2018.10.23

【プレスリリース】アジアゾウは数量の大小を理解している:タッチパネルによる認知実験

【研究概要】

ヒトは日常生活の様々な場面で数を利用します。同様のことはヒト以外の動物にもいえます。しかし、ヒトに見られるような洗練された数量認知ができる種は、これまで知られていませんでした。本研究では、タッチパネルを用いた認知実験によって、アジアゾウがヒトのように数量の大小が理解できるかどうかを検証しました。その結果、アジアゾウは、相対的数量認知の課題(数の多い方を選ぶ二択の課題)に正答できるのみならず、正答率が課題の数量合計や差によって変化せず、ふたつの刺激の差が小さい課題において長い回答時間を要していました。これらの発見から、言語をもたないヒト以外の動物でも、ヒトに類似したユニークな数覚を持っていることが、世界で初めて明らかになりました。

【研究の背景】

ヒトは洗練された数覚を兼ね備え、日常の様々な状況において利用するのみならず、現在の文明の礎となる複雑な数学を発展させました。ヒト以外の動物(以下、動物と略記)にとっても、相対的な数量の大小を把握すること(相対的数量認知)は、さまざまな場面で重要になります。採食時には食べ物が多いのはどちらか判断する必要があるでしょうし、集団で行動する際には仲間が多い方を選択するほうが有利な状況があるでしょう。例えば、小型魚であるカダヤシは群れで泳ぎますが、外敵に襲われる確率が低下するため、小さな群れよりも大きな群れを好んで加わります。

これまで、カダヤシやヤモリ、ウマ、霊長類などの様々な種を対象に、相対的数量認知の存在が示されてきました。しかし、言語を持たない動物は、どのように数量を把握しているのでしょうか? また、ヒトのように洗練された数量認知ができる動物はいるのでしょうか?

【研究の内容】

本研究では、アジアゾウに、タッチパネル画面上に提示された異なる数量が示された2つの刺激のうち(図1)、数の多い方を鼻で選択するという数量の大小判断課題を課しました。この研究のために、ゾウ用に46インチのモニター画面に装着可能なタッチパネルを特別に開発し(図2)、東京都恩賜上野動物園で飼育されているアジアゾウを対象に実験を行いました。オトナメス3頭のうち、ウタイという個体(14歳)が画面に提示した刺激を鼻で触ることができるようになり、タッチパネルを使用することができるようになりました。この結果を踏まえて、ウタイを対象に相対的数量認知課題を行いました。

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図1 数量の大小判断課題に用いた刺激の例。二つの異なる数の刺激が組み合わされて、画面の左右に提示される。
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図2 ゾウ用のタッチパネルで、数量の大小判断課題を行うアジアゾウのウタイ(14歳メス)。左右に並んで提示される刺激のうち、大きい方を鼻で選ぶと正答となる。

その結果、ウタイは全 271 試行中、 181 試行に正答しました。この 66.8% という正答率は、ランダムな解答率 (0.5) よりも、統計的に有意に高い値でした(二項検定、 p<0.01 )。この結果から、アジアゾウは数量の大小判断ができていると言えます。

ヒトの赤ちゃんも含めて言語を持たない動物は、比較する2つの数の差が小さくなるほど、また、2つの数の総量が大きくなるほど、成績が低下します。言語(数字)を使って、数を正確に把握できるヒトの大人とは異なり、正確な数を把握する手段を持たない動物たちにとっては、2つの数の総量が大きくなる、また、2つの数の差が小さくなると、どちらが多いかを判断することが難しくなるためであると考えられます。そこで本研究では、アジアゾウの正答率がふたつの数量の組み合わせによって異なるかを調べました(図3)。

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図3 各数量課題の正答率 (a, b, c) 。数量の総数、数量の差、数量の比が横軸に示されている。各点は、それぞれの条件における正答率を表す。ランダムに答えた場合の確率 (0.5) よりも、多くの条件で高い正答率がみられ、正答率は総量、差、比のいずれによっても変化しなかった。

しかし、提示された1から 10 の間の数について、アジアゾウの成績は総量、差、比に影響されませんでした(図3 a, b, c )。

本研究ではさらに正答した際の回答時間も記録・分析しました。回答時間に2つの数の総量は影響していませんでした(図4 a )が、2つの数の差が小さくなるほど、また数の比が大きくなるほど、また、数の比が1に近いほど、回答時間が長くなっていました(図4 b, c )。この結果は、差が小さくなるほど、アジアゾウが判断に時間をかけているということを示しています。

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図4 各数量課題の回答時間。各点は、それぞれの試行における回答時間を表す。回答時間は、難易度が上がると考えられる課題、すなわち、数量の差 (b) が小さくなるにつれて、または数量の比 (c) が1に近くなるにつれて増加していた。

本研究は、アジアゾウの数量認知が動物のなかで極めてユニークであることを明らかにしました。まず、アジアゾウの数量認知が他種とは異なり、数量の差や総量に影響されませんでした。この結果は、ヒトの大人の結果と一致するものであり、アジアゾウが洗練された相対的数量判断能力を持つことを示しています。同様の結果は、私たちのこれまでの研究でも報告されていました(例えば Irie 2012 )が、本研究はその結果を補強するものです。くわえて、本研究では、回答時間という尺度を分析に新たに取り入れることによって、アジアゾウが難易度の高いと考えられる課題において、精密な判断を必要としていることが明らかになりました。このような特徴は、これまでに研究された他種とは異なるものです。

【今後の展望】

今後は、アジアゾウだけでなく、これまでに研究された種についても同様の手法を用いて比較研究を行うことで、言語を持たない種の数量認知について、理解を深めていくことができると期待されます。

【論文情報】

Irie N, Hiraiwa-Hasegawa M, Kutsukake N. Unique numerical competence of Asian elephants on the relative numerousness judgment task. Journal of Ethology

DOI: 10.1007/s10164-018-0563-y

【著者】

入江尚子(総合研究大学院大学・先導科学研究科・研究員)

長谷川眞理子(総合研究大学院大学・先導科学研究科・教授、現・学長)

沓掛展之(総合研究大学院大学・先導科学研究科・講師)

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