2022.01.17

【プレスリリース】免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体は高い病原性を進化させる

免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体は高い病原性を進化させる

佐々木顕 1 , Sébastien Lion 2,3,4,5,6 , Mike Boots 7
1 総合研究大学院大学, 2 CEFE, 3 CNRS, 4 Univ Montpellier, 5 EPHE, 6 IRD, 7 University of California, Berkeley

【研究概要】

伝染病を引き起こす病原体は、急速に巧妙に進化する能力に長けたウイルスや細菌や原生生物などの微小生物たちであり、人間によるこれら病原体への対策が、病原体の対抗進化を引き起こして、より強大な敵として育ててしまうことすらあります。このような「始末の悪い」病原体、つまり生物が長い進化によって生み出した対病原体の最終兵器とも言える免疫機構をかいくぐり、また最新の科学技術が生み出すワクチンや抗ウイルス剤などをかいくぐる、A型インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどの病原体に焦点をあて、その感染力や病原性の進化を数理モデルで解析しました。理論解析の結果、免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体では、感染宿主をより激しく搾取し、疾病を重篤化させる方向への進化が起きやすいこと、つまりより強毒化する一般的傾向があることが明らかになりました。

【研究の背景】

中世のヨーロッパの人口を半減させた黒死病や、第一次世界大戦末期から全世界を席巻したスペイン風邪の流行などの歴史を紐解くまでもなく、伝染病の流行は人類にとっての重大問題であり続けてきました。新型コロナウイルスに翻弄されている現在のわたしたちの状況を見れば、これはことさら強調する必要もないほど明らかかもしれません。人類に大きな脅威をもたらし、喫緊の対策を迫られる災禍は様々ありますが、こと伝染病への対策に対しては、災禍をもたらす側からの「反撃」があるというのが厄介な点です。伝染病を引き起こす病原体は、急速に巧妙に進化する能力に奇跡的なまでに長けたウイルスや細菌や原生生物などの微小生物たちであり、人間によるこれら病原体への対策が、それを凌駕する病原体の対抗進化を引き起こしたり、病原体をより強大な敵として育ててしまう危険すらあるのです。これが単なる杞憂ではないということは、病原性細菌に対する抗生物質投与という20世紀の人類にとっての切り札が、耐性菌の進化というしっぺ返しを受けたことや、それに対する複数抗生物質の同時投与という新たな切り札が多剤耐性菌の進化をもたらしてしまったという、「連鎖球菌」等の病原体との闘いの歴史を振り返るだけでも明らかでしょう。

私たちは、このような「始末の悪い」病原体、つまり生物進化が生み出した「対病原体の最終兵器」とも言える免疫機構をかいくぐり、また最新の科学技術が生み出す対病原体兵器であるワクチンや抗ウイルス剤などをかいくぐる病原体に着目し、その感染力や宿主に対する病原性の進化の特徴を、数理モデルを用いて一般的に予測することを試みました。免疫やワクチンからの病原体の逃避と病原体の毒性とが同時に進化する場合に何が起こるかについては理論的には全く解明されていない状態でした。私たちは、宿主免疫系との相互作用のもとで抗原性と毒性という複数の病原体形質がどう同時進化するかという複雑な問題に、量的形質の遺伝学と適応進化の動態とを統合する新理論体系(オリゴモルフィック・ダイナミクス)を開発し適用することで、その予測を可能にしました。この理論の解析により、免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体では、感染宿主をより激しく搾取し、重篤化させる方向への進化が起きやすいこと、つまりより強毒化する一般的傾向があることが明らかになりました。

【研究の内容】

生物が長い進化の末に獲得した、病原体対策の決定版とも言うべき「獲得免疫システム」の根幹は、同じ病原体の体内での横暴を二度と許さない執念深いリベンジ、免疫記憶にもとづく免疫応答にあります。この獲得免疫のおかげで、通常の病原体による伝染病では、宿主は最初に感染した際には重い症状に苦しんだとしても、回復すれば同じ病気にはかからないですみます。ところがインフルエンザA香港型(A/H3N2)やAソ連型(A/H1N1)ウイルスは、この獲得免疫系による防御をあざ笑うかのように毎年流行を繰り返し、同じ人が何度もA香港型やAソ連型に感染してしまうといったことが起きます。これらのウイルスに免疫が働かないわけではありません。宿主は「全く同じ」A型インフルエンザ株にはやはり感染はしません。ウイルスの方が、免疫系の「特定注意人物」警戒網の外にはみ出すまで、自らの姿を変えてしまうのです(図1)。

fig1.png
図1.病原体が特異的免疫系から逃げ続ける進化のダイナミクスのシミュレーション。 ある抗原タイプによる爆発的な流行の後、ウイルスは宿主免疫の幅をもった警戒網(交差免疫)に捉えられ、進化が停滞する。十分時間がたち、警戒網の幅を超えるだけの変異が蓄積すると次の大流行が起き、ふたたび進化が停滞する。

では、新型コロナウイルスのように流行の拡大と変異株交代が同時進行する病原体や、インフルエンザA型ウイルスのように、毎年のようにウイルス表面抗原タンパク質を変異させて宿主免疫系から逃げ続けるような病原体では、宿主に対する感染性の強さや病原性の強さはどういう方向に進化しやすいのでしょうか。

数理モデルで調べてみると、このような病原体では、普通の病原体で進化する感染力や病原性のレベルを大きく超えて、宿主にとってより重篤な症状をもたらす方向へ、進化の行き先がシフトする一般的傾向があることが分かりました(図2)。その理由は、宿主免疫系やワクチン投与から逃走しつづける状況では、宿主を「だましだまし」うまく利用してトータルで多くの子孫を残すことよりも、宿主を早々に使い捨てても良いから早く増えられるものが有利になるからだとまとめることができます。トータルの数では損をしても逃走のスピードに優れる株は、結果として、免疫系の包囲網から早く抜け出すことができます。一方、ゆっくり数を稼ぐ株は、数を稼ぐ前に免疫系に飲み込まれてしまうのです。

fig2.png
図2.免疫からの逃走を繰り返す病原体の毒性の進化。宿主免疫から逃れるために抗原を変え続ける病原体では、免疫からの逃避がない病原体のもとで進化する毒性(青い破線)よりは桁違いに高い毒性(感染者の超過死亡率)が進化する。

【今後の展望】

病原体と宿主免疫系、あるいは病原体と人間による防除政策との闘いは、一筋縄では決着がつきません。この研究では、「免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体は、より強毒化もしやすい」という困った特徴を明らかにしましたが、病原体の免疫からの逃走や強毒化のダイナミクスについての解明もかなり進めることができました。免疫やワクチンによる病原体包囲網に対して、病原体の側が急速に巧妙に対抗進化してくるとしても、これらの理論的知見を生かして病原体の進化ダイナミクスに介入することにより、言い換えれば「追い込み方」を洗練させることで、病原体の対抗進化のスピード、さらにはその逃避の成功の可否をも変えることも将来的には可能になると考えています。

【著者】

  • 佐々木顕(総合研究大学院大学・先導科学研究科)
  • Sébastien Lion(CEFE, CNRS, Univ Montpellier, EPHE, IRD, Montpellier, France)
  • Mike Boots (Integrative Biology, University of California, Berkeley, CA, USA)

論文情報

お問い合せ先

  • 研究内容に関すること
    佐々木顕(総合研究大学院大学・先導科学研究科・教授)
    電子メール:sasaki_akira(at)soken.ac.jp
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話: 046-858-1629
    電子メール: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp

PAGE TOP