2020.11.20

胃がんのリスク因子の集団遺伝学

研究論文助成事業 採択年度: 2020

生命共生体進化学専攻 岩﨑理紗

統合進化科学コース

Evolutionary History of the Risk of SNPs for Diffuse-Type Gastric Cancer in the Japanese Population

掲載誌: 発行年: 2020

DOI: 10.3390/genes11070775

https://www.mdpi.com/2073-4425/11/7/775

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日本人の胃がんのリスクアレルの高頻度化の原因

‍日本人では胃がんの発症リスクを上げる遺伝子型(リスクアレル)の頻度が高く、近縁集団と比べても、高頻度であることがわかる(中段円グラフ)。日本人だけでリスクアレルの高頻度化が生じた原因は、(1)近縁集団では、胃がんの発症に関わらない遺伝子型(ノンリスクアレル)に働く正の自然選択が日本人よりも強いこと(上段系統樹及びテーブル)、また、(2)現生の日本人の胃がんのリスクアレルを含む配列(ハプロタイプ)の一部が、リスクアレルを高頻度に持つ祖先集団である縄文人から派生したこと(下段コラム)の2つによって説明される。上段は、本研究が示した、正の自然選択がノンリスクアレル頻度に与える影響を示している。それぞれの集団のサブハプロタイプに対する自然選択の状態を元に、どのタイミングで自然選択の働き方が変化したかを系統樹上に示した。東アジア人の共通祖先では両サブハプロタイプに自然選択が働いており、現生の漢族ではそのまま現在も自然選択が働き続けているが、他の東アジア人や日本人では、A-Gサブハプロタイプに対する自然選択が弱まるか停止しており、ノンリスクアレルのアレル頻度の上昇にブレーキがかかっている。また、下段は、本研究が示した、日本人の集団動態がリスクアレル頻度に与えた影響を示している。日本人の祖先集団の一つである縄文系統では、リスクアレルの頻度が非常に高かった可能性があり、ノンリスクアレル頻度の高い大陸由来の渡来系集団と交雑してノンリスクアレル頻度が上昇した後も、近縁集団と日本人集団の間には、現在も大きなアレル頻度差が残っている。この二つの要因によって、日本人と東アジア人間で大きなアレル頻度差が生まれている。

胃がんは発症率や死亡率が高いがんとされ、東アジアでは発症率が特に高いことが知られています。先行研究によって、胃がんの疾患リスクと関連する一塩基多型(rs2294008)が報告されています。この胃がんの発症リスクを上げる塩基(以下、リスクアレル)の頻度は、遺伝的に近縁な東アジアの人類集団中では、日本人で特に高いことが知られています。そこで本研究では、胃がんの発症という生物学的なデメリットをもたらすリスクアレルが、どのような過程で、日本人で高頻度に至ったのか、進化の観点から解明することを目的としました。

その結果、日本人の胃がんのリスクアレルの高頻度化には、(1)日本を除く東アジアの集団では胃がんの発症に関わらないアレルに日本人よりも強い正の自然選択が働いていること、(2)日本人の祖先集団である、縄文人にはリスクアレルが高頻度で維持されており、現生日本人のリスクアレルの一部は縄文人から派生したことの二つの要因があることがわかりました。

本研究は、(1)遺伝的に近縁な集団間で、短期間で自然選択の働き方に差が生じたことを示せた点、(2)考古学的な証拠からは推定が困難な、過去の人類集団には現生人類での疾患リスクが高頻度で存在していたことを示せた点の2点に新規性があります。今後は、さらに集団を加え、胃がんのリスクアレルに生じた自然選択の時間と場所による変化の様相に迫る予定です。

(※)系統樹...集団間の遺伝的な距離の近さから推定された、各集団の分岐順を示す図。本図では、各集団の共通祖先を根元(図の上部)に描き、枝の先端に各集団を置くことで、過去から現在への時間の流れを表現し、共通祖先から現生の集団に分岐する順番を表現している。本研究では、集団の分岐順、各集団での自然選択の状態と働き始めた時期を照らし合わせることで、現生集団に働いている自然選択は、日本人につながる系統のどこでどのように働き方が変化したかを最節約的に推定するために利用した。

(※)ハプロタイプ...遺伝子型間の組み合わせを示す。各座位での遺伝子型間の組み合わせは、生殖細胞での組み換えや複数回の突然変異が起こらない限り大きく変わることはなく、新たに起こった突然変異がハプロタイプ間で共有されることも稀なので、アレルどうしの組み合わせを一単位として扱うことができる。本研究では、rs2294008の各遺伝子型(T/C)を持つ配列のうち、特定の遺伝子型の組み合わせをハプロタイプの下位グループ(サブハプロタイプ)として定義し、自然選択の標的となっているかどうかや、ハプロタイプ間の関係を調べている。

(※)正の自然選択...ある環境に対して、特定の遺伝子型を持つ個体がより多くの子孫を残しやすくなる現象を示す。正の自然選択が働く環境下では、集団の中で自然選択の標的となる遺伝子型を持った個体が平均的により多くの子孫を残せるため、世代が進むごとに、集団中には自然選択の標的となる遺伝子型の頻度が増加する。本研究では、日本人集団はrs2294008においてTを持つ遺伝子型の頻度が高く、他の東アジア集団とは大きな頻度差を持っていため、日本人集団及び東アジア集団を対象として、TまたはCを持つ遺伝子型が自然選択の標的となっている可能性について検討した。

書誌情報

  • タイトル:Evolutionary History of the Risk of SNPs for Diffuse-Type Gastric Cancer in the Japanese Population
  • 著者名:Risa L. Iwasaki, Koji Ishiya, Hideaki Kanzawa-Kiriyama, Yosuke Kawai, Jun Gojobori and Yoko Satta
  • 出版年:2020年
  • DOI: https://doi.org/10.3390/genes11070775

先導科学研究科生命共生体進化学専攻 岩﨑理紗

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