2022.10.26

【プレスリリース】植物生殖研究における長年の謎を解明!〜 カロースによる減数分裂の開始制御 ~

植物生殖研究における長年の謎を解明!〜 カロースによる減数分裂の開始制御 ~

【概要】

植物の花粉は、雄しべ(葯(やく) (1) )の中で花粉母細胞が減数分裂 (2) をすることで作られます。減数分裂の過程は遺伝的に厳密に制御されていますが、特に花粉の形成に必要な減数分裂の開始に関わる分子メカニズムは未解明でした。本研究のヒントとなったのは、減数分裂開始直前の葯に一時的に蓄積する「カロース (3) 」と呼ばれる植物特有の高分子多糖類でした。カロースの葯への蓄積は、減数分裂開始の指標として古くから知られていましたが、減数分裂には関与せず、減数分裂後の花粉形成のみに必要と考えられてきました。

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 野々村賢一准教授、ソマシェカー ハーシャ総合研究大学院大学 大学院生らの研究グループは、葯で高発現するカロースの合成酵素GSL5の機能が欠損するイネ変異体の解析から、GSL5が減数分裂期の葯におけるカロース合成の主要酵素であり、GSL5によるカロース合成が葯における減数分裂の「適切な開始時期と進行」に必須であることを証明しました。

本研究によって、長年の謎であった葯へのカロースの高蓄積が、減数分裂の開始と進行の制御に必要であることが明らかになりました。今後はGSL5およびGSL5を制御する遺伝機構の解析を進めます。カロースの機能は減数分裂に留まらず、植物の生育過程の全般における環境ストレスへの応答と密接に関係することが知られています。したがって、減数分裂とその後の生殖過程におけるGSL5機能の更なる解析は、地球規模の環境変動で懸念される穀物の収量低下に解決の糸口を与える研究への発展が期待できます。

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【成果掲載誌】

本研究成果は、英国科学雑誌「Plant Physiology」に2022年10月23日(日本時間)に掲載されました。
論文タイトル: Rice GLUCAN SYNTHASE-LIKE5 promotes anther callose deposition to maintain meiosis initiation and progression.
(イネのGLUCAN SYNTHASE-LIKE5は減数分裂開始と進行を維持するために葯におけるカロースの蓄積を促進する。)
著者: H. Somashekar, M. Mimura, K. Tsuda, K. Nonomura
(ソマシェカー ハーシャ、三村 真生、津田 勝利、野々村 賢一)

【研究の詳細】

【研究の背景】

減数分裂は、受精に向けて染色体数を半減するとともに、両親から受け継いだ相同染色体の間でシャッフルされて生まれる新たな遺伝子組み合わせを子供に伝達するための特殊な細胞分裂です。

イネをはじめとする被子植物の葯では、花粉を作る前段階で減数分裂を行います。葯に含まれる多数の花粉母細胞 (4) では、減数分裂以前の体細胞分裂は非同調的に進行する一方で、減数分裂は同調して進行します(図1)。減数分裂の開始直前で細胞分裂の進行を一旦停止して、細胞間でバラバラだった細胞分裂の進行を整えた後に、一斉に細胞分裂を再開することで減数分裂の同調性が確立されるのです(図1)。しかしながら、減数分裂の同調をもたらす分子機構は未解明のままです。

また、減数分裂が開始する直前の葯では、植物特有の高分子多糖類であるカロースが減数分裂細胞の周辺に一時的に高蓄積することが減数分裂開始の指標として古くから知られていました(図1)。蓄積のタイミングを考えれば、カロースが減数分裂開始と関連していてもおかしくないのですが、過去の研究から、減数分裂後の花粉形成のみに必要で、減数分裂には不要であると長い間考えられてきました。

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図1. 減数分裂期における葯の発生と減数分裂周期の同調性
(上段) 減数分裂前から減数分裂初期にかけての葯の発生過程の模式図。減数分裂の直前に, 花粉母細胞 (黄) とタペート細胞 (薄緑) の細胞間隙にカロース (赤) が高蓄積する。
(下段) 葯において減数分裂同調性が確立される仕組みの模式図。花粉母細胞の元となる細胞は非同調的に体細胞分裂で増殖するが, 減数分裂前間期になると細胞周期が一時的に停止し, 全ての細胞が一斉に細胞分裂の進行を再開することで減数分裂の同調性が確立する。

【本研究の成果】

本研究では、カロースが減数分裂に役割を持つ可能性を考え、葯で高い発現を示すカロース合成酵素GSL5の機能が欠損するイネ変異体を作成しました。変異体の葯でカロースが消失していたことから、GSL5が減数分裂期の葯におけるカロース合成の主要酵素であることがわかりました(図2A)。また、抗体染色の結果から、GSL5酵素は多数の花粉母細胞が相対する中央部分の細胞膜上だけに偏在し、そこが合成中心となって、葯内の全ての花粉母細胞を包み込むようにカロースを送り出すことが明らかになりました(図2B)。

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図2. イネのGSL5は減数分裂前の葯におけるカロース合成の主要な酵素である
(A) 葯の輪切り切片のカロース染色像 (青)。減数分裂直前の正常イネの葯にはカロースが高蓄積するが (左) 、GSL5の機能が欠損した変異体の葯ではカロース蓄積が欠損した (右)。
(B) 正常な葯の輪切り切片におけるカロース (赤) および GSL5 (緑) の二重抗体染色。GSL5は花粉母細胞が相対する中央部分の細胞膜上 (矢頭、赤と緑が重複) に偏在し、GSL5が分布しない領域も含めて全ての花粉母細胞を包み込むようにカロースを送り出していた (矢印、赤のみ検出)。

