2023.02.10

【プレスリリース】生態系における種を超えた協力関係は絶滅へ向かう逆説的な適応進化をもたらす 〜相利系が絶滅に至る新たな脆弱性の発見〜

生態系における種を超えた協力関係は絶滅へ向かう逆説的な適応進化をもたらす
〜相利系が絶滅に至る新たな脆弱性の発見〜

内海邑 1 , 佐藤正都 2 , 佐々木顕 3
1 日本大学 医学部 医系人文・社会・情報科学分野, 2 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 合成生物工学研究グループ, 3 総合研究大学院大学 先導科学研究科/ 統合進化科学研究センター

【研究概要】

生態系において種を超えて助け合う相利関係や一方的に搾取する寄生関係では、他種に強く依存するため、ある1種の絶滅が他種へとドミノ倒しのように波及してしまいます。そのため、相利・寄生系の保全には、きっかけとなる最初の絶滅がどのように生じ、波及するかを明らかにする必要があります。

本研究では、共生者(寄生者)と宿主の共進化を数理モデルで解析し、適応進化を通して絶滅が生じることで相利・寄生関係が破綻する条件を検討しました。その結果、寄生系では個体レベルの適応進化が集団(種・個体群)を絶滅させることはない一方、相利系ではこの逆説的な現象が起きえることがわかりました。本研究で発見された相利系特有の脆弱性は、なぜ世界に相利関係が溢れているのかという長年の問題に新たな視点を加えるとともに、保全において、従来の偶発的な絶滅とは異なる、新たなリスクの存在を示唆しています。

本研究は2023年1月号のEcology Lettersに掲載されました。

【研究内容】

ヒトと腸内細菌、花と訪花昆虫、サンゴと共生藻など、生態系には種を超えてお互いに助け合う相利関係が溢れています。私たちの健康が腸内細菌に支えられ、収穫量にして1/3相当の作物が訪花昆虫を必要とし、9%から12%の食用魚がサンゴ礁に依存するように、生物たちの相利関係は私たちの医療、農業、漁業の大切な基盤です。そして、その保全は現代における世界的な課題です。ところが、相利関係にある生物たちはお互いに強く依存し合っているので、ある種の絶滅がドミノ倒しのように次々と波及し、多くの絶滅を引き起こすとともに相利系の崩壊に繋がってしまうとされています。

そのため、相利系の保全には、きっかけとなる最初の絶滅がどのように生じ、波及するかを明らかにする必要があります。

これら「相利系ではどのようなときに絶滅が起きるのか」、「どのような条件で絶滅が連鎖してしまうのか」という問題に、私たちは「共生者がその宿主を搾取する度合い(搾取度)」と「宿主が共生者に依存する度合い(依存度)」の共進化を表す数理モデルを用いて取り組みました。普通、相利系の共生者は宿主に栄養などの利益を与える一方、宿主の体の一部を利用するなどの見返りを得ています。そのため、共生者が図々しく宿主を搾取している場合、共生者は宿主にとって大きな負担となり、相利系が寄生系に転じたり、宿主が絶滅したりすると想定できます。これが、私たちが「共生者がその宿主を搾取する度合い(搾取度)」に着目した理由です。一方、もし共生者が図々しく搾取しているとしても、宿主が共生者に依存していなければ絶滅は回避できるかもしれません。そのため、宿主側の対抗策として「宿主が共生者に依存する度合い(依存度)」に着目しました。

また、多様な相利系に適用するために、1)腸内細菌のように共生者が宿主なしで生きられない場合、2)花と訪花昆虫のように共生者と宿主が互いに相手なしでも生きられる場合、3)サンゴと共生藻のように宿主が共生者なしで生きられない場合という、3タイプの共生系それぞれについて、同じ共進化を扱う数理モデルを構築しました。

これら数理モデルについて、突然変異体(共生者なら搾取度の異なる個体)が出現し、既存の野生型と置き換わる過程を分析するAdaptive dynamics 理論の枠組みで、共生者の搾取度と宿主の依存度の共進化がどのように進むかを調べました。その結果、個体レベルの適応的な進化を通して、共生者が宿主を搾取するようになることで、宿主は絶滅に追い込まれ、共生者自身も道連れになりえることがわかりました(図1)。つまり、たとえ絶滅の危機に瀕したとしても、共生者が宿主を搾取する適応進化が止まるとは限らないのです。このような現象は一見、病原体が強毒化し、宿主もろとも絶滅してしまうというように、寄生系で生じやすいように思われます。しかし、驚くべきことに、今回のモデルでは、適応進化を通して絶滅に至ってしまうという逆説的な現象が、寄生系では全く生じず、お互いに助け合っている相利系でのみ生じることが明らかになりました。さらに、適応進化による絶滅は相利系でのみ生じるため、たとえ絶滅に向かっていても、宿主は共生者との関係を続けた方が個体レベルでは進化的に有利であり、共生者との関係を切るようには進化しませんでした。

つまり、共生者への依存度を下げ単独生活することで、絶滅を回避できる状況でも、宿主はむしろ依存度を高めて絶滅を促進するように進化してしまうのです。

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図1. 共生者の進化動態のシミュレーション。共生者による搾取度と宿主の依存度によって、寄生系(濃灰)、相利系(淡灰)、絶滅(白)に分かれ、直線の矢印にそって進化が生じる。寄生系では必ず進化的に安定な搾取度(青線)に到達する。一方、相利系では進化によって絶滅領域に飛び出してしまうことがある。

「寄生系ではなく、相利系でのみ、個体レベルの適応進化が集団の絶滅を引き起こす」という結果は、3タイプの共生系全てに共通で、今回想定した搾取度の進化でなくとも成り立つ、非常に普遍的なものでした。このように普遍的で逆説的な結果は理論的な解析を通して初めて明らかになりました。これらの結果は、「潜在的には絶滅を起こしやすいにもかかわらず、なぜ相利系は世界に溢れているのか」という新たな疑問を私たちに突きつけます。また、今回のモデルでは、一見、豊富で安定している相利系であっても、環境変動などによって、適応進化の方向が変わり、突然、絶滅する場合があります。今回発見された相利系特有の絶滅に対する脆弱性は、相利系を保全していく上での潜在的なリスクの存在を示唆しています。

【今後の展開】

腸内細菌叢の崩壊は私たちの健康を大きく損なうことが知られています。今後は、相利系の崩壊過程の一端を明らかにした本研究を、腸内細菌叢のような複雑な生物群集へと拡張し、将来的には腸内細菌叢の制御といった医療応用に繋げていきます。

【本研究について】

本研究はJSPS科研費JP22K15185の助成、および総合研究大学院大学先導科学共働プログラムの支援を受けたものです。

著者情報

  • 内海邑(日本大学 医学部 医系人文・社会・情報科学分野)
  • 佐藤正都(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 合成生物工学研究グループ)
  • 佐々木顕(総合研究大学院大学 先導科学研究科/ 統合進化科学研究センター)

論文情報

Uchiumi, Y., Sato, M. & Sasaki, A. (2023) Evolutionary double suicide in symbiotic systems. Ecology Letters, 26, 87-98.
https://doi.org/10.1111/ele.14136

【連絡先】

内海邑(うちうみゆう)
日本大学医学部医系人文・社会・情報科学分野
E-mail: uchiumi.yu@nihon-u.ac.jp

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