2022.03.01

【プレスリリース】世界最大の花・ラフレシアの新産地とその生態の解明

世界最大の花・ラフレシアの新産地とその生態の解明~地域社会による生息域内保全の促進に期待~

Bibian Diway 1 , Yasuo Yasui 2 , Hideki Innan 3 , Yayoi Takeuchi 3,4
1 サラワク州森林局研究開発推進部
2 京都大学農学研究科
3 総合研究大学院大学先導科学研究科
4 国立環境研究所生物多様性領域

【研究概要】

国立環境研究所生物多様性領域の竹内やよい主任研究員らの研究チームは、世界最大の花ラフレシアのマレーシア・サラワク州ナハ・ジャレー地域における新産地とその生態について報告しました。
ラフレシアはマレーシアの重要な観光資源の一つですが、限られた自生地と寄生植物という特異な性質から、その生態に関する基本的な知識が不足しています。
今回、サワクラ州でのダム開発に伴い新たに発見された個体群 ※1 の種は、ラフレシア・トゥアンムデであり、これはこの種の最東の分布でした。またラフレシアの花芽成長は、初期および若年期は非常に遅いものの、成熟期は指数関数的な急激な成長を示すことがわかりました。またラフレシアは芽から開花までに約1年の期間を要し、条件によっては非常に脆(ぜい)弱な植物であることが明らかになりました。
この成果は既存の分布や生態の解明に寄与し、ラフレシア個体群を自然環境の中で保全する生息域内保全、また植物園等での生息域外保全の上でも欠かせない知見となります。特に、このラフレシアを有する地域社会による生物多様性保全、地域振興、環境教育の推進に寄与することが期待されます。
本研究の成果は、2022年3月1日付で日本熱帯生態学会から刊行される学術誌「TROPICS」に掲載されました。

1. 研究の背景

ラフレシアは、異臭を放つ巨大な花として有名です。開花は数日しか続かず、自生地も限られていることから「幻の花」とも呼ばれています。また、葉、茎、根を持たず、光合成によって自ら有機物を合成することができないため、ホストであるブドウ科のツル植物に完全寄生するという独特の生態を持っています。生育地は東南アジア地域の熱帯林で、ボルネオ島では9種のラフレシアが見られ、マレーシア・サラワク州ではそのうち4種が確認されています。サラワク州では、その希少性からすべてのラフレシアの種が保護対象として指定されていますが、中でも最大級の花を咲かせるラフレシア・トゥアンムデ(図1)はエコツアーの主要なターゲットとなっており、サラワク州を象徴する生物種でもあります。ラフレシアの保全のためには基礎的な生態の理解が不可欠ですが、その希少性のために、その知見は未だ不足しています。

マレーシア・サラワク州における既知のラフレシア・トゥアンムデの分布と新たに発見された個体群の位置
図1. マレーシア・サラワク州における既知のラフレシア・トゥアンムデの分布と新たに発見された個体群の位置

一方、サラワク州では開発によって熱帯林の土地利用転換が進んでいます。今回は、水力発電ダム開発の対象となったサラワク州ブラガ地域の地元集落が、ダム水位よりも高い標高の地域(ナハ・ジャレー)に移転したことがラフレシア個体群の発見につながりました。今回の発見地域は、ダム開発以前、遠隔地でアクセスが難しいところでしたが、ダム建設によってダム湖でのボートによる往来が可能となり、地域住民らによってラフレシア個体群が新たに発見されました。

2. 研究の目的

この研究では、新たに発見されたサラワク州ナハ・ジャレー地域のラフレシア個体群(図2)の種を同定しました。加えて、保全策策定に不可欠な生態情報である花芽の成長・死亡

※2

を明らかにすることを目的としました。

図2. ナハ・ジャレー地域で発見されたラフレシア(直径52㎝)
図2. ナハ・ジャレー地域で発見されたラフレシア(直径52㎝)

3. 研究手法

ラフレシアの種の識別には、形態による近縁種との比較とミトコンドリアDNAによる系統解析の両方を用いました。また、攪(かく)乱環境 ※3 の異なるフィールドで花芽の成長と死亡を観察・記録し(図3)、成長曲線を推定しました。

4. 研究結果と考察

形態学的比較と系統学的解析(図4)から、新しく発見されたナハ・ジャレー地域のラフレシア種は、サラワク州の象徴種であるラフレシア・トゥアンムデであることがわかりました。この個体群は、この種における既知の分布において最東のものとなります。

ラフレシアの花芽は、初期および若年期(直径10cm程度まで)の成長は非常に遅いものの、開花直前までの成熟期(直径10~30cm程度まで)では急速な花芽サイズの増加を遂げる指数関数的な成長を示すことがわかりました。また、目視で確認できる程度のサイズの芽から開花までは約1年の期間を要すると推定されました。

