2018.04.25

【プレスリリース】 動物はどうやって危険を察知することができるようになるのか?

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【研究概要】

恐怖を感じるような危険な出来事をその予兆(刺激)と関連付けること(恐怖条件付け学習 (1) )は、動物が危険を回避し、生存するためにとても大事なことです。哺乳動物では、脳の構造のひとつである扁桃体 (2) がこの学習に重要な役割を果たしています。けれども、より原始的な魚類の脳で恐怖条件付け学習に重要な神経回路はわかっていませんでした。
総合研究大学院大学院生(当時)のPradeep Lal博士と情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 川上浩一教授らの研究グループは、モデル生物のゼブラフィッシュ (3) において特定の脳神経細胞を可視化したり、操作したりする技術の開発に成功してきました。今回、これらの技術を駆使して、終脳 (4) のDmとよばれる領域の特定の神経細胞が恐怖条件付け学習に重要であることを突き止めました。すなわち、この神経細胞が哺乳動物の扁桃体と同じ役割を果たしているのです。
本成果は、恐怖条件付け学習に必須な脳神経回路の構造や進化を明らかにしていく手掛かりになります。また恐怖や不安が関わる疾病やPTSDなどの原因解明や治療の基盤になることが期待されます。

図1:ゼブラフィッシュの恐怖条件付け学習に重要な神経回路を発見

【成果掲載誌】

本研究成果は、英国電子ジャーナルBMC Biologyに平成30年4月25日午前2時(グリニッジ標準時)に掲載されます。

論文タイトル:Identification of a neuronal population in the telencephalon essential for fear conditioning in zebrafish  (ゼブラフィッシュの恐怖条件付け学習に必須な終脳神経細胞群の同定)

著者:Pradeep Lal, Hideyuki Tanabe, Maximiliano L. Suster, Deepak Ailani, Yuri Kotani, Akira Muto, Mari Itoh, Miki Iwasaki, Hironori Wada, Emre Yaksi , and Koichi Kawakami (ラル プラディープ、田辺英幸、サスター マキシミリアーノ、ディーパック アイラニ、小谷友理、武藤彩、伊藤万里、岩崎美樹、和田浩則、ヤクシ エムリ、川上浩一)

【研究の詳細】

研究の背景

恐怖条件付け学習は、動物が危険を回避するのに重要で、広く動物界にみられます。恐怖条件付け学習は学習と記憶の仕組みを理解するうえで重要です。哺乳動物では、この恐怖条件付け学習において、脳の構造の一部である扁桃体が重要な役割を果たすことがわかっています。それでは他の脊椎動物ではどうなっているのでしょうか?哺乳動物と同じ脊椎動物の魚類は、哺乳動物より原始的な脳をもっていますが、脳の基本的な構造は共通しています。これまでに金魚の脳の一部を切除する実験から、魚類脳の終脳のDmとよばれる領域が重要であることが示されていました(参考文献)。しかしながら、具体的にどの神経細胞や神経回路が、恐怖条件付け学習に大事なはたらきをするのかについてはわかっていませんでした。

本研究の成果

本研究グループは、モデル生物のゼブラフィッシュにおいて、酵母由来の転写因子Gal4を用いて、特定の脳神経細胞を自由自在に可視化したり、操作したりする実験技術を開発してきました。さらに本研究では、光刺激と電気ショックを組み合わせることにより、ゼブラフィッシュに恐怖条件付け学習をさせることにも成功しました。これらの技術や方法を組み合わせて駆使することにより、ゼブラフィッシュの終脳のDm領域に存在する特定の神経細胞群のはたらきを阻害すると、恐怖条件付け学習の能力が低下することを発見しました。すなわち、このことは、この神経細胞群が恐怖条件付け学習において重要であることを意味します。また、この神経細胞群はグルタミン酸作動性であること、終脳の外に投射していること、など哺乳動物の扁桃体の神経細胞と類似の性質を有していることがわかりました。この神経細胞群が、哺乳動物の扁桃体の神経細胞と同じ役割をもっていると考えています。

図2:ゼブラフィッシュの終脳の一部。恐怖条件付けに不可欠なニューロンがGFP(緑色蛍光タンパク質)の発現で可視化されている。スケールバー:200μm。

今後の期待

本成果は、魚類の脳にも、哺乳動物の「情動の中枢」と呼ばれ、恐怖条件付け学習を司る扁桃体に相当する神経回路が存在することを明らかにし、情動や恐怖の起源や進化について研究を進める道を切り拓きました。本成果は、恐怖条件付け学習に必須な神経回路は進化的にどのように保存されてきたのか?また異なる脊椎動物においてどのように変化してきたのか?を解明する端緒になります。また、この神経回路の調節機構等について理解が進めば、恐怖や不安の調節やその調節が関係する疾病やPTSDの原因解明や治療に貢献することが期待できます。

【用語解説】

(1) 恐怖条件付け学習

無害な刺激(CS、音刺激、光刺激など)と恐怖を感じさせる刺激(US、電気ショックなど)を同時に与えることにより、無害な刺激(CS)に対して恐怖を感じるようになることを指す。

(2) 扁桃体

ヒトを含む哺乳動物の終脳の構造のひとつ。情動の中枢と考えられている。ヒトで扁桃体に障害を受けると恐怖を感じなくなる、と言われている。情動に関係する学習・記憶に重要なはたらきをしている。

(3) ゼブラフィッシュ

インド原産の熱帯魚。多産で飼いやすいこと、受精卵からの体づくりが観察可能であること、などの長所をもつため、脊椎動物でみられる生命現象を解析するためのモデル生物として世界中で研究に用いられている。

(4) 終脳

脊椎動物の脳は、大きく、終脳、間脳、中脳、小脳、後脳に分かれる。種によりそれぞれの領域の発達の程度は異なるが、脊椎動物の脳は共通してこの基本構造をもつ。哺乳動物では終脳が大脳(皮質)としてよく発達している。

【参考文献】

Portavella, M., Torres, B., and Salas, C.
Avoidance response in goldfish: emotional and temporal involvement of medial and lateral telencephalic pallium. Journal of Neuroscience 24, 2335-2342 (2004).

【研究体制と支援】

本研究は、情報・システム研究機構国立遺伝学研究所 川上浩一教授と総合研究大学院(総研大)大学院生(当時)のPradeep Lal博士らの研究グループによっておこなわれました。
本研究は文部科学省科学研究補助金JP15H02370とJP16H01651の支援を受けておこなわれました。

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