対談 小林誠名誉教授(1/2ページ)|第5代学長 岡田 泰伸(対談・Yasu通信・記事掲載)|歴代学長|大学概要|国立大学法人 総合研究大学院大学

大学概要

対談 小林誠名誉教授(1/2ページ)

ノーベル賞級のインパクトある寄与を果たすため大学に求められる「国際研究拠点」としての役割

 

対談者

  • 小林  誠   総研大名誉教授    略歴
  • 岡田  泰伸  総研大学長      略歴
  • 永山  國昭  総研大理事      略歴

 

小林 誠

経歴

1972年 名古屋大学大学院理学研究科 博士課程修了

1972年 京都大学理学部 助手

1979年 高エネルギー物理学研究所(現・高エネルギー加速器研究機構) 助教授

1985年 高エネルギー物理学研究所 教授

2003年 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所長

2004年 高エネルギー加速器研究機構 理事

2007年 日本学術振興会 理事

2008年 総合研究大学院大学 名誉教授

2008年 高エネルギー加速器研究機構 特別栄誉教授

2009年 名古屋大学 特別教授

2009年 日本学術振興会 学術システム研究センター所長

2010年 日本学士院会員

賞歴

1979年 第25回仁科記念賞

1985年 日本学士院賞

1985年 アメリカ物理学会J・J・サクライ賞

1995年 朝日賞

1995年 第48回中日文化賞

2001年 文化功労者

2007年 ヨーロッパ物理学会高エネルギー・素粒子物理学賞

2008年 ノーベル物理学賞

2008年 文化勲章

岡田泰伸

1974年 京都大学医学部 助手

1981年 京都大学医学部 講師

1992年 岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授

1992年 総合研究大学院大学生命科学研究科 教授(併任)

1998年 総合研究大学院大学 生命科学研究科長

2004年 自然科学研究機構生理学研究所 教授

2004年 自然科学研究機構生理学研究所 副所長

2007年 自然科学研究機構 副機構長(兼)生理学研究所長

2007年 総合研究大学院大学生命科学研究科 生理科学専攻長

2010年 自然科学研究機構 理事(兼)生理学研究所長

2011年 自然科学研究機構 副機構長

2014年 国立大学法人総合研究大学院大学長

永山國昭

1973年 東京大学理学部 助手

1993年 東京大学教養学部 教授

1997年 岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授

1997年 総合研究大学院大学生命科学研究科 教授(併任)

2001年 岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター長

2004年 自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター 教授

2007年 自然科学研究機構岡崎 統合バイオサイエンスセンター長

2009年 自然科学研究機構生理学研究所 情報処理・発信センター長

2011年 自然科学研究機構 専門研究職員

2014年 総合研究大学院大学理事

永山 本日は司会を務めさせていただきます総研大理事の永山です。小林先生については改めて紹介するまでもありませんが、1973年にCP対称性の破れを説明した「小林・益川理論」を提唱され、幾つかの大学を歴任し総研大在任中の2008年にノーベル物理学賞をお取りになられました。現在は日本学術振興会(JSPS)の学術システム研究センター所長を務めておられます。ではよろしくお願いいたします。

 

ノーベル賞輩出のために、今、大学に求められている役割とは? 学問の広がりを生むのは、自由な発想と多様性

岡田 2008年のノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。大変うれしく思っています。我々の教育に生かすために第一にお伺いしたいのが、このノーベル賞受賞のバックグラウンドとなった先生の大学院生だった時期についてです。どこでどのように基礎的な学力をマスターされたのでしょうか。

小林 名古屋大学の物理学教室で、大学院の教育を受けたことそれが非常に大きかったと思います。私は坂田先生の素粒子理論の研究室を最初から希望して進学しました。私にとって坂田研究室という存在は大きなものです。
坂田研究室の雰囲気は、一言で言えば自由ということですね。先輩・後輩も、先生とも自由です。自分の部屋に閉じこもるというのではなく、私はしょっちゅう談話室というかコロキウム室という所に詰めっぱなしという感じでした。また当時は大学院入試の日にちが各大学でばらばらでしたので、みんな色々な大学を受けるため結果的に名古屋大学も外から入ってきた人が非常に多かったですね。本当に色々な人と自由にあらゆることを話せる雰囲気でした。

