まって10数年なので、国内では研究者の数も限られています。アメリカやヨーロッパが本場なので、それらの国に学びに行きたいと考えています。しかし、最終的には日本でポストを取りたいですね。なんだかんだ言っても、最終的には日本が落ち着くので。
Q:博士課程を目指す後輩へのアドバイスをお願いします。
A:もし可能なら、学生の間での3年後、4年後などの比較的短い期間での目標と、ポスドク以降、将来的に何がしたいかといった長い期間での目標を持っていた方が良いと思います。目標を持っているのと持っていないのでは、日々の生活の質が全く変わってきます。私の場合はですが、目の前のこと以外にも積極的に情報を集め、参加する学会の幅も広げることで、充実した研究生活が送れています。
また、卒業後の進路を考える際に考慮する必要があるのが専門分野の移動ではないでしょうか。専門性を深めるためにずっと専門分野を変えないことも一つの道だと思われますが、専門分野を変えて、複数の分野での知識や経験をもつことも重要なことだと思います。私は心理臨床の現場を見たことで、そこで発達支援を支える科学的根拠が乏しいということを問題と思うようになりました。発達支援に関する研究は非常に多く行われていますが、実施した介入がうまくいった要因や、逆にうまくいかなかった要因にまで深く言及されていないのが現状です。そして、この問題を解決するための科学的根拠が必要だと思い、神経科学の分野に飛び込みました。両方の分野を知ることで、表面的ではない、より深い考察ができ、そのことがより意義のある研究成果につながるのではないかと考えています。
‐インタビューを終えて‐
私が角谷さんと知り合ったきっかけは、総研大の学生セミナー委員でした。委員として一緒に活動をしていく中で、角谷さんの先を見据えた考えやコミュニケーション能力の高さには学ぶものが多かったです。すでに高いスキルをお持ちの角谷さんですが、総研大および生理科学研究所の人的・物的資源の豊富さや経済的な手厚いサポートが、彼のスキルをより洗練したものにしてくれるのではないでしょうか。
角谷基文
所属: 総合研究大学院大学 生命科学研究科生理科学専攻
専門:社会神経科学・臨床心理学
平成18年8月アリゾナ大学(University of Arizona)行動科学部心理学専攻卒業、平成24年3月白百合女子大学大学院児童文化学科発達心理学専攻修了、平成25年4月より総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻博士後期課程。平成26年4月総合研究大学院大学学長賞受賞。