2023.04.28

プリオン様ドメインがストレス下でもマウスの恐怖記憶形成を可能にすることを発見

研究論文助成事業 採択年度: 2022

山下映

基礎生物学

ILF3 prion-like domain regulates gene expression and fear memory under chronic stress

掲載誌:iScience発行年: 2023

DOIhttps://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106229

NFAR2のプリオン様ドメインは慢性ストレスによるマウスの恐怖記憶形成の低下を防ぐ

Ilf3遺伝子から選択的スプライシングによって、プリオン様ドメイン(PrLD)を持たないNFAR1とPrLDを持つNFAR2の2種類のタンパク質が合成されます。マウスの慢性的なストレスは恐怖記憶の形成を低下させますが、NFAR2のPrLDがあることでその低下が抑えられます。

プリオン様ドメイン(PrLD)は、特定の立体構造をとらないタンパク質領域であり、凝集化しやすい性質から様々な神経変性疾患を引き起こすリスクを有しています。しかしながら、リスクを負ったPrLDをタンパク質の部品として利用することの生物学的意義はほとんど知られていませんでした。本研究では、脳での発現が高く、ストレス応答性の遺伝子発現調節に関与するRNA結合タンパク質NFAR2において、スプライシング1により挿入されているPrLDに着目しました。そして、ストレスの影響を受けやすい脳の扁桃体領域を対象に、マウスを用いて研究を行いました。

 NFAR2のPrLD欠損マウスにおいてmRNA発現・翻訳の網羅的解析を行った結果、扁桃体では普段から慢性ストレス下のような遺伝子発現変化が生じ、さらに、慢性ストレス時に正常な遺伝子発現調節ができなくなることが分かりました。また、正常マウスは慢性ストレス下でも恐怖記憶2を形成できますが、NFAR2のPrLD欠損マウスでは恐怖記憶の形成が慢性ストレスによって低下しました。以上の結果から、NFAR2にPrLDが挿入されていることが、脳におけるストレス環境適応的な機能の付与につながったことが示唆されました。

 本研究ではPrLDの生理的意義をNFAR2で明らかにしたことに加え、この研究で得られたストレス下での恐怖記憶形成の知見は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)のメカニズム解明や病態改善に役立つことが期待されます。

1. スプライシング:mRNA前駆体からタンパク質合成に不要な部分(イントロン)を除去し、必要な部分(エクソン)のみを連結させる反応。

2. 恐怖記憶:本研究では、怖い体験である弱い電気ショックを受けた場所を覚えることを意味している。

書誌情報

  • タイトル:ILF3 prion-like domain regulates gene expression and fear memory under chronic stress
  • 著者:Akira Yamashita, Yuichi Shichino, Kazuki Fujii, Yumie Koshidaka, Mayumi Adachi, Eri Sasagawa, Mari Mito, Shinichi Nakagawa, Shintaro Iwasaki, Keizo Takao, and Nobuyuki Shiina
  • 掲載誌:iScience
  • 掲載年:2023
  • DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106229

 

生命科学研究科 基礎生物学専攻 山下映

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