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2015.10.14
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【プレスリリース】『記憶や学習能力のベースラインは子ども時代につくられる!』

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プレスリリース概要

『記憶や学習能力のベースラインは子ども時代につくられる!』

-スパインの形態を調整するたんぱく質と、そのしくみを解析-

 

【研究概要】

記憶や学習などの脳機能は、神経細胞が無数につながった回路内で、情報がやりとりされることで発揮されます。神経細胞の樹状突起には「スパイン」とよばれる小さな棘状の構造があります。マウスを用いた研究では、記憶が形成される際にその記憶に使われるスパインの形態(大きさと数)が増大し、逆に使わない回路のスパインは小さくなり数も減ります。また、自閉症や統合失調症などの患者さんの脳の多くで、スパイン形態の異常がみつかっています。これらの知見は、スパインの形態が脳機能に重要な影響を及ぼすことを端的に示しています。一方で、「どのような分子が、いつ、どのようにはたらくことで、スパインの形態を制御しているのか」についての知見は不足しています。加えて、スパインの形態はおとなになってからも柔軟に変化するために、「おとなのスパインが、子どもの時(発達期)のスパイン形成によって、どのように、どのくらい影響を受けるのか」といったことも謎のままでした。
今回、国立遺伝学研究所 形質遺伝研究部門の岩田亮平研究員・岩里琢治教授らは、理化学研究所脳科学総合研究センターの糸原重美チームリーダーらとともに自ら作製した複数種類のノックアウトマウスを解析し、スパインの形態形成に「α2キメリン」というタンパク質が関与していることを発見しました。さらに、このタンパク質が、子どもの時(発達期)の脳ではたらくことで、おとなになってからのスパインの形態と脳機能(記憶力)を調節していることも突き止めました。このような本研究の成果は、脳発達の理解や、自閉症などの病態解明にも役立つと期待されます。

 

 図1. α2キメリンノックアウトマウスの海馬で、スパインの大きさと数の増大が観察された。同様の表現型は、生後10日目からα2遺伝子をノックアウトしたときにも観察されたが、おとなになってからノックアウトした場合にはスパインは正常であった。また、α1キメリンノックアウトマウスでもスパインは正常であった。したがって、生後10日目以降の発達期にα2キメリンがはたらくことによって、おとなでのスパインの大きさと数が抑制され、結果として適度に保たれることがわかった。


図1.
α2キメリンノックアウトマウスの海馬で、スパインの大きさと数の増大が観察された。同様の表現型は、生後10日目からα2遺伝子をノックアウトしたときにも観察されたが、おとなになってからノックアウトした場合にはスパインは正常であった。また、α1キメリンノックアウトマウスでもスパインは正常であった。したがって、生後10日目以降の発達期にα2キメリンがはたらくことによって、おとなでのスパインの大きさと数が抑制され、結果として適度に保たれることがわかった。

 

 

成果掲載誌

本研究成果は、平成27年10月7日(現地時間)に、米国科学誌The Journal of Neuroscienceに掲載されました。

“Developmental RacGAP α2-chimaerin signaling is a determinant of the morphological features of dendritic spines in adulthood”

 

【研究の詳細】

私たちの脳は、無数の神経細胞がシナプスを介して作る巨大なネットワーク(神経回路)です。大多数のシナプスは、神経細胞の樹状突起から棘のように出ているスパインに作られ、スパインの形態は、シナプスの機能(すなわち脳の機能)に大きな影響を及ぼします。スパインは、発達期にさまざまな分子が協調してはたらくことによって形成されますが、「どのような分子が、いつ、どのようにはたらいてできるのか」に関する知見は不足しています。発達期のスパイン形態形成のメカニズムが、どの程度おとなでのスパイン形態や脳機能に影響を及ぼすのかについてもよくわかっていません。今回、私たちは「α2キメリン」というタンパク質が、子どもの脳(海馬)ではたらくことで、おとなになってからの「スパインの形態」と「ある種の学習能力」を調節していることを明らかにしました。

 

 

