2025.12.09
謎の鉄剣「クリス」の考古学的研究
SOKENDAI研究派遣プログラム 採択年度: 2025
鈴木一平
16世紀末以前に遡るクリスについての情報はきわめて少なく、クリスの図像は14世紀中頃に建立された東ジャワの寺院レリーフに登場するものが最も早い例である。この時期のクリス図像にのみ見られる形態特徴の一つが、鞘尻(鞘の下部先端)が一方に突起する形態であるが、現存する遺物としてはこうした特徴をもつ鞘の報告例はなかった。今回、日本・豊玉姫神社に伝世したクリスの鞘が、同様の特徴をもつことがあきらかになった。
日本には、東南アジアから伝わった「クリス(Keris)」と呼ばれる剣が、伝世品・出土品の形で7点現存しています。クリスはインドネシア・ジャワ島を中心に東南アジア島嶼部で広く用いられてきた鍛造製の鉄剣で、武器であると同時に精神的・儀礼的な役割を持つアイテムとして知られています。しかし、日本に伝来したクリスの研究はまだ限られており、その多くは製作地や年代、搬入経緯が不明のままでした。
私はこのうち、鹿児島・豊玉姫神社と大分・浮嶋八幡社に伝世したクリスを対象に、剣身・鞘の形態を精査し、国内外の関連資料と比較分析することで、製作地・年代の比定を目指しました。分析の結果、両資料はいずれも14〜16世紀前半の東ジャワで製作された可能性が高く、マジャパヒト王国期に属する希少な作例であることが確認されました。また、剣身基部の特徴や蛇行形の姿は、16世紀末以降に展開する様式へ移行する過程を示唆し、過渡期の資料としても注目されます。
さらに、これらが日本へ搬入された時期について、九州沿岸部の対外交流史や東南アジア陶磁の出土状況と照らし合わせた結果、豊玉姫神社伝世品については従来想定されていた17世紀よりも早い段階に伝来した可能性が示されました。具体的な主体や経路の特定には限界があるものの、東南アジア島嶼部と日本の交流を考える上で重要な事例といえます。
本研究は、日本に伝来したクリスの属性を基礎的に整理し、東南アジア島嶼部製品を交流史の中に位置づけるための新たな視点を提示するものです。今後、海域アジアにおける動態をより多面的に理解するための基盤となることが期待されます。
掲載論文:鈴木一平(2026)「豊玉姫神社・浮嶋八幡社伝世クリスの基礎的研究-産地・年代と伝来経緯の検討-」、『総研大文化科学研究』第22号(2026年3月31日刊行予定)
派遣先滞在期間
Date of Departure: 2025/9/06
Date of Return: 2025/10/25
国、都市等
スウェーデン、オーストリア、イギリス
機関名、受入先、会議名等
Skoklosters slott (Skokloster), Livrustkammaren (Stockholm), Schloss Ambras (Innsbruck), Weltmuseum Wien (Wien), Ashmolean Museum (Oxford), British Museum (London)
派遣中に学んだことや得られたもの
SOKENDAI派遣プログラムでは、スウェーデン・オーストリア・イギリスの三か国、6つの博物館施設にて、ヨーロッパに渡った鉄剣“クリス”の実物調査をおこないました。これまで詳細な報告がなくアクセスが困難であった17-19世紀の下限年代をもつクリスについて、三次元的形態情報や製作技法、成分に関する詳細なデータを取得することができました。
人類文化研究コース 鈴木一平