2018.08.14

【プレスリリース】哺乳類と鳥類の脳サイズ進化に関する新しい法則

【研究概要】

ヒトを含む哺乳類と鳥類は同じ大きさの魚類や両生類と比べておよそ10倍?20倍大きな脳を持っています。哺乳類と鳥類の中に高い学習能力や社会性を持つ動物が多く見られるのは、このように大きな脳を持っているからだと考えられています。ではなぜ、哺乳類と鳥類だけが脳を大きく進化させることに成功したのでしょうか? 過去の研究では、脳進化の道筋をコントロールする要因として脳の発達方法が挙げられていました。しかし、この仮説の検証はこれまで行われていませんでした。本研究では、博物館調査と文献調査から4500種を超える脊椎動物の脳サイズと体サイズのデータを収集し、脳サイズと体サイズがどのように関係しているかを異なる分類群間で比較しました。その結果、哺乳類と鳥類だけで脳の成長が体の成長から分離していることが分かりました。さらに、哺乳類と鳥類の大きな脳が急速な脳の発達を伴う初期発生期間を延長することで進化してきたこともわかりました。このような進化と発達のかかわりは、脳サイズに限らず様々な形質に当てはまる可能性があります。

写真:北米に生息するミドリツバメ(Tachycineta bicolor)の生後3日齢の雛。これほど未発達な状態で生まれる動物は脊椎動物の中で哺乳類と鳥類にしか見られません。私たちの研究から、哺乳類と鳥類の特別な発達様式が脳サイズの進化と密接な関係を持っていることがわかりました(写真提供者:Andrew Iwaniuk・レスブリッジ大学)。

【研究の背景】

我々ヒトを含む哺乳類と鳥類の中には魚類・爬虫類・両生類といった他の脊椎動物と比べて高い学習能力や社会性を持つ動物が多く見られます。これは哺乳類と鳥類が大きな脳を持っていることと関係していると考えられています。その理由として、大きな脳が高い学習能力と関連していることが哺乳類と鳥類を対象とした心理学実験で実証されていることや、大きな脳と複雑な社会性の共進化が霊長類で見られることなどが挙げられていました。しかし、過去の研究では対象生物がほぼ哺乳類と鳥類に限られていたため、なぜこれらの分類群だけが脳を大きく進化させることができたかについてわかっていませんでした。

【研究の内容】

私たちの研究は博物館調査と文献調査により脳サイズと体サイズのデータを収集するところから始まりました。世界各国の共同研究者との協力で4500種を超えるデータを集めました。このデータにはタスマニア島固有の絶滅種フクロオオカミ( Thylacinus cynocephalus )や既知の動物の中で最大の種シロナガスクジラ( Balaenoptera musculus )などが含まれています。このような、現在は採集が不可能であったり法律で禁止されたりしている動物の情報は、博物館の標本や古い文献からしか得ることができません。そういった動物を数多く含む私たちのデータには高い学術的価値があります。

このデータを使って、私たちまず大きい動物は大きい脳を、小さい動物は小さい脳を持つという関係が全ての脊椎動物で共通していることを示しました(図1)。この関係は「アロメトリー」と呼ばれています。脳サイズと体サイズの間にアロメトリーの関係が見られることは以前から知られていましたが、主要な脊椎動物の分類群全てを含むデータでアロメトリーを示したのは私たちの研究がはじめてです。

図1.体サイズと脳サイズのアロメトリー色と縁の異なる多角形はそれぞれの分類群に属する動物のうち95%の体サイズと脳サイズを内包する範囲を示しています。

この結果は、大きな脳サイズは体のサイズも同時に大きくすることで進化してきたことを示しています。ところが、鳥類と哺乳類は体の大小とは無関係に、同じ大きさの爬虫類・両生類・硬骨魚類と比べて大きな脳サイズを持っていました。例えば、私たちが推定したアロメトリー係数に基づくと、500グラムの体重を持つ平均的な哺乳類と鳥類の脳はそれぞれ5.73グラムと4.69グラムですが、これは同じ大きさの平均的な硬骨魚類の脳(0.59グラム)と比べて約8倍?10倍の重さです。これらのことは、鳥類と哺乳類が何らかの方法でアロメトリーによる制約を緩和していることを示唆しています。そこで私たちは、体サイズと脳サイズの関係が鳥類・哺乳類とそれ以外の分類群とでどのように違っているかを詳細に研究しました。

図2.種間のアロメトリーと種内のアロメトリー実線は同じ種の成体の個体間における脳サイズと体サイズの関係を、破線は異なる種間における脳サイズと体サイズの関係を示しています。

