2018.08.02

【プレスリリース】メスをめぐる競争状況で第一位オスのストレスレベルが高くなる~チンパンジーの行動実験で実証~

【研究概要】

ヒトを含む様々な動物において、個体が示すストレスレベルは、その個体が置かれた社会的状況や経験する出来事に影響されます。また、同じ社会的状況・出来事に対して、高いストレスレベルを示す個体もいれば、低いストレスレベルを示す個体もいます。では、どのような個体が、どのような状況で、高いストレスレベルを示すのでしょうか? ストレスレベルの個体差を生み出す大きな要因のひとつが個体の順位であると言われています。過去には、多くの哺乳類において、高順位個体が低順位個体よりも高いストレスレベルを示すことが報告されていましたが、この原因に関する実験的な検証は行われていませんでした。

本研究では、飼育されているオスのチンパンジー4頭を対象に、発情メスを対面させる行動実験を行いました。研究期間中、すべてのオスを対象に、ストレスレベルの指標として唾液中コルチゾールを計測しました。その結果、メスが存在すると、もっとも高順位なオスのコルチゾール値だけが大きく上昇することが分かりました。 本研究は、高順位個体に見られるストレスレベルが、異性個体をめぐる競争状況下で顕著に高くなることを、行動実験によって世界で初めて示しました。 本研究が明らかにした、順位関係と個体の生理内分泌状態の関係に関する知見は、チンパンジー以外の他種にも広く当てはまる可能性を持っています。

【研究の背景】

群れで生活する動物は、様々な社会的ストレスを経験します。では、どのような個体が、どのような状況で、高いストレスレベルを示すのでしょうか?この疑問は、ヒト以外の動物を対象とした数多くの研究によって検証されてきました。

一般に、高順位個体よりも低順位個体が高いストレスレベルを示すと信じられています。その理由として、低順位個体は高順位個体からの攻撃を受けること、低順位個体の行動は高順位個体によって抑制されること、低順位個体は餌資源や配偶相手などの獲得が難しいことなどが考えられてきました。しかし、野生動物を対象に糖質コルチコイドを測定した研究によって、その逆の傾向、すなわち、高順位個体が低順位個体よりも高いストレスレベルを示すことが報告されています。その理由として、高順位個体が様々な心理的・身体的負担(ストレッサー)を受けているためであると考えられています。たとえば、高順位個体は自分の高い順位を保つために攻撃的に低順位個体を抑制することが必要です。また、限られた餌資源・繁殖機会を独占する際にも、高順位個体に強い心理的・身体的負担がかかると考えられます。しかし、これらの可能性に関する実験的な検証は行われてこず、その因果関係は不明でした。

チンパンジー社会では、発情メスとの交尾をめぐって、オス間に競争が生じます。たとえば、最上位オス(αオス) は発情メスを防衛・独占し、低順位オスに対して攻撃を行います。このため、発情メスの存在という競争状態が高順位個体にとって強いストレッサーになることが、行動観察に基づいた研究によって推測されてきました。しかし、この因果関係について実験的な検証は行われていませんでした。

【研究方法・結果】

本研究では、京都大学野生動物研究センター・熊本サンクチュアリで飼育されているオスのチンパンジー4頭を対象に、メスを対面させる実験を行いました(図1)。まず、隣接するケージに個体がいない状況でオスをケージに一時間出して、相互交渉を観察しました。この観察を4日間、行ったのち、5日目から6日間、隣のケージにメス4頭(そのうち一頭は性皮腫張し、発情していました)を入れてオスと対面させ、同様の行動観察を行いました。実験期間中10日間、毎日3回(相互交渉直前、相互交渉直後、相互交渉の終了一時間半後)、全てのオスから唾液を収集しました(図2)。唾液中に含まれているコルチゾールを、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)により測定しました。

その結果、メスとの対面の効果はαオス と他の低順位オスで異なり、αオスのコルチゾール値が顕著に上昇していたことが分かりました(図3)。その結果、αオスと他の低順位オスとのコルチゾール値の違いが顕著になっていました。

