2026.07.27
【プレスリリース】ナノ領域の3次元原子配列が直接見える原子ホログラフィー顕微鏡の実現
【発表のポイント】
- ナノサイズの微細素子や新機能材料の開発において、ナノ領域の3D原子配列は基本的に必要な情報であるが、これまでは直接見る方法が無かった。
- 本研究では細い電子ビームを照射した部分のホログラム(1)を測定し、それをホログラフィー変換して3次元原子配列が直接見える原子ホログラフィー顕微鏡を開発した。
- どこでもナノ領域の3次元原子配列が測定できるため、ナノサイズ微細素子の分析や新機能材料の開発現場で活躍することが期待される。
【概要】
自然科学研究機構 分子科学研究所の大門寛特別協力研究員らの共同研究グループは、走査型電子顕微鏡(SEM)の電子ビームと、新たに開発した二次元表示型分析器CoDELMAを組み合わせることにより、ナノ領域の3次元原子配列を直接観察できる「原子ホログラフィー顕微鏡」を実現しました。
具体的には、本研究では、図2に示すようにSEMの電子ビームを試料に照射し、新しく開発した二次元表示型分析器CoDELMAを用いて、試料から±50°という広い角度に放出される電子を全てエネルギー分析器の入口に集束し、あるエネルギーの電子だけを選別して取り出し、投影レンズでその角度分布を一度に測定します。その角度分布パターンはホログラムになっているため、コンピュータで変換することによって着目元素周りの立体的な原子配列を導くことができます。
本研究成果は、国際学術誌『Review of Scientific Instruments』に、2026年7月24日付でオンライン掲載されました。
1.研究の背景
ナノ領域の3D原子配列の情報は、ナノサイズの微細素子や新機能材料の開発に基本的に必要な情報ですが、これまでは着目領域を薄く切り出して透過電子顕微鏡で観測するしかなく、観測される原子像も2次元的な投影像でした。
近年我々が開発した「原子分解能ホログラフィー(2)」は、結晶だけでなく、ドーパントなど孤立原子の周りについても元素ごとに3次元の原子配列構造が解析できる強力な研究手段です。しかし、その測定には放射光(3)が必要で、申請から測定までの時間が長くかかり、一般の開発現場で利用できず、普及していません。
電子線で励起して原子分解能ホログラフィーが測定できれば、放射光を使わずにどこでも原子分解能ホログラフィーが測定できるようになるうえ、電子ビームは容易にナノサイズに絞れるため、ナノ領域の原子配列が分かるようになります。しかしながらこれまでそのような装置が存在しなかったため、本研究では電子線励起でも原子分解能ホログラフィーが測定できる新しい測定装置の開発を目指しました。
2. 研究の成果
図2の試料の所にBi2Se3の結晶を置き、そこに小型SEMのナノサイズの電子線を照射して、菊池電子(4)だけをエネルギー分析器で選別して、その角度分布をスクリーンに表示しました。得られた菊池電子ホログラム(図1のホログラム)をホログラフィー変換して求めた3次元原子配列を図3(a)に示します。B1, S, B2, B3という4層の構造が見えます。これらの原子は、図3(d) (e)に示したBi2Se3の結晶構造の中のBi原子から見た周りの3次元原子配列になっています。図3 (b)は(a)の yz 断面図です。 B1, S, B2, B3 層の原子は、zがそれぞれ4.0、4.6、5.9、9.9Åと読み取れますが、これらは文献値3.89、4.51、6.08、9.97Åと約0.1Åの誤差内で合っています。 (c) は B3 面におけるx y 断面図です。B3 面にある原子のxy面内位置は、(e)の上面図のCの位置にあることが分かります。このように、散乱能力の高いBi原子から見た周りの3次元原子配列が約0.1Åの精度で再現できていることがわかりました。
3.今後の展開・この研究の社会的意義
本装置は放射光を必要とせず、広く普及しているSEMのナノサイズの電子線を照射するだけで測定できるため、いつでもどこでもナノ領域の3次元原子配列が測定できる顕微鏡(原子ホログラフィー顕微鏡)が実現しました。これにより、これまで大型施設でしか得にくかった局所的な原子配列情報を、研究室や開発現場で取得できる可能性が広がります。今後、ナノサイズ微細素子や新機能材料の解析・開発への応用が期待されます。
4.用語解説
(1)ホログラフィー、ホログラム
物体に干渉性の良い光(参照波)を照射し、物体から散乱された物体波と、参照波を干渉させたパターンをホログラムと呼ぶ。ホログラムに参照波を当てるだけで物体の3次元像が再生されて直接見ることができる技術をホログラフィーと言う。通常の印刷技術では作製できないため、紙幣やクレジットカードの偽造防止に利用されている。
(2)原子分解能ホログラフィー
原子にX線を照射すると、光電子や蛍光X線が原子から球面状に広がって出て行く。この直接波が広がる過程で周りの原子によって散乱され、散乱原子を中心として広がる散乱球面波が生じる。遠方ではこの直接波と散乱波が干渉して干渉パターンが生じ、このパターンがホログラムとなる。このホログラムから原子像を再生する時には、原子は目では見えないため、計算で再生する。
(3)放射光
光速近くまで加速された電子などの荷電粒子が、磁場によって進行方向を曲げられた際に放出される、非常に強力で指向性の高い光のこと。赤外線からX線までの広い波長を含む。放射光を利用するための大型の放射光施設が日本各地に11か所あり、希望者は申請して利用することができる。
(4)菊池電子
電子を結晶に当てると、原子との衝突によってエネルギーを少し失った電子がその原子を中心にして散乱する。その電子が広がる過程で結晶の原子の並びによって散乱され、帯状や線のパターンが生じる。菊池正士博士が1928年に発見したので、そのパターンを菊池パターン、その帯を菊池バンドと呼ぶ。このパターンを作る電子を菊池電子と呼ぶ。
5.論文情報
6.研究グループ
- 自然科学研究機構 分子科学研究所(大門 寛, 松田博之, 松井文彦, 久保田亜紀子, 平野佳穂、伊木志成子)
- 米子工業高等専門学校(桃野浩樹)
- 総合研究大学院大学(松井文彦(兼務))
- (株)APCO(益田 有, 森口幸一, 小粥啓子)
- 奈良先端科学技術大学院大学(橋本由介, 松下智裕)
7. 研究サポート
- JSPS 科学研究費助成事業 新学術領域研究「3D活性サイト科学」 (課題番号:26105001、26105007、26105013)
- JSPS 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」(課題番号:JP20H05878、JP20H05882、JP20H05884、JP23H04122)
- JSPS 科学研究費助成事業 基盤研究(C)(課題番号:JP21K04888)
8. 研究に関するお問い合わせ先
(研究代表者)
大門 寛(だいもん ひろし)
分子科学研究所 極端紫外光研究施設 特別協力研究員
TEL:0564-55-7436
E-mail:daimon(at)ims.ac.jp
9. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail: press(at)ims.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp - 奈良先端科学技術大学院大学 企画総務課 渉外企画係
TEL:0743-72-5112 FAX:0743-72-5011
E-mail:s-kikaku(at)ad.naist.jp - 米子工業高等専門学校 広報室
TEL:0859-24-5005
E-mail:kouhou(at)yonago-k.ac.jp
(at)を@に変更して送信してください。