● これまでの研究の概略

αキメリンは、脳で広く発現するタンパク質です。試験管レベルの実験では「細胞形態の制御」に関わることが示されていましたが、生体でどのような役割をするかは未解明のままでした。これまでに私たちは、「左右の手足をそろえて歩くというユニークな表現型を示す突然変異体(ミッフィー変異)のマウス」を発見し、その原因がαキメリンの欠損であることを報告しました(Iwasato et al., Cell 2007)。さらに、αキメリンが欠損したマウスでは、運動を制御する神経細胞の軸索が左右で混線していることも明らかにしました(Iwasato et al., Cell 2007)。これらの成果は、運動系神経回路では、αキメリンが神経細胞の軸索の形態を制御することで、神経回路の形成や動物の行動を制御していることを示しています。
昨年には、αキメリンの欠損マウスでは、文脈型恐怖学習(*注釈参照)の成績が良くなることを報告しました(Iwata et al., Cell Rep 2014)。αキメリンには、「α1型イソフォーム(α1キメリン)」と「α2型イソフォーム(α2キメリン)」とがあります。この学習成績の向上は、α1キメリンではなく、α2キメリンの欠損によっておきていることがわかりました。さらに興味深いことに、海馬依存的学習能力の向上は、おとなでのαキメリンの欠損ではなく、発達期での欠損によって引き起こされていることもわかりました(Iwata et al., Cell Rep 2014)。一連の結果は、α2キメリンが発達期の海馬で非常に強く発現していることと整合しています。
しかしながら、学習能力が向上したマウスの海馬で、どのような神経回路(神経細胞形態)の異常が起きているのかは不明のままでした。今回は、その解明に挑戦しました。

 

*注釈:ある実験用ケージで軽い電気ショックを与えると、その後、同じ実験用ケージに戻した際には電気ショックを与えなくても、電気ショックを思い出して「すくみ反応」を示す。このような学習を文脈型恐怖学習といい、海馬依存的であることが知られている

 

● α2キメリンは、海馬における神経細胞のスパインの大きさと数を調節する

α2キメリンは細胞の形態制御に関与するタンパク質です。私たちはまず、α2キメリン変異マウスでは細胞形態の異常があり、それが記憶力向上の原因となる可能性を考えました。
そこで、記憶力向上の原因となる海馬の神経回路異常を細胞形態レベルで探る目的で、α2キメリンノックアウトマウスを作り、その海馬を解析しました。すると、スパインが大きくなり、数も増えていることがわかりました。軸索走行や細胞の位置、樹状突起の形態には、異常はみられませんでした。これらの結果から、α2キメリンがスパインの大きさと数を抑制していることが明らかになりました。加えて、スパインの大きさと数の抑制が、ephrinA3-EphA4というシグナルを介したα2キメリンの活性化によっておきていることも突き止めました。
一方、記憶力が正常なα1キメリンのノックアウトマウスでは、スパインの異常はみられませんでした。

 

● おとなでの神経細胞のスパインの形態が、子どもの時のα2キメリンのはたらきによって制御される

スパインは、おとなになってからも記憶の獲得にともなって、大きくなったり数が増えたりします。α2キメリンは子どもの時期に強く発現していますが、おとなになってからも完全になくなるわけではありません。おとなのα2キメリンも、おとなのスパイン形態に影響する可能性を否定できません。この点を検証するために、おとなになってから海馬のα2キメリンをノックアウトしてみましたところ、このマウスではスパイン形態の異常はみられないことがわかりました。
一方、胎児期にα2キメリンをノックアウトしたマウスでは、おとなになってからのスパインが大きく、数も増えていました。子どもの時期(スパイン形成が活発になる前の生後10日目頃)にノックアウトしたマウスでも同様でした。
以上の結果は、α2キメリンが、おとなではなく子どもの時期にはたらくことによって、おとなでのスパイン形態を制御していることを強く示しています。

 

