2024.02.28

【学生インタビュー】世界の謎に挑む。人類の挑戦。(素粒子原子核専攻 髙橋晴輝さん)

素粒子原子核専攻(5年一貫制博士課程3年次)の髙橋晴輝さんは、2023年の「KEK(高エネルギー加速器研究機構)スチューデントデイ機構長賞(最優秀賞)」や、2022年の日本物理学会秋季大会「学生優秀発表賞」などに輝き、その活躍が注目されています。現在、素粒子論や宇宙論などの理論物理学の研究に励む髙橋さんに、総研大での研究生活や将来の展望などについて聞きました。

(インタビュアー:科学技術ライター 藤木信穂)

研究の道を選ぶまで

  1. (5年一貫制博士課程)3年生で既に素晴らしい成果を出されていますね。研究の道を選択したのはいつ頃ですか。

髙橋晴輝さん :大きな転換点は学部4年生の頃でしょうか。授業での素粒子論の勉強を通じて、宇宙の謎をもっと知りたい、この世界をより深く理解したいとの思いが募り、それを探るために、研究室配属の際に素粒子論の研究室を選びました。それまでは別の目標や夢がありました。

素粒子原子核専攻(5年一貫制博士課程3年次)髙橋晴輝さん
  1. 学部時代は、小中高生向けの塾の講師や、高校での講演なども経験されていたそうですね。

髙橋晴輝さん :はい。小学生の頃から将来は教師になりたいと思っていたので、小学生から高校生までいろんな勉強を教えるアルバイトをしていました。学部3年生からは、予備校の講師を目指して高校生に物理の講義をし、より印象を与える話し方などを自分なりに工夫していました。教えることは今でも好きですね。

  1. やはり、高校時代から物理は得意科目だったのですか。

髙橋晴輝さん :高校時代は野球部に所属し、野球に打ち込む日々でした。数学や物理はむしろ苦手だったんです。当初は、物理は難しく、何をやっているのか分からなくてつまらないと思っていました。しかし、教科書を読み込み、自分なりに勉強を深めていくなかで、少しずつその魅力に目覚めていったような気がします。そのうちに、物理を学べる大学に進学したいという方向性が定まりました。

現在の研究生活

インタビュアー 藤木信穂さん
  1. 現在、どのような研究生活を送っているのでしょう。

髙橋晴輝さん :物理学の研究は『理論』と『実験』の二つに大きく分かれています。私は理論の方で、毎日研究室に来て論文を読み、調べたいことを実際に手を動かして計算したり、時にはコンピュータを使って数値計算したりしています。最近、高校でプログラミングが必修になりましたが、情報の知識も必要になることがあります。研究会などで外に出ることはありますが、基本は研究室で研究するスタイルで、フィールドワークなどに出ることはほとんどありません。

  1. 研究所で学生生活を送るという総研大の環境はいかがですか。

髙橋晴輝さん :研究所のため、大学に比べて、まず研究者の人数が圧倒的に多いことが特徴ですね。学生一人に対する教員の比率が高く、手厚い教育環境を享受しています。ポスドク(博士研究員)など最前線で研究されている方と話をする機会も多く、非常によい刺激を受けています。KEKは国際共同研究の場でもあり、海外から来られた研究者との交流も盛んです。

  1. 髙橋さんのホームページは英語のサイトですね。

髙橋晴輝さん :はい。研究においては、発表するのも聞くのも英語が基本言語になります。普段の議論も、海外の方がいらっしゃる場合は英語を使います。(5年一貫博士課程)2年生の時に国際研究会で発表する機会があり、当時は大変緊張しましたが、早くからそうした経験を積ませてもらえたおかげで、今は1時間程度の講演なら、それほど緊張せずにこなせるくらいに成長しました。海外の方とのコミュニケーションは、文化の違いなど勉強になることばかりです。

世界をシンプルな数式で記述する:大統一理論

  1. 素粒子論の中でも、現在の標準模型の課題を解決する「大統一理論」などの研究に取り組まれているそうですが、どんなものなのでしょうか。

髙橋晴輝さん :学部4年生の頃から、『大統一理論』をテーマに研究してきました。素粒子物理学は、物質の最も小さな構成単位である『素粒子』を研究対象とする物理学の一分野です。素粒子とは何かというと、例えばカップの中に水が入っています。水は水分子(H2O)で構成されていますが、水分子は酸素原子と水素原子でできています。例えば、酸素原子の中には原子核と電子があり、原子核は陽子と中性子から成っています。陽子や中性子をさらに細かくしていくと、アップクォークとダウンクォークという素粒子に行き着きます。

水を細かく見ていくと、最後には素粒子がでてくる(higgstan.comより)

 

髙橋さんのマグカップに書かれた「標準理論」の数式

その素粒子物理学において、現時点で最前線の理論が標準模型、または標準理論と呼ばれるものです。数多くの実験結果と合致しているとされるこの理論が、とてもシンプルな式で表せることに初めは驚きました。

私のこのマグカップに書かれているのがその数式です(写真参照)。

一方で、多くの実験結果により証明され、成功しているとはいっても、この理論の枠組みだけでは説明できない謎が残されているのも事実です。例えば、宇宙はどうやって始まったのか。また、私たちの身体などを構成している物質は、宇宙の始まりに一体どのような仕組みでできたのか。そういったことはまだ分かっていません。こうした謎を解明しようとする理論が数多く提案されており、その中の有力な候補の一つが大統一理論です。4つの力のうち、『電磁気力』と『弱い力』、『強い力』の3つを一つの理論で統一しようとするこの大統一理論が完成すれば、標準理論では説明できない現象が説明できるかもしれないのです。ひょっとしたら、100年後、200年後のカップには、これとは違う数式が記述されているかも知れません。