また、行動観察からは、メスとの対面の結果、オス間に競争関係が生じたことが分かりました(図4)。攻撃行動に関しては、メスとの対面前には全く起きていませんでしたが、メスの対面後にはオス間で攻撃行動が起きました。親和行動である毛づくろい行動は、メスとの対面により、その頻度が減少していました。

【考察・結論】

本研究は、高順位個体に見られるストレスレベルが、異性個体をめぐる競争状況下で顕著に高くなることを、行動実験によって示した世界で初めての研究です。本研究の知見は、順位関係と個体の生理内分泌状態の関係を、唾液中ホルモンの測定により明らかにした重要な発見であり、チンパンジー以外の他種にも広く当てはまる可能性を持っています。

この成果は、2018年8月2日、 American Journal of Physical Anthropology (米国形質人類学会誌)の電子版に掲載されます。

図1. 本研究の実験設定。メス対面前(4日間)、オスを観察した。その後、メスを隣の外部運動場に入れて、6日間、対面させた。行動観察では、オス間に起きた相互交渉全てを記録した。(クレジット:総合研究大学院大学)。
図2. 唾液収集の様子。チンパンジーがロープに染み込んだスポーツドリンクを吸う際、ロープに唾液が染み込む。その後、遠心分離をすることによって、ロープから唾液を分離する。唾液中のホルモン値は、血中ホルモン値をよく反映することが知られており、簡易な内分泌測定手法として注目されている。(クレジット:総合研究大学院大学)
図3. (上)メスの対面前(3サンプルx4日間)と対面後(3サンプルx6日間)の唾液中コルチゾール値(平均値)の変化。αオスのみ、対面後に大きく上昇している。一般化線形混合モデルによる分析の結果、対面の効果はαオスと低順位オスによって異なるという二次の交互作用が統計的に検出された。(下)同じデータに関して、唾液サンプル収集機会(1日三回、I, II, III)を考慮した分析結果。低順位オス3頭のデータは、まとめて表示している(平均値)。メスとの対面(橙色の矢印)は、対面後の1回目の唾液収集(I)と2回目の唾液収集(II)の間に行っており、(II)において、すべてのオスでコルチゾール値の上昇が見られる。(クレジット:総合研究大学院大学)
図4. メスの対面前と対面後の社会行動の頻度の変化。対面後にオス間の攻撃行動頻度が上昇し(左)、親和行動である毛づくろい頻度が減少している(右)。一般化線形混合モデルによる分析の結果、対面の効果が、統計的に有意であった。(クレジット:総合研究大学院大学)

【著者】

沓掛展之(総合研究大学院大学・先導科学研究科)、寺本研(京都大学・野生動物研究センター熊本サンクチュアリ)、本間誠次郎(あすか製薬)、森裕介(京都大学・野生動物研究センター熊本サンクチュアリ)、池田功毅(東京大・総合文化研究科)、山本ライン(東京大・理学系研究科)、石田貴文(東京大・理学系研究科)、長谷川壽一(東京大・総合文化研究科)

【用語解説】

ストレス:外界からの刺激に対する生理学的・心理学的反応により生み出される緊張状態。短期的なストレス状態は適応的であるが、長期的に続く高いストレスレベルは個体にさまざまな負の影響を及ぼす。内分泌学的には、糖質コルチコイドの上昇が見られる。

コルチゾール:糖質コルチコイドの一種で、糖代謝によるエネルギー産出を促すホルモン。個体の身体的・心理的ストレスレベルを反映するマーカーとして用いられる。
チンパンジー:ヒトに最も近縁な大型類人猿の一種。複雄複雌群を形成し、雄間に順位関係が生じる。第一位オスであるαオスは、メスとの交尾できる確率が高く、また低順位オスに対して攻撃的に振る舞う。性皮が腫張した発情メスは複数のオスと交尾する。発情メスが群れに存在すると、オス間の攻撃頻度が上昇する。

【参考サイト】

沓掛のwebsite:https://sites.google.com/site/nkutsukake/
研究グループのwebsite:https://sites.google.com/site/sokendarwin/

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