2022.12.14

昆虫類において形態の性差をつくるメカニズムの進化的起源を推定

研究論文助成事業 採択年度: 2022

千頭康彦

基礎生物学

Evolutionary history of sexual differentiation mechanism in insects.

掲載誌: 発行年: 2022

DOI: 10.1093/molbev/msac145.

本研究で推定された性決定遺伝子 doublesex の機能進化史

昆虫類の性差を司るdoublesex遺伝子は性特異的スプライシングによる制御を受けます。昆虫類の共通祖先において、その雄特異的アイソフォームは形態の雄分化に必須ですが、雌特異アイソフォームは一部の雌特異的遺伝子の発現を制御するものの形態の雌分化には必要ありません。一方、ハチ類分岐後に出現した完全変態類 (Aparaglossata) のdoublesexは、雌雄に特異なアイソフォームが雌雄それぞれの分化に必須です。すなわち、形態の雌分化への機能はAparaglossataの共通祖先で獲得されたと推定されます。この新機能化には、雌特異アイソフォームのカルボキシル末端の延長が関連した可能性があります。昆虫類の共通祖先の状態を反映する代表種にマダラシミThermobia domestica、Aparaglossataの代表種にカブトムシTrypoxylus dichotomusをそれぞれ示しています。

生物は様々な姿かたちや振る舞いをみせます。この多様性の多くは、進化の中で、私たちのからだの設計図とされるゲノムDNA上の遺伝子が新たな機能をもつことでつくられます。では、遺伝子はどのようにして新たな機能を得るのでしょうか?

遺伝子の機能的多様性を担保する現象の一つに選択的スプライシングがあります。遺伝子がはたらく際には、ゲノムDNA上の遺伝子を含む領域がRNAに写しとられ、そのRNAの情報に基づいてタンパク質が合成されます。遺伝子情報を写しとったばかりのRNAはメッセンジャーRNA前駆体と呼ばれます。スプライシングは、この前駆体から遺伝子の機能に不要な部分を排除し必要な部分を繋ぎ合わせて、成熟したメッセンジャーRNAをつくる過程です。選択的スプライシングは、遺伝子機能に必要な部分の組み合わせが異なるメッセンジャーRNAを産生するスプライシングを指します。選択的スプライシングによって、単一の遺伝子に塩基配列の異なる複数種のメッセンジャーRNAが生じるので、単一の遺伝子でも多様な機能がもたらされます。しかしながら、選択的スプライシングを介した遺伝子の新機能獲得過程はほとんど明らかでありません。

この問題に対して、本研究では昆虫類の性決定遺伝子doublesexを題材にアプローチしました。昆虫類doublesexは、選択的スプライシングにより、雌雄で異なる配列のdoublesexメッセンジャーRNAを生じ、雌分化の促進と雄分化の促進という正反対の機能を果たします。先行研究から、doublesexは雄分化への機能を元々もっており、後に雌分化への機能を獲得したと推定されます。本研究では、昆虫進化の初期に登場したシミ類でのdoublesexの解析と幅広い昆虫類での配列比較を通じて、doublesexの雌分化能の獲得史の推定を目的としました。

本研究により、シミ類のdoublesexは、性特異的スプライシング制御を受け雄分化に必須かつ一部の遺伝子の雌特異的発現を促進するものの、形態の雌分化に必要ないことが分かりました。他の昆虫類の先行研究との比較から、doublesexは昆虫類の共通祖先では雄分化に必要で形態の雌分化に必須でないと推定できました。Doublesexのアミノ酸配列を幅広い昆虫類で比較したところ、形態の雌分化にdoublesexを必要とするグループの共通祖先で雌特異的なDoublesexのカルボキシル末端側が長くなったことが示されました。カルボキシル末端の延伸がdoublesexにおける形態の雌分化能の獲得に関与した可能性があります。

本研究の成果は、有翅昆虫類と他の節足動物の間にあった性決定メカニズムの知見のギャップを埋めるものです。また、過去に提案された選択的スプライシングによる新機能化過程を支持する初めての事例になると考えられます。

書誌情報

  • タイトル:Evolutionary history of sexual differentiation mechanism in insects.
  • 著者:Yasuhiko Chikami, Miki Okuno, Atsushi Toyoda, Takehiko Itoh, Teruyuki Niimi
  • 掲載誌:Molecular Biology and Evolution, 39: msac145.
  • 掲載年:2022
  • DOI: 10.1093/molbev/msac145.

生命科学研究科 基礎生物学専攻 修了 千頭康彦

節足動物を題材に「外適応」並びに「形質進化の極性」という観点から、動物の進化を研究しています。現在みられる動物の様々な特徴(体制、分子メカニズムなど)が如何にして獲得されてきたのか、その歴史とロジックに興味があります。

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