2023.04.27

量子情報は時空の幾何学を知っているか?−微視的な情報から巨視的な空間の性質を理解する−

SOKENDAI研究派遣プログラム 採択年度: 2022

森崇人

素粒子原子核

本研究で用いられる時空と境界の対応関係とシグナルのやりとり

本研究のターゲットとなる描像。左は時空(※1)中のシグナル(※2)を介した情報のやりとりを示しています。今回考える時空は二つの端(境界)をもち、一つは無限遠方にある漸近境界、もう一つは有限の距離にある時空の終端(世界端ブレーンと呼ばれる)です。各々の境界に住む観測者を考えると、時空中では問題なく光のやりとり(散乱)ができる一方で、ホログラフィー原理と呼ばれる対応関係を用いると、境界のみに定義される量子論(右)も等価な描像を与えると予想されています。しかし、右の描像では一見因果律から散乱が不可能なように見えるパラドックスがあります。

私たちの時空の量子力学的構造や起源は未だ明らかではありませんが、あるモデルでは我々の宇宙は一次元高い宇宙中の膜の上に実現されます。このような重力の量子論を理解するアプローチの一つがダブルホログラフィーです。この対応は、漸近境界以外に、世界端ブレーンと呼ばれる膜で時空が終わっている場合の量子重力理論が、一次元低いブレーン上の量子重力理論と重力を含まない系(熱浴)の合成系で記述できることを予想しています(図)。しかし、ブレーン上の重力は通常と異なり、量子論に基づく理解が必要とされていました。

そこで、私たちはブレーンと漸近境界間のシグナルのやりとりに注目し、重力の因果構造を量子情報の観点から調べました。その結果、ダブルホログラフィーの予想通り、量子情報と重力の因果構造は互いに相補的であることが分かりました(※3)。さらに、以下に述べるようなパラドックス(矛盾)を引き起こす曲がった時空の因果構造の特殊性が、この相補関係を示すにあたり重要であることが明らかになりました。

図の左のようにブレーン上の観測者と漸近境界の観測者はシグナルをやりとりすることができる時、一次元低いブレーンと熱浴の描像(図右)では、因果律に従うとシグナルはやりとりできないように見え、対応関係が破綻しているように見えます。私たちの研究はこのような矛盾をどのように回避するのかを量子情報を用いて明らかにすることを目的にしています。

ブレーンがない場合、シグナルのやりとりに必要な量子相関が、それらを結ぶ時空の因果構造の存在と対応することが分かっています。そこで詳細にブレーン上の因果構造や量子相関を調べ、量子情報がどこまで重力の幾何構造を知っているのか明らかにしようとしています。これを明らかにすることで、私たちの時空を生み出すために必要な微視的性質や、私たちの宇宙のモデルにかかる制限を見つけられると考えています。

※1 時空:時間と空間の総称。アインシュタインの相対性理論から時空が曲がることと、重力があることは等価である。

※2 シグナル:レーザー光などの光速で移動する光線。情報伝達ができる。

※3情報論的に相関があることと、時空の構造として因果関係があることが対応しているという意味。

派遣先滞在期間

Date of Departure: 2022/9/18
Date of Return: 2022/12/19

国、都市等

カナダ、Waterloo

機関名、受入先、会議名等

Perimeter Institute for Theoretical Physics

‍派遣中に学んだことや得られたもの

今回の派遣では、派遣先受け入れ研究者との交流のみならず、研究所を訪れる数理物理から量子情報、物性理論、高エネルギー物理などの様々な研究者と議論・交流ができたことが非常に大きな糧となりました。また、最終学年の秋に訪問したことで、卒業後のポストドクター研究員に向けた就活の機会にもなりました。実際に現地の研究者、研究環境を見ることができ、自分の研究をアピールすることができたことは大きな強みになったと思いました。

高エネルギー加速器科学研究科 素粒⼦原⼦核専攻 森崇人

PAGE TOP