ラフレシアの花芽の死亡率は場所によってばらつきがあったものの、8割以上の花芽が開花に至る前に死亡しているフィールドもあります。こういった生存の脆(ぜい)弱性は、自然および人為的攪乱の影響があると考えられます。

ラフレシア花芽の発達段階
図3. ラフレシア花芽の発達段階:花芽がホスト植物の幹上に形成され(a、直径2.5cmの花芽)、1年程度かけて成長し(b-d)、開花直前には直径25~30cm程度(e)になる。成熟した花芽は2日程度かけて開花する(f-g)。完全な開花(h)は1~2日続く。その後急速に腐敗する(i)。
近隣結合法
図4. 近隣結合法※4によって推定されたラフレシアの系統関係。新しく発見されたナハ・ジャレー地域の個体群(赤:Rafflesia N.J.と仮で表記)は、既知のラフレシア・トゥアンムデ(Rafflesia tuan-mudae)とクラスターを形成したため、同種であることが推定された。

5. 今後の展望

熱帯林開発が進む中、ラフレシアの生息域内・域外保全策の策定は急務です。そのために、さらなる長期モニタリングによるラフレシアの生態、とくに花芽の死亡要因の詳細な理解が必要です。また、ナハ・ジャレー地域を含む多くのラフレシアの生息域は保護区外の森林であるため、企業や地域住民などの主体による管理も不可欠となるでしょう。特に、本研究の調査が行われたバクンダム地域およびその周辺は、サラワク州でも生物多様性の高いホットスポットの一つです。今回のラフレシアの発見と生態情報は、このラフレシアを有する地域社会による生物多様性保全、地域振興、環境教育の推進に寄与することが期待されます。
今回のラフレシア個体群の新しい発見から分かるように、サラワク州の生物多様性はまだ過小評価されている可能性があります。SATREPS-PUBSでは、サラワク州政府・研究機関とともに、サラワク州の重要な資源である生物多様性の全貌の解明とその利活用に関する研究を進めていきます。生物多様性の解明を通して、適切な保全策にもとづくエコツアーの考案や、現地住民の生物多様性や環境保全への意識向上が期待されます。
本研究の成果は、ラフレシアの保全、サラワク州の森林管理・保護区の方針策定、陸域生態系の保全(SDGs目標15「陸の豊かさを守ろう」、愛知目標12絶滅危惧種の減少防止)に役立つことが期待されます。

6. 注釈

※1 個体群:ある地域に生息する同種の個体の集まりのこと。
※2 花芽の死亡:ラフレシアは葉・茎・根を持たないため、花芽の死亡は個体の死亡を意味する。
※3 攪乱環境:洪水などの自然的要因もしくは人による踏み付けなどの人為的要因によって攪乱が起きた環境のこと。
※4 近隣結合法(Neighbor-Joining法):共通祖先からの分岐を示す系統樹作成法の一つ。アミノ酸配列や塩基配列の類似性から進化的道筋(系統)を解析するもの。

7. 研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「サラワク州の保護区における熱帯雨林の生物多様性多目的利用のための活用システム開発」(研究代表者:市岡孝朗(京都大学大学院人間・環境学研究科教授))、プロ・ナトゥーラ・ファンドの支援によって行われました。

8. 発表論文

  • 論文タイトル
    New locality and bud growth of the world biggest flower, Rafflesia tuan-mudae, in Naha Jaley, Sarawak, Malaysia
  • 掲載誌: TROPICS
    DOI: 10.3759/tropics.MS21-14
  • Bibian Diway 1 , Yasuo Yasui 2 , Hideki Innan 3 , Yayoi Takeuchi 3,4
    1 サラワク州森林局研究開発推進部
    2 京都大学農学研究科
    3 総合研究大学院大学先導科学研究科
    4 国立環境研究所生物多様性領域

お問い合せ先

  • 研究に関する問い合わせ
    国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域 生物多様性評価・予測研究室 主任研究員
    竹内やよい
    takeuchi.yayoi(at)nies.go.jp
    総合研究大学院大学 先導科学研究科 生命共生体進化学専攻 教授 印南秀樹
    innan_hideki(at)soken.ac.jp
  • SATREPSに関するお問い合わせ
    京都大学大学院人間・環境学研究科 教授 市岡孝朗 ichioka.takao.5m(at)kyoto-u.ac.jp
  • JST事業に関すること
    科学技術振興機構 国際部 SATREPSグループ
    加藤裕ニ
    global(at)jst.go.jp
  • 報道に関する問い合わせ
    国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
    kouhou0(at)nies.go.jp
    科学技術振興機構 広報課
    jstkoho(at)jst.go.jp

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