2018.09.28

平成30年度秋季学位記授与式 学長式辞 【9月28日】

平成30年度秋季学位記授与式 学長式辞【9月28日】

学長式辞

数年前、総研大に入学して博士論文研究を始めたころのことを覚えていらっしゃいますか? 博士論文執筆までの数年間は、どんな時だったでしょうか? たくさんのご苦労がおありだったと思います。楽しいこと、興奮することもたくさんあったでしょう。今日、みなさんはすべての関門をくぐりぬけて、学位を授与されました。心からお喜び申し上げます。指導教員の先生方、これまでの日々を支えてくださったご家族の皆様にも、お祝い申し上げるとともに、深く感謝いたしたいと存じます。

さて、学位記授与のときに必ず言われることですが、博士号は、一人前の研究者として認められるための出発点です。学位を授与されたということは、一つのゴールに到達したということですが、それは、人生の新しいページの始まりです。みなさんは、 PhD という肩書きを持ってこれからどんな人生を歩んでいくことになるのか、今は、期待と不安のただ中におられるのではないでしょうか。

どんな人生を歩んでいくことになるのか、それは一本の平坦な道ではないと思います。学位論文を書いたテーマに沿った、その同じ分野の知識を使いながらさらに高めていく仕事につく場合もあるでしょう。また、少し違う、関連分野に進むこともあるでしょう。これまでの研究とはまったく違った仕事につくこともあるかもしれません。いずれにしても、今、ある一つのテーマで研究をして、学位論文を書いたという事実が、自分にどんな価値を付け加えたのかについて、より深く考えていただきたいと思います。

具体的な研究成果そのものではなく、みなさんは、研究を始めたばかりの数年前と比べてどんなことができるようになったのでしょうか? 世界をどのように見るようになったのか、専門の学問のことばかりでなく、世の中のいろいろな問題にどう対処できるようになったのか、自分自身がどのようにバージョンアップできたか、という意味で考えてみてください。それが、 PhD の本当の意義だと私は思います。

私自身は、東京大学の自然人類学研究室で博士号を取得しました。自然人類学は、ヒトという生物の進化史を解き明かすことが目的の学問です。私は、ヒトにもっとも近縁なチンパンジーの行動と生態を研究し、彼らとヒトとの比較によって、何がヒト固有の性質として進化したのかを解明する研究室を選びました。そうは言っても、そこにもたくさんのアプローチがありますので、私は、チンパンジーの life-history strategy, female reproductive strategy を研究することにより、この点で、ヒトはどのようにチンパンジーと異なるのか、何がヒト固有の進化であるのかを明らかにしようとしました。

もう 30 数年も前のことです。そのような研究をしている研究者は少数しかいませんでしたし、理論的にもまだ黎明期でした。私の指導教官自身も、この分野に精通しているわけではなかったので、私は、目標設定から、理論的枠組の構築から、方法まで、ほとんど独力で探さなければなりませんでした。雌がどのように子どもを育てるのかということは、人間でも霊長類でも、母子関係に関する研究でしたが、そこには、フロイト理論から最新の行動生態学的理論まで何でもありで、私がどのようにそれを料理するかは、まったく私自身が開拓せねばならなかったのです。無謀と言えば無謀な時代でした。でも、私は、そういう格闘を通して、大きなビジョンを作り上げる力を学んだのだと思います。

これほど壮大な研究計画を一人で立てるチャンスは、今のみなさんには与えられない贅沢であったのではないかと思います。今は、もっと学問が進んだ結果、すでに確立された領域の中で、確実に成果を出せることを求められる時代になってしまいました。私たちの時代と同じ興奮に満ちた環境を提供できなくなったのではないかと危惧するとともに、それでも、若い人たちは、そんななかでも想像力と創造性を精いっぱい広げようとしているのだろうと思います。若いとは、そういうことですから。そうして飛躍して欲しいと望んでいます。

あの無謀な時代の博士論文研究の過程で、私は、本当にたくさんのことを学びました。野生のチンパンジーの行動と生態を観察するには、アフリカ、タンザニアの奥地に行ってキャンプ生活をせねばなりません。電気なし、ガスなし、水道なしの生活です。また、その現地に住んでいる人々と良好な関係を築き、調査に協力してもらわねばなりません。まだ 28 歳だった私と夫が、現地の人々 30 人あまりを雇って、薮の中に道を作り、毎日チンパンジーを見つけて追いかけ、データの収集と記録を指導し、彼らの健康管理をし、家族のさまざまな問題解決に知恵を貸さねばなりませんでした。タンザニアと日本の文化の違い、 work ethic の違いを痛いほど感じ、苦労しつつも、人間はみんな同じだな、と思える事態もたくさん経験しました。私たちよりもずっと貧しい彼らに、本当にいろいろとお世話になりました。この経験は、私の人生観、世界観を変え、私の人生で、今に至るまでもっとも重要な時期であったと思います。

本日の学位記授与式にご出席の多くの方々は留学生です。みなさん、それぞれ、日本という異国での生活環境の中で博士論文を書くというご苦労をされてきました。日本の悪いところも、良いところも、たくさん経験されたことと思います。みなさんはこの先、ご自分の研究分野で国際的に活躍していかれると思いますが、同時に、日本という国、日本の学問のアンバサダーとしても、ときに活躍していただきたいと思います。学問に国境はありません。とくに自然科学は、普遍的なものをめざしています。それでも、研究のスタイルや組織のあり方は、おおいに文化的なものです。留学生のみなさんには、日本を批判的に見つつ、日本を応援する一助となっていただければ幸いです。

日本人の修了生の方々も、これから、日本以外のいろいろな国で活躍していかれることでしょう。そこでは、自分自身がなんと思おうと、相手側からは、みなさん一人一人が「日本の代表」とみなされます。そのとき、日本について何も説明できないのでは困ります。その意味で、どんな学問分野のどんな研究者であっても、世界に対して日本を説明できる人物になっていただきたいと思います。

本日は、学位取得、本当におめでとうございます。みなさんの今後について、いろいろと注文をつけましたが、なにはともあれ、お祝いとともに、今後のご活躍を心より祈念いたします。

2018年9月28日

総合研究大学院大学長 長谷川 眞理子

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