2026.04.13

【プレスリリース】1粒子ごとの超高速分光で、光捕集アンテナの“見えない違い”を可視化〜 不均一性で分解する新しい過渡吸収顕微分光法を開発 〜

【研究成果のポイント】

  1. 1分子レベルの測定感度に迫る超高感度過渡吸収顕微鏡*1を開発
  2. フェムト秒時間スケールで生じる光励起ダイナミクスを「不均一性分解超高速分光法」という新たなアプローチで解析
  3. 光合成の光捕集で重要な役割を担う励起子状態の不均一な挙動を明らかにした

【発表概要】

 光合成生物は太陽光を効率良く集めるために、ナノメートルサイズの分子システムを構築しています。そこでは多数の色素分子が協調して光を集め、すばやくエネルギーを運んでいます。この“光吸収”と“エネルギー輸送”を担うのが光捕集アンテナであり、複数の色素分子が精微に配列されることで機能を発現します。しかし、全く同じ分子集合体からできている光捕集アンテナでも、粒子ごとの構造は完全には同じではなく、それぞれで少しずつ異なります。さらに、熱的なゆらぎや環境の変化に伴い、構造は時間的にも変動しています。こうした違いは、光吸収後にフェムト秒からピコ秒の時間スケールで生じる超高速励起ダイナミクスに影響しますが、従来の測定では多くの粒子の平均的な挙動しか得られず、個々の違いを直接調べることは困難でした。光吸収直後の振る舞いに依ってその後のエネルギーの行く末が大きく左右されるため、光捕集機能においては重大な問題となります。

 基礎生物学研究所 光物理生物学研究部門/生命創成探究センター(ExCELLS) 連関系光生物学研究グループ/総合研究大学院大学の新井 峻大学院生および近藤 徹教授は、1分子レベルに迫る超高感度の過渡吸収顕微鏡を新たに開発し(図1)、名古屋工業大学生命・応用化学類の松原 翔吾助教が独自に調製した光合成生物の光捕集アンテナモデルを1粒子ごとに測定しました。超高速励起ダイナミクスを解析したところ、粒子ごとに不均一な挙動を示すことを突き止めました。さらに、平均するとほぼ同じに見えるダイナミクスの中にも、不均一分布の違いによって見分けられる複数の成分が隠れていることを明らかにしました。不均一性は生体系や分子系に普遍的に存在する特徴ですが、通常はあまり注目されることがありません。本研究では、それを解析に利用することで「不均一性分解超高速分光」という新たな分光解析アプローチを確立しました。本研究成果は2026年4月2日付でThe Journal of Physical Chemistry Letters誌にてオンライン先行掲載されました。

図1

図1:新たに開発した過渡吸収顕微鏡の模式図(左)と写真(右)。

【研究の背景】

 植物や光合成細菌は多種多様な光捕集アンテナを持っており、色素分子を巧みに並べて高効率に光を利用しています。しかし、この分子配列は完全に均一ではなく、粒子ごとの僅かな歪みや時間的なゆらぎを含んでいます。こうした構造の不均一性は、光を吸収した後に生じる励起状態やエネルギー移動に大きく影響すると考えられています。このような励起ダイナミクスは光合成の光化学反応のトリガーとも言うべき重要な過程であるため、ゆらぎや不均一性による摂動は光合成生物にとっても無視できない問題です。

 これまではゆらぎや不均一性の寄与を調べるために、蛍光信号をモニターする1分子蛍光分光が広く用いられてきました。しかし、超高速過程や多段階過程、そもそも蛍光を発しない暗状態やラジカル状態などの検出には限界がありました。一方で、吸収信号の時間変化をモニターする過渡吸収分光は、フェムト秒時間スケールで生じる励起状態の変化やエネルギー移動を調べるのに有効ですが、1分子レベルまで高感度化することは容易ではありませんでした。このような技術的な壁を打ち破ることができれば、ゆらぎや不均一性に溢れる光合成生物の光反応系を理解する上で大きなブレークスルーとなります。

【研究の内容】

 研究グループは、1つの対物レンズで透過光の吸収測定が行える顕微光学配置、高感度の差分信号検出、ロックイン増幅、を組み合わせた独自の過渡吸収顕微鏡を開発しました(図1)。定常吸収、フェムト秒時間分解過渡吸収、定常蛍光、蛍光スペクトルを測定できる共焦点顕微鏡で、吸収と蛍光の同時検出によるイメージング測定も可能です。空間分解能は300ナノメートル程度と回折限界レベル、時間分解能は200フェムト秒以下に達しており、過渡吸収信号の検出感度は吸光度で10–7程度になり1分子レベルに迫ります。

 本研究では、この装置を用いて、緑色硫黄細菌の光合成光捕集アンテナ「クロロソーム」を模した Zn-HM 色素会合体を解析しました。Zn-HM色素分子が自己会合して構築される超分子光捕集アンテナのモデル系であり、粒子形状やチューブ形状が混在するとともに、局所的にも秩序の高い領域と低い領域を含む不均一な系です(図2a)。研究グループは、こうした会合体を1粒子単位で観測し(図2b)、各粒子内の局所領域ごとに光励起後のダイナミクスを測定して結果を比較しました(図2c)。

図2

図2:(a)光合成生物の光捕集アンテナを模した色素分子会合体の模式図。(b)1粒子ごとの蛍光イメージ。スケールバーは5 μmを表す。(c)3つの異なる粒子で測定した過渡吸収信号。青線はフィッティング曲線であり、図中には見積もられた2つの時定数をピコ秒単位の値(カッコ内は相対振幅)で示した。