4つの力と統一理論(higgstan.comより)

  1. 髙橋さんが目指す研究のゴールは何ですか。

髙橋晴輝さん :私の研究は、この大統一理論に加えて、私たちの住む縦、横、高さの3次元の世界に時間を加えた4次元よりも、さらに高次の時空を表す『余剰次元理論』を組み合わせた理論で、『ゲージヒッグス大統一理論』と呼ばれます。その最先端の領域において、物質に質量を与えるとされる『ヒッグス粒子』の正体を含め、標準理論では説明できない複数の謎を同時に解き明かしたいというのが大きな目標です。

  1. 素粒子物理学は、日本が伝統的に強い研究分野といわれます。

髙橋晴輝さん :その通りです。湯川秀樹先生に始まり、朝永振一郎先生、南部陽一郎先生、さらにKEKの小林誠先生や、益川敏英先生が先駆的な研究を成し遂げられ、ノーベル物理学賞を受賞されました。また理論だけでなく、多数の研究者による実験でも多大な成果が挙げられ、小柴昌俊先生は実験施設「カミオカンデ」による実験で、梶田隆章先生は「スーパーカミオカンデ」による実験の結果によりノーベル物理学賞を受賞されています。理論と実験の両面において、日本は素粒子物理学をけん引している国の一つです。現在、計画が進む『ハイパーカミオカンデ』でも、将来、ノーベル賞級の発見が期待されます。

  1. 理論と実験が相互に補完し合いながら、素粒子物理学は発展してきたのですね。

髙橋晴輝さん :例えば、大統一理論は約50年前に最初の理論が提唱されましたが、標準理論では説明できない(大統一理論の)予言を確かめるために、カミオカンデ実験がスタートしたという経緯があります。一方、実験で見つかった謎を理論でどう説明するかといった逆のアプローチもあります。理論が実験から刺激を受けることも多く、両者は車の両輪となって科学を前進させてきました。加速器のあるKEKには、実験の研究者がたくさんいらっしゃるため、そういった環境も自分の研究に非常に生きていると感じています。

素粒子と宇宙:ダークマター

  1. 現在は新しいテーマに取り組まれていると聞きました。

髙橋晴輝さん :ゲージヒッグス大統一理論の研究が一つの節目を迎えたため、新たに『ダークマター(暗黒物質)』の正体を探る研究を始めました。宇宙に存在する物質やエネルギーのうち、約27%がダークマター、約68%が『ダークエネルギー(暗黒エネルギー)』とされ、私たちは宇宙についてまだたった5%のことしか説明できていません。この大きな謎を前に、天文学の実験グループなどとの連携を図りながら、素粒子論と宇宙論を行き来しつつ、また海外での研究の可能性なども模索しながら、新たな分野を開拓していきたいと考えています。

ダークマターは誰?(higgstan.comより)

世界の謎に挑む。人類の挑戦。

  1. どんなときに研究の面白さや喜びを感じますか。

髙橋晴輝さん :研究とは世界で誰も知らないことを探すこと、その謎に挑んでいくことです。もちろん、望む結果が出ないこともたくさんありますが、自分が計算によって開いた扉は、私以外の誰もまだ知らないことであり、発見の瞬間の喜びは何にも代えがたい。世の中を知りたいという好奇心と、その蓋を自ら開けて成果を得られた時の感動、それが私たち研究者を前進させてくれます。こうしたことが大きなモチベーションになっていますね。

もう一つは、国際共同研究です。実験だけでなく、理論においても、私が取り組んでいるテーマと近いことがヨーロッパなど他の国々でも研究されています。このように、地球全体で科学を進展させているということが論文を通じて感じることができます。海外の研究者と直接やり取りすることはなくても、国境を越え、男女や年齢の隔たりもなく、人類が一丸となって、歴史上の科学者たちが築き上げた土台の上で、今、私たちが最前線を歩くことができていると感じられることはこの上ない喜びです。歴史の一ページに何かを刻むことができるとすれば、とてもエキサイティングなことです。

メッセージ

  1. 最後に、科学者を志す方や、若い学生さんへメッセージをお願いします。
研究室にて

髙橋晴輝さん :小中高生のうちはまだ何を目指すかが決まっていない人も多いでしょう。そういう方はぜひ、今、目の前にあることを全部やってみてください。もし物理の道に進みたいと思ったとしても、理系の科目だけ勉強すればよいわけではありません。研究は地球全体で取り組む課題がテーマになりますし、海外の方とコミュニケーションを取る必要も出てくるでしょう。世の中には多くの謎があり、理系科目以外の社会科学や人文科学においてもそれは同様です。いろいろな方とコミュニケーションを取って多くのことを吸収し、人生経験を積んで世界を広く知る。それは研究者にならなくても必ず何かの役に立ち、新たな道がきっと開けてくると思います。ぜひがんばってください!私も皆さんに負けないようにがんばります。

用語解説

※標準理論と大統一理論
電磁気力と弱い力を統一的に記述する理論は「電弱統一理論」と呼ばれ、強い力を記述する理論は「量子色力学」と呼ばれる。標準理論には電弱統一理論と量子色力学が含まれているが、それらは別々の理論であり統一されていない。大統一理論はそれら電磁気力・弱い力・強い力を一つの理論にまとめ、統一的に記述するもの。



インタビュアー/記事執筆 藤木 信穂さん

シンメトリ株式会社 代表取締役 / 科学技術ライター


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