● 子どもの時の海馬におけるα2キメリンのはたらきは、おとなでの海馬依存的学習に影響を与える

私たちは、α2キメリンを胎児期からノックアウトした場合に、海馬依存的学習が向上すること、おとなになってからノックアウトしたマウスでは学習機能は正常なままであることを報告していました(Iwata et al., Cell Rep 2014)。また、α1キメリンのノックアウトで記憶が正常であることも報告しています。
今回の研究では、スパイン形成が本格的に始まる前の生後10日目の子どものマウスの海馬でα2キメリンをノックアウトする実験を行い、このようなマウスでは、おとなになってからの海馬依存的学習が向上することを突き止めました(図2)。

 

図2. 生後10日目のマウスの海馬にウイルスベクターを用いる手法でα2キメリンをノックアウトしたところ、胎児期からノックアウトした場合と同様の記憶力の向上がみられた。一方、おとなになってからノックアウトしても記憶力は正常であった(Iwata et al., Cell Rep. 2014)。これらの結果は、生後10日目以降の発達期にα2キメリンが海馬ではたらくことで、おとなでの記憶能力が抑制され適度に保たれていることを示す。

図2.
生後10日目のマウスの海馬にウイルスベクターを用いる手法でα2キメリンをノックアウトしたところ、胎児期からノックアウトした場合と同様の記憶力の向上がみられた。一方、おとなになってからノックアウトしても記憶力は正常であった(Iwata et al., Cell Rep. 2014)。これらの結果は、生後10日目以降の発達期にα2キメリンが海馬ではたらくことで、おとなでの記憶能力が抑制され適度に保たれていることを示す。

 

さらに、海馬切片を電気生理学的に解析することにより、α2キメリンを欠損した海馬ではシナプスの伝達効率がよくなっていることを明らかにしました。
以上のことから、私たちは、α2キメリンがスパインの大きさや数を抑制すること、α2キメリンはおとなではなく子ども(生後10日目以降)の海馬ではたらくことによって「おとなになってからの海馬のスパイン形態と、海馬を用いる記憶能力」を適度に保つはたらきを担うと結論付けました(図3)。

一連の成果は、正常な子どもの脳の発達メカニズムの理解や、自閉症などの発達障害などの理解にもつながると期待されます。

 

図3. 海馬の神経細胞のスパインにあるα2キメリンは、グリア細胞のephrinA3と接触したEphA4によって活性化され、Racの機能を抑制する。Racはスパインを大きくしたり増やしたりするタンパク質であり、その機能を抑制することにより、スパインの形態(大きさや数)を調節する。このような子どもでのα2キメリンの機能が、おとなになってからのスパインの形態や脳機能を適度に調節する役割を担っている。 一方、α2キメリンがない場合には、Racが抑制されないため、スパインの大きさや数は増大する方向にシフトする。このことが、おとなでになってからのスパインの大きさや数のベースラインをあげる。結果として、記憶能力が増大すると考えられる

図3.
海馬の神経細胞のスパインにあるα2キメリンは、グリア細胞のephrinA3と接触したEphA4によって活性化され、Racの機能を抑制する。Racはスパインを大きくしたり増やしたりするタンパク質であり、その機能を抑制することにより、スパインの形態(大きさや数)を調節する。このような子どもでのα2キメリンの機能が、おとなになってからのスパインの形態や脳機能を適度に調節する役割を担っている。
一方、α2キメリンがない場合には、Racが抑制されないため、スパインの大きさや数は増大する方向にシフトする。このことが、おとなでになってからのスパインの大きさや数のベースラインをあげる。結果として、記憶能力が増大すると考えられる

 

【研究体制と支援】

今回の研究は、国立遺伝学研究所形質遺伝研究部門 岩里琢治研究室の岩田亮平研究員(元総研大大学院生)が中心となり、国立遺伝学研究所と理化学研究所脳科学総合研究センター行動遺伝学技術開発チームの共同研究として行われました。
また、この研究は、科学研究費補助金(新学術領域研究「適応回路シフト」(15H01454)、「メゾ神経回路」(22115009)、基盤研究B(15H04263)、基盤研究B(20300118)、特別研究員奨励費(11J03717))、国立遺伝学研究所共同研究(A, B)、FIRSTプログラム、三菱財団、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、山田科学振興財団の支援により行われました。

 

 

Posted On 2015.10.14 By 広報社会連携室
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