【研究の成果】

 過渡吸収信号を平均すると、Zn-HM 会合体のダイナミクスは約 0.7ピコ秒 と 7.2ピコ秒 の2つの時間成分で説明できました。ところが、1粒子ごとに複数の位置で測定して時定数を集めると、単純な平均だけでは分からない違い、つまり不均一なばらつきが見えてきました(図3a)。研究グループは、時定数そのものの値だけでなく、その不均一分布の幅や形に着目することで、平均値はほとんど同じでも、性質の異なる2種類の成分を識別することに成功しました。

 さらに、過渡吸収測定を行ったのと同じ位置で蛍光も測定しました。これにより、最終的に、2つの時定数、吸光度変化量、蛍光強度、蛍光効率、蛍光スペクトル形状の6つの光物理パラメータを局所領域ごとに定量評価することができました。これらの複数のパラメータの間で相関関係を解析した結果(図3b)、今回識別された2つの成分は、それぞれより均一で秩序の高い領域と、より不均一で分子の並びや相互作用にばらつきが大きい領域に対応すると考えられました。さらに、複数の色素分子の励起状態がコヒーレントに混合することで形成される励起子状態に関する知見も得ることができました。つまり本研究は、光合成光捕集アンテナを模した色素分子会合体の中に、局所的な構造の僅かな差異に対応した複数の励起子状態の存在を可視化し、それらが超高速ダイナミクスの違いとして現れることを実験的に示したものになります(図3c)。

図3

図3:(a)過渡吸収信号の時定数の不均一なばらつき。(b)時定数と光物理パラメータの二次元ヒストグラム。ここでは例として、吸光度変化総量と時定数の相関解析の結果を示している。(c)色素会合体の不均一な励起子ドメインモデル。回折限界観測領域における構造秩序の違いにより、励起子ドメインサイズやエネルギー拡散過程が異なることを示している。

 この成果の重要な点は、従来のように「平均の時定数」だけを見るのではなく、粒子間の不均一性そのものを情報として利用する新しい分光解析手法を確立したことにあります。不均一性はこれまで“ばらつき”として平均化されて無視されることがほとんどでしたが、本研究はそれを積極的に分解することで、光物性の本質に迫れることを示しました。

 

【今後の展望】

 今回確立した手法は、クロロソーム模倣系に限らず、光合成生物の光捕集アンテナや光電変換過程を担う反応中心の解析に広く応用できると期待されます。天然の光合成系では、構造が完全にそろっていないにもかかわらず高効率な光化学反応を実現しています。今後、この「不均一性分解超高速分光法」を天然系に展開することで、不均一性を許容しながらどのように高効率に機能しているのかという、生体光合成システムの設計原理に迫ることができます。

 また、本研究で開発した超高感度過渡吸収顕微鏡は、光合成研究だけでなく、有機光機能材料や人工光捕集系、分子エレクトロニクス材料の開発にも役立つと考えられます。従来の平均化手法では見えなかった局所構造と光物性の関係を1粒子・1分子レベルで捉えることで、新しい材料設計指針につながることが期待されます。

【用語解説】

*1過渡吸収顕微鏡(Transient absorption microspectroscopy):
パルスレーザー光を照射して瞬間的な光励起を行い、その後に生じる過渡的な超高速励起ダイナミクスを追跡する分光手法。共焦点顕微鏡と組み合わせることで、回折限界空間領域(300ナノメートル程度)で生じる超短時間スケール(200フェムト秒以下)の励起緩和やエネルギー移動を観測できる。

【発表雑誌】

  • 雑誌名: The Journal of Physical Chemistry Letters
  • 掲載日: 2026年4月2日(オンライン先行公開)
  • 論文タイトル: Heterogeneity-Resolved Ultrafast Transient Absorption Spectroscopy of Single Supramolecular Light-Harvesting Antennas
  • 著者: Shun Arai, Shogo Matsubara, Toru Kondo
  • DOI: 10.1021/acs.jpclett.6c00164

【研究グループ】

  1. 基礎生物学研究所 光物理生物学研究部門/生命創成探究センター(ExCELLS) 連関系光生物学研究グループ/総合研究大学院大学(新井峻、近藤徹)
  2. 名古屋工業大学 生命・応用化学類(松原翔吾)

【研究サポート】

 本研究は、以下をはじめとする研究費の支援を受けて行われました。
 JSPS科学研究費助成事業(25H00983,23K23298,19H02665)、JST戦略的創造研究推進事業・さきがけ(JPMJPR18G7)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR223M)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)、MEXT卓越研究員事業、大隅良典記念基金、旭硝子財団、光科学技術研究振興財団、村田学術振興・教育財団、日比科学技術振興財団、日揮・実吉奨学会

【本研究に関するお問い合わせ先】

  • 基礎生物学研究所 光物理生物学研究部門
    生命創成探究センター(ExCELLS) 連関系光生物学研究グループ
    総合研究大学院大学 先端学術院 基礎生物学コース
    教授 近藤 徹(こんどう とおる)
    TEL: 0564-59-5238
    E-mail: tkondo(at)nibb.ac.jp

【報道担当】

  • 基礎生物学研究所 広報室
    TEL: 0564-55-7628
    FAX: 0564-55-7597
    E-mail: press(at)nibb.ac.jp
  • 生命創成探究センター(ExCELLS)研究力強化戦略室
    TEL: 0564-59-5203
    E-mail: press(at)excells.orion.ac.jp
  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    TEL: 046-858-1629
    FAX: 046-858-1648
    E-mail: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
  • 名古屋工業大学 企画広報課
    TEL: 052-735-5647
    E-mail: pr(at)adm.nitech.ac.jp

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