岡田 それはなかなかいいですね。日本の高等教育での一番大きな欠点の一つに流動性が無いことがあります。私が学生だった頃は国立大学を卒業して大学院に入り、博士研究員(ポストドクター=ポスドク)になり助手になって最後は教授になるというのが一番のエリートだと思われていました。それに比べて欧米などでは動くことが評価されます。異文化に触れ、違ったものに触れることで新しいものが生まれてくることがあるので、流動性の少ない日本はものすごくもったいないと思います。そこの点については坂田研では広く開放されていたように感じます。
総研大では他の大学の全く違った分野の人と学生が、共同研究を通じて異分野に触れてテクニックを学べるという、インターシップ的なことも含めた教育システムを第3期中期目標・計画期間から作ろうとしています。我々の構想をサポートしてもらえるような運営費交付金が来るかどうかは、また別の問題ですけれども。

小林 それはもう、今はどの大学にとっても問題ですね。全体の基盤的な経費を圧縮すると、ボトムアップで自由な発想から出てくる研究の自由度を圧迫してしまいます。それは学問の将来に対して非常に大きな問題で、そういう自由度みたいなものをいかに評価するかは考え方の根本からくるような問題なので、なかなか議論しにくいというか説得しにくいところがあります。

岡田 我々はすぐに社会や産業の役に立つという出口のことを求められますけれども、ものすごく大きく社会の役に立つ新しい産業は、考えてみれば役に立つかどうかなどは考えもしないところから自由な発想で出てきたものです。10年後などタイムディレイはもちろんありますけれども、非常に大きなインパクトを与えるようなものが学術から育っていく構造があります。これがもし出口に近いものだけを求めるようになれば、今はいいけれども10年先、20年先には日本社会も産業も本当に駄目になってしまうと私は思います。

小林 まったくそうだと思います。自由な多様性からしか学問の広がりを大きくできるものは生まれないわけで、頭で「こういう方向」と決めてかかるのは絶対に良くないということですね。

岡田 そういう点でJSPSは基礎的な学術研究をサポートしてくれる大きな味方というか、私も科学研究費補助金(科研費)で支えられてきましたので本当に感謝しています。これからJSPSではどのようなことをされようとしているのでしょうか。

小林 実はいま科研費のシステムを大幅に変えようということで、かなりホットな議論をしながら、皆さん非常に大変な作業をしています。平成30年度がたまたま細目表の見直しの時期に当るので、それに合わせて区分や審査方法などを大幅に変えようとしています。研究者の人にどう受け止められるかちょっと心配はありますが、ぜひいいものにしたいと思っています。

 

国際化を迎える大学において、今もっとも大事なこととは? 留学生や海外からポスドクを多く受け入れながら、日本の強みを残す

永山 留学生に対してJSPSの制度はどうですか。特に日本人がドクターに行く数はこれから減るだろうと思います。そこをどうするのかという問題を考えていらっしゃいますか。

小林 直接留学生に対するプログラムはありませんが、外国人特別研究員とか、少し上のレベルのものがあります。日本の大学の国際化という観点から言うと、一番大事なのはやはり留学生やポスドクを海外からたくさん受け入れることです。そうすることによって初めて日本が国際的な拠点になり得る気がします。

岡田 その国際化というのが一般には「英語化」であるみたいに誤解されていますが、私は英語化だけではないと思うので、留学生にも日本語を教えるようなことを総研大では力を入れていこうと思っています。日本語の問題もお話しいただきたいのですが、日本語を使う国民性というか日本的発想というか、そういうものが先生の研究成果に何かプラスの影響があったのかどうか、その辺りをお聞きしたいと思います。
例えば私は専門外ですが坂田的実体論的アプローチと現象からすぐに本質に飛びたがるような西洋的な現象論的アプローチとがあったように感じていて、結果として実体論的なアプローチが成功したということがあります。そういうように何でも実体論として捉える考え方とか、必ずしも対称性ということに美を見いださない日本的な美意識が結果として何か影響しているのではないかという。門外漢ですけれどもそう思えるような節がありますがいかがでしょう。

小林 大変難しい質問です。要するに反対側に身を置いていないので、その差が自分では分からないですね。実は私には長期留学の経験がなく、坂田グループの考え方というのは1960年代当時においては世界の流れとは少し違うものだったので、そういう環境の中で育った考え方がかなり身に付いているわけです。その一方で、その時期に素粒子理論の基本的なところでは、いわゆるゲージ理論が大きく発展しました。ちょうど私が学生の頃にこの両方を勉強できたのでうまく相乗効果を持ったのではないかと思います。どのくらい日本的かは自分ではわかりませんが、一般論としては、発想というのは絶対に言語に依存しますからね。
すべてを英語にしてしまって世界中がホモジニアスになってはいけないというのは、まったくそうだと思います。ある種のローカル性みたいなもの、やはり多様性ですね。そういうものがちゃんと残る、尊重されるようなことは考えなければいけないだろうと思います。言葉の壁はなくならないですし、それはそれで尊重すべきものです。ただコミュニケーションに英語が必要というのも事実でバランスの問題だという気がします。

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