2022.05.24

熊野地方における文化遺産実践を対象とした文化人類学的研究

SOKENDAI研究派遣プログラム 採択年度: 2021

 山本恭正

人類文化研究(比較文化学)

尾鷲藪漕隊による道普請の活動

画像は、地域社会(三重県尾鷲市)においてその価値が認めらるようになった古い生活・移動のための道を担い手たちが主体的に掘り起こして、整備している様子。

私の研究の目的は、2004年に世界遺産リストに記載された熊野古道(正式名称は熊野参詣道)をめぐって地元の人々がおこなう様々な解釈・実践のプロセスを描き、そのことを通じて熊野の道の文化遺産的価値を考察することであった。近年、熊野地方において新たに見いだされた道が「語られる文化遺産」と「生きられる文化遺産」の二つの文化遺産的価値の葛藤を招いており、日々新たに価値が問い直され続ける場であることがインタビュー形式の調査や実践の現場で活動に参加させてもらうことなどを通じて明らかにすることができた。

「語られる文化遺産」とは、過去からの持続性を強調した遺産のことで、しばしば「長く続いてきた(歴史がある)ものには価値がある」といった語り方がなされる。熊野三山(あるいは青岸渡寺)を目的地とする熊野参詣道は、その代表的な事例であり、言うまでもなく熊野詣と呼ばれる熊野信仰の歴史に価値を見出している。一方、「生きられる文化遺産」において見出だされる価値は、必ずしも歴史を前提としない。地域で前向きに生きていく為の記憶や景観といった見方によって曖昧で恣意的な基準によって価値を見出され、特定の集団の内部で共有されたものである。こうした意味での文化遺産は、写真やテキストとして流通しやすいものに仕立てあげられると、観光資源や文化資源として用いられるようになる。

画像の道は地域コミュニティである尾鷲藪漕隊がモータリゼーション以前に地域で使われていた移動のための山のなかの道を実際に使っていた当時の記憶や文献・記録などをもとに整備・掘り起こしを行っている様子である。尾鷲藪漕隊は2013年に設立し、尾鷲トレイルと呼ばれる市街地を取り囲む山々の尾根や稜線沿いを通る37.7kmのトレッキング用の道を開拓した。尾鷲藪漕隊は尾鷲市で測量会社を運営した男性が、自分の店を閉め退職すると同時に設立した。つながりがあった尾鷲市政財界の政策提言要望書を作成する中で出てきたアイデアの一つが尾鷲トレイルで、アメリカのアパラチアン・トレイルがモデルになっている。この男性は尾鷲藪漕隊の初代隊長を務め、設立当初市長を通じた行政への働きかけやルートの特定、測量、土地所有者との折衝といった役割を担ったが、行政は全く対応してくれなかった為、民間だけで道の完成を目指すようになる。その後、学生時代ワンダーフォーゲル部に所属して、子どものころ歩いた尾鷲から大台ケ原まで続く道を復活させたいと思っていた尾鷲市内の公立中学校で校長を務めた人物が中心となって道の整備・開拓を進め、同じく尾鷲市の学校関係者や地域おこし協力隊、地元の登山愛好者などとともに完成させた。

この道を活用して尾鷲市はトレイル大会の開催を検討した時期があったが、立ち消えとなってしまう。尾鷲トレイルは世界文化遺産伊勢路として登録されている馬越峠、八鬼山と道が交差しており、三重県教育委員会は伊勢神宮から西国三十三霊場への巡礼に使われた歴史の価値を重視する立場から世界遺産に登録されているコースで走ることや多くの巡礼者が歩いた向きとは逆向きで進むといった世界遺産リスト掲載の際に認められた歴史や信仰の価値を顧みないイベントの開催には慎重な姿勢を示している。

今までの文化行政は「語られる文化遺産」のみに焦点が当てられ、「生きられる文化遺産」については、補助金支援や地域計画への反映などにほとんど顧みられることがなかった。しかし、今後の地域社会においては、こうした「生きられる文化遺産」(地域性)においても担い手たちが文化行政と協業したり、地域の方向性を示したりできる可能性を指摘したい。

派遣先滞在期間

Date of Departure: 2021/4/1
Date of Return: 2022/3/5

国、都市名

日本、和歌山県新宮市

機関名、受入先、会議名等

国際熊野学会

発表題目

「信仰の山」の創出―熊野地方における道の価値と地域社会の再編

派遣中に学んだことや得られたもの

文化遺産と呼ばれる実践の現場では、必ずしも世界遺産リストへの記載や文化財指定のみに価値が置かれているわけではなく、自分もしくは自分たちが地域において前向きに生きていこうとする過程が重要視されている。いくら国家的・国際的な意義が強調され、地域性が疎かになってしまったとしても、地域のなかで新しい道を創出することによって、既存の文化遺産が日々その価値を見直され、再構築されていくことを学んだ。


文化科学研究科 比較文化学専攻、山本恭正

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