2018.12.04

【プレスリリース】繁殖していないペアほど息の合ったダンスを踊る:タンチョウから定説を覆す発見

【研究概要】

二個体が息を合わせて踊るダンスは、ヒトのみならず、その他の動物においてもみられます。動物において、雌雄のペア(つがい)がダンスを踊ることが多いため、洗練されたダンスはつがいの絆を強め、繁殖を促進すると長らく考えられてきました。本研究は、野生タンチョウのダンス(いわゆる、鶴の舞)を詳細に分析し、この定説が正しいかどうかを実証的に検証しました。その結果、これまでに繁殖していないつがいほど、息の合ったダンスを踊るという定説を覆す結果が得られました。本研究は、つがいが踊るダンスの役割を示した世界で初めて研究であり、ヒトが行う複雑なコミュニケーションを理解する上での手がかりにもなるかもしれません。

【研究の背景】

ヒトはコミュニケーションをする際、言葉のみならず、身振り・手振りを用いて意思疎通を双方向で行います。ヒト以外の動物(以下、動物と略記)も同様に、多種多様な儀式化された動作(ディスプレイ)を二個体が同時に行い、双方向のコミュニケーションを行うことが知られています。その代表例が、鳥類のつがいが行うダンス(ペアダンス)です。では、このような身体的コミュニケーションを通じて、動物はどのようなことを伝え合っているのでしょうか。

カイツブリやアホウドリなど多くの鳥類において、繁殖つがいである雌雄が一緒に洗練されたダンスを踊ります。洗練されたダンスは生物学者の注目を集めてきましたが、その役割は不明でした。 1942 年に、ダンスはつがいの絆を強め維持する働きをもつという「つがいの絆」 (pair bond) 仮説が提唱されました。つがいは縄張りを協同で守る、交尾を成功させる、協力して雛を守り育てるなど、繁殖に関する様々な状況において協力する必要があります。「つがいの絆」仮説によると、洗練されたダンスを踊るペアは強い絆を持つため、それまでの繁殖に成功し、かつ、将来の繁殖にも高い確率で成功することが予測されます(図1)。この仮説は、長年、生物学者の間で信じられてきましたが、実証的な検証は、提唱されて以来約75年間行われておらず、ダンスの役割は憶測にもとづいたものでした。

図1.png

国内では北海道に生息するタンチョウ( Grus japonensis )は、特別天然記念物に指定されています。ペアダンス(図2)は最長 3 分にも及び、「鶴の舞」として一般に知られています(武田 2018 )。タンチョウは、長期に及ぶ安定した一夫一妻の配偶関係を形成し、雌雄が協力して子育て・縄張り防衛を行います。北海道のタンチョウは、 NPO 法人タンチョウ保護研究グループとボランティアの活動によって、足輪による個体識別、繁殖履歴の長期記録、個体の性別などのデータがそろっており、「つがいの絆」仮説を検証するうえで絶好の対象です。そこで、本研究では、タンチョウを対象に、「つがいの絆」仮説の真偽を世界で初めて検証しました。

図2.png

【研究の内容】

本研究では、北海道・釧路において二年間の調査を行い、野生タンチョウ21つがいを観察しました。12月から3月、越冬期の給餌場(図3)で行うペアダンス(図2)を99例、記録しました。この期間は、繁殖期(交尾期:3−4月、産卵:主に4月)の直前の時期に当たります。ペアダンスをビデオに撮り、映像データの詳細な解析によって、雌雄それぞれが行う行動要素(図4)の順番、各要素の継続時間、ダンス全体の長さを記録しました。次に、情報理論(information theory)の手法を用いてダンス要素の配列を分析し、行動要素の多様性など、ダンスの特徴を定量化しました。

図3.png
図4.png

とくに、片方の個体がある行動要素 (A) を行った時に、パートナーが特定の行動要素 (B) を高確率で行うというような、雌雄間で特定のパターンが存在する度合い(ダンスの息があう度合いを意味し、協調性と呼ぶ)に着目しました(なお、行動要素 A と B が同一の場合も異なる場合も含む)。これらのダンスの特徴が、繁殖時期が近づくにつれてどのように変化するかを調べました。また、「つがいの絆」仮説の検証として、観察対象の過去の繁殖履歴、および、直後のつがいの繁殖成功(翌年の冬に自身の子を伴っていたかどうか)を用い、ダンスの特徴とつがいの繁殖状況の関係を調べました。

まず、繁殖の時期に近づくほど、ダンスを踊る時間が長くなるということがわかりました(ダンスの他の特徴は変化しませんでした)。この結果は、ダンスが繁殖と何らかの関係をもっていることを示しています。

次に、過去に繁殖経験が少ない個体の形成するつがいほど、息の合った(協調性の高い)ダンスを踊っていました(図5)。その他のダンスの特徴は過去の繁殖履歴と関係していませんでした。また、つがいが次の繁殖に成功するかどうかは、ダンスの協調性を含めてどの特徴とも関連がありませんでした。これらの結果は、「つがいの絆」仮説の予測とは逆であるか、または一致しないものです(図1)。

図5.png

このように、本研究は、ペアダンスが繁殖に役立つという「つがいの絆」仮説を世界で初めて検証し、約75年前に提唱された定説を覆す新たな発見をもたらしました。では、なぜ、繁殖に成功していないつがいほど、複雑なダンスを踊るのでしょうか? 我々は「つがいの絆」には、形成と維持という二つの異なる段階が存在していると考えています。繁殖を試みる雌雄のペアは、つがい関係を形成した際に、縄張り形成など、今後の繁殖活動に必要とされる安定した協力関係を構築する必要があります。協調的なダンスは、この絆の形成期にその役割を果たしているのかもしれません。逆に、つがいの絆がすでに確立し、繁殖に成功してきたつがいは、協力関係を維持する段階に入っており、協調的なダンスをそれほど必要としないのかもしれません。

このように、ダンスの詳細な分析から、動物が身体的コミュニケーションによって伝えあっている情報の内容を明らかにすることができました。

【今後の展望】

動物のペアダンス研究は始まったばかりであり、多くの謎が残されています。例えば、ダンスは個体の発達に伴ってどのように変化していくのでしょうか。ダンスは個体の生理的状態とどのような関係にあるのでしょうか。タンチョウはツル科の中でも特別に複雑なダンスを踊る種ですが、彼らのダンスはどのような進化過程によって洗練化され、複雑になったのでしょうか。今後、これらの謎をさらに詳しく調べることで、ヒトを含めた動物の複雑なコミュニケーションを理解する鍵になると期待されます。

参考文献
武田浩平 . 2018. 第1章「ツルの舞が語り始めてくれたこと」『はじめてのフィールドワーク③ 日本の鳥編』(東海大学出版)

【論文情報】

Takeda KF, Hiraiwa-Hasegawa M, Kutsukake N. in press. Uncoordinated dances associated with high reproductive success in a crane. Behavioral Ecology .(ツルでは協調していないダンスが高い繁殖成功と関連している、行動生態学誌)DOI:10.1093/beheco/ary159

【著者】

武田浩平(総合研究大学院大学・先導科学研究科・特別研究員)
長谷川眞理子(総合研究大学院大学・先導科学研究科・教授、現・学長)
沓掛展之(総合研究大学院大学・先導科学研究科・講師)

【関連リンク】

ペアダンスのビデオ: https://kftakeda.weebly.com/video.html

PAGE TOP