葯において減数分裂の開始直前にカロースが大量に蓄積することから、カロースが減数分裂制御にかかわるのではないかと考え、gsl5変異体の減数分裂を観察したところ、gsl5変異体では正常型イネよりも減数分裂が早く開始されることがわかりました(図3A)。また、その後の減数分裂の初期過程において減数分裂染色体の凝縮異常などが観察されました(図3B)。

これまでカロースが減数分裂制御に不要と考えられていたのは、過去に研究に用いられたカロース欠損変異体でも、イネgsl5変異体と同様に葯の中に正常型と異常型の2タイプの花粉母細胞が出現していたものの、異常な細胞の出現が見落とされていたからなのかもしれません。

これらの結果から、長年の謎であった葯へのカロース高蓄積が、減数分裂の適切な開始と進行の制御、およびその後の花粉の形成に必須の役割を果たすことを世界に先駆けて明らかにすることができました。

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図3. GSL5依存的なカロース合成は雄性減数分裂の適切な開始と進行に必須である
(A) 減数分裂前の葯の縦切り切片。正常なイネの葯では減数分裂に必須のPAIR2タンパク質(マゼンタ) はまだ発現していないが (左)、同じ時期のgsl5変異体の葯では PAIR2が既に発現しており (右)、 GSL5が減数分裂の適切な開始時期に必須の役割をもつことがわかる。
(B) 減数分裂期のイネ葯の輪切り切片と (上段)、切片上で確認される減数分裂染色体 (上段の点線囲み) の拡大像 (下段)。gsl5変異体では、同じ葯室内に正常な減数分裂染色体をもつ花粉母細胞 (白囲み) に加え、異常に凝集した染色体をもつ花粉母細胞 (マゼンタ囲み) が出現する。

【今後の期待】

カロースの機能は減数分裂に留まらず、植物の生育過程の全般における環境ストレスへの応答と密接に関係することが知られています。すなわち、葯におけるカロース合成を介した減数分裂制御システムには、ストレス応答にも関係するような未知の因子が組み込まれていると推察されます。実際に、イネが減数分裂を行う「穂孕み期」に高・低温ストレスに晒されると米の収量が著しく低下することが知られており、減数分裂制御と収量、そして環境ストレスとの深い関連を暗示しています。従って、減数分裂とその後の生殖過程におけるGSL5機能の更なる解析は、地球規模の環境変動で懸念される穀物の収量低下に解決の糸口を与えるような研究への発展が期待できます。

用語解説

(1) 葯
小胞子(花粉)嚢。被子植物の葯は4つの袋状の小胞子嚢(葯室)で構成される(図1)。成熟した葯室のそれぞれは、葯壁4層のうち最も内側のタペートと呼ばれる体細胞層が、花粉母細胞および減数分裂により花粉母細胞から作られる多数の花粉を包んだ構造をもつ(図1)。

(2) 減数分裂
受精に向けて染色体数を半減させる特殊な細胞分裂。有性生殖を行う全ての生物は、受精と減数分裂を交互に繰り返すことで染色体数を子々孫々一定に保っている。減数第一分裂で、両親から受け継がれた同じ構造をもつ染色体(相同染色体)が整列し、染色体腕の一部を交換することで、両親とは異なる新たな遺伝子組合せをもつ染色体が創出され、次世代へと伝達される。相同染色体間の整列と減数分裂組換えを伴う第一分裂の前中期では、減数分裂特有の染色体凝縮パターンがみられる。

(3) カロース
セルロース(β-1,4-グルカン)に構造がよく似た、植物特有の高分子多糖類(β-1,3-グルカン)を指す。セルロースが組織を問わず植物細胞壁の主成分である一方、カロースは細胞質分裂の際の細胞板初期形成、病原菌の感染部位での防御反応、篩管孔の形成、花粉殻や花粉管伸長など、様々な植物の発生・生育過程の時々で、細胞壁と細胞膜の間に一過的に沈着し、重要な生理機能を担う。また、特定の大きさ以上の分子を通さない分子篩(ふるい)としての機能、あるいは隣り合った細胞の間をつなぐ輸送経路(原形質連絡)の輸送効率の調整など、細胞間のシグナル伝達制御にも重要な役割が知られる。

(4) 花粉母細胞
減数分裂を経て小胞子(花粉)を生み出す能力をもつ細胞。種子植物の雄性減数分裂細胞の別名。

研究体制と支援

本研究は、ソマシェカー ハーシャ(総合研究大学院大学 大学院生)、三村真生(国立遺伝学研究所博士研究員(現:東京大学大学院・助教))、津田勝利(国立遺伝学研究所・助教)、野々村賢一(国立遺伝学研究所・准教授)の研究グループによりおこなわれました。

本研究は、日本学術振興会 科研費21H04729および18H02181(野々村)、二国間交流事業(共同研究)JPJSBP120213510(野々村)の支援を受けて遂行しました。また、文科省 国費外国人留学生制度の支援、および総研大 研究論文掲載費の助成(ソマシェカー)を受けた。本研究で使用した変異体の一部 (mel2変異体) は、日本医療研究開発機構(AMED)ナショナルバイオリソースプロジェクト イネ(NBRP Rice)から分譲いただきました。

問い合わせ先

    <研究に関すること>

  • 国立遺伝学研究所 植物細胞遺伝研究室
    准教授 野々村 賢一 (ののむら けんいち)
    TEL: 055-981-6872 メール: knonomur@nig.ac.jp

    <報道担当>

  • 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム
    TEL: 055-981-5873 メール: prkoho@nig.ac.jp
  • 国立大学法人 総合研究大学院大学 総合企画課広報社会連携係
    TEL: 046-858-1629 メール: kouhou1@ml.soken.ac.jp

※時節柄、Zoom会議での取材にも対応できますので、Zoom会議をご希望の場合には、その旨お知らせください。

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