その結果、鳥類・哺乳類と硬骨魚類では同じ種の成体の間で見られる脳サイズと体サイズの関係が大きく異なっていることが明らかになりました(図2)。鳥類と哺乳類では体の大きさに関わらず成体の脳サイズはおおよそ一定であることと対照的に、魚では大きな成体は小さな成体よりも脳サイズが大きい傾向にあることがわかったのです。これは、鳥類と哺乳類の脳が体の成長とは独立に発達している一方で、魚では脳と体が一緒に発達していることを示しています。それでは、哺乳類と鳥類はどのように脳の成長を体の成長から分離させたのでしょうか?この問いに答えるため、私たちは再び文献調査によって様々な発育段階にある動物の脳サイズと体サイズのデータを収集し、5種の哺乳類(ヒト、イルカ、ウシ、カンガルー、ウサギ)、1種の鳥(ニワトリ)2種の魚(マダイ、コイ)で脳が体の成長と共にどのように発達して成体に至るのかを比較検討しました(図3)。

図3.発生初期から成体までの発育期間における体サイズと脳サイズの関係破線は発生初期から減退成長期までにおける脳サイズと体サイズの関係を、実線は減衰成長期における脳サイズと体サイズの関係をそれぞれ示しています。

面白いことに、発生初期段階から一定のサイズになるまで脳サイズが急激に成長し(図3破線部、加速成長期)、その後脳サイズの成長は減衰して体サイズの成長が加速的に進んで成体になる(図3実線部、減衰成長期)という2段階構造の成長線は哺乳類・鳥類・魚類で共通していることがわかりました。数億年に渡る脊椎動物の進化史の中で脳の基本的な発育様式はほとんど変わっていないことは驚くべき発見です。他方で、哺乳類と鳥類は加速成長期を大きく延長している点で魚類と異なっていることもわかりました。例えば、マダイとコイが加速成長期を終える時、体の大きさはそれぞれたったの0.04グラムと2.9グラムしかありません。これと比べて、加速成長期を終える時のニワトリの体は14グラム、カンガルーでは約1キログラム、ヒトではなんと約9キログラムと、魚とは全く比較にならないほど大きいのです。すなわち、哺乳類と鳥類は急激な脳成長を伴う加速成長期を著しく延長することで体サイズを変えることなく脳サイズを大きく進化させることに成功したことがわかりました。これら2点はこれまで一度も発表されたことのない新しい発見でした。

【今後の展望】

私たちの発見は哺乳類と鳥類の大きな脳が特別な発育様式を通じて進化してきた可能性を示唆しています。それでは、この発育様式そのものの進化はどうして魚類・爬虫類・両生類で起こらなかったのでしょうか?今回の研究ではこの点を明らかにすることはできませんでしたが、この問いに対する答えは脳が発育に膨大なエネルギーを必要とする器官であることと関係している可能性が高いと私たちは考えています。断続的な養分供給を必要とする脳の発達には長期間にわたる胎児へのエネルギーの投資が不可欠です。哺乳類と鳥類はこの問題を親による子への養育によって解決しています。そして、熱心に子を養育するという点で哺乳類と鳥類の右に出るものは脊椎動物の中にはいないのです。また、今回の研究成果は私たちヒトが進化してきた道を探る上で重要な発見でもあります。ヒトは進化の過程で脳のサイズを巨大化させ、これが言語や文化の創出を可能にしたと考えられています。私たちの仮説によれば、ヒトの脳進化を解明する鍵は脳発育の最初期段階にあることになります。このように、私たちの研究はヒトが言葉や文化を持たなかった類人猿の共通祖先からどのように進化してきたかを理解する上で重大な発見につながるかもしれません。最後に、私たちがこの研究で収集・要約した20000個体・4500種以上からなる脳サイズと体サイズのデータはデータ共有サービス・フィグシェア( https://figshare.com )にて完全公開されます。このデータが脊椎動物の体サイズと脳サイズの進化に関する新しい研究へ繋がることも期待されます。

【掲載誌・論文タイトル】

掲載誌:Nature Ecology & Evolution
論文タイトル:Breakdown of allometry and encephalization of birds and mammals
(哺乳類と鳥類の脳サイズ進化に関する新しい法則)
DOI:10.1038/s41559-018-0632-1

【研究サポート】

本研究は、日本学術振興会特別研究員制度(研究代表者・坪井助仁)、スウェーデン・リサーチ・カウンシル(研究代表者・Niclas Kolm)、カナダ・リサーチチェア・プログラム(研究代表者・Andrew Iwaniuk)、オーストラリア・リサーチ・カウンシル(研究代表者・Shaun P. Collin)の支援を受けて行われました。

【研究メンバー】

坪井 助仁(総合研究大学院大学 先導科学研究科(研究時)、ルンド大学生物学部(現在))
Wouter van der Bijl(ストックホルム大学 動物学科)
Bjorn T. Kopperud(オスロ大学 生物学部)
Johannes Erritzoe(ハウスオブバードリサーチ)
Kjetil L. Voje(オスロ大学 生物学部)
Alexander Kotrschal(ストックホルム大学 動物学科)
Kara E. Yopak(ノースカロライナ大学 海洋学センター)
Shaun P. Collin(西オーストラリア大学 海洋科学院 )
Andrew Iwaniuk(レスブリッジ大学 脳科学科)
Niclas Kolm(ストックホルム大学 動物学科)

PAGE TOP