2019.09.27

令和元年度秋季学位記授与式 学長式辞 【9月27日】

学長式辞

みなさま、本日は、みなさまにとっても私たちにとっても、大変に喜ばしい日です。みなさんは、学位研究を成し遂げ、博士論文を提出し、本日、晴れて博士の学位を授与されることとなりました。これまでの数年間、研究がうまくいった喜びの瞬間も、うまくいかなかった失望の瞬間もあったでしょう。ことによると、うまくいかない状態が何ヶ月も続くこともあったかもしれません。そして、それらをまとめて一つの論文に仕上げる作業は、ときには退屈であり、ときには何度も書き直さねばならない、大きな苦労を伴うものだったと思います。みなさまが、それらすべてを乗り越え、今日、ここに博士の学位を授与されましたこと、心よりお祝い申し上げます。また、みなさまを支えてくださったご家族の方々、そして、研究指導にあたってくださった先生方にも、お祝いとともに厚くお礼を申し上げます。

総研大には、人文系から理学系まで全部で 20 の専攻があります。みなさんが総研大に入学した日を覚えていますか? 多くの方々は、フレッシュマン・コースに出席されたのではないでしょうか? その機会を利用して、専攻を越え、研究分野を越え、友人を作ることはできましたでしょうか? フレッシュマン・コースであれなんであれ、みなさんが在学中に、狭い自分自身の研究室を越えて、なんらかの知的に広がる人間関係を総研大で築いていただけたら幸いに思います。

それというのも、学問とはアイデアの競合の世界であり、新しい事実の発見、新しい理論の構築、新しい視点の提出はみな、今までとは異なる何かを考えつくことによって進んでいくものだからです。たとえば、日本歴史の研究をしている院生と、宇宙の根源を考えている院生とが話しをしても、お互いに話はかみ合わないし、お互いの分野の知識はないし、得るところは何もないように思えるかもしれません。それでも、それぞれの個別具体の問題を超えて、「ものを考える」という営みには、何か共通する原理があるのです。研究分野の異なる人たちと話すことにより、何か新しいものをつかみとる可能性はつねにあります。そのときは、ただの「おもしろい話」として聞いていたことが、何年もたってから、何かのヒントになることもあります。

しかし、私は、そんな実利的な目的のみで、異分野の研究者どうしが友達になることを推奨しているわけではありません。博士号を授与されるに値する研究を成し遂げたみなさんは、この先、学者として人生を送るかどうかにかかわらず、学問とは何かがわかる人間であって欲しいと思います。異なる研究分野を越えて、この世のあらゆる現象をよりよく理解しようという試みと、その試みに対する情熱を共有する人々であって欲しいと思います。不幸なことに、今の世の中では、こんな知的活動に対する情熱とその意義がわかる人々の割合は、それほど多くはないように思います。世界の経済が停滞する中、多くの人々にとって、もっとも大事なのはお金であり、現在および近い将来の生活なのでしょう。

また、近年の ICT の発展は、インターネットや SNS の普及などによって、人々の情報環境を激変させました。一昔前ならば、長い時間をかけて調べねばわからなかったことが、今では、ほんの数秒で検索できます。大容量の記憶媒体が手近にあることから、人々は今や、ほんの些細なことでも、自分自身で記憶しなくなりました。また、理念や建前はいまだにあるものの、感情的に嫌だなと思うことは、昔ならば、ほんの一握りの仲間たちの間でのひそひそ話でしかできませんでしたが、今や、匿名で全世界に対して発信できます。事実を詳細に突き詰めることは嫌い、自分の感情に添うように世界を見たい、そんな態度でいることが可能になってきました。これらのことが全部あいまって、私は、今では、人々が時間をかけて沈思黙考し、自省し、他者と真剣に議論しあって意見を形成するという過程が、手薄になってきているように感じます。つまり、学問という営みが軽く見られるようになってきていると思うのです。その中で、本日、学位を取得されたみなさんは、これまで人類が築いてきた知的活動を継承し、学問の意義とそれに対する人間の情熱を理解している人間として、世に出ていって欲しいと望みます。そして、そのような人々のネットワークを築いていって欲しいと望みます。

本日の学位取得者の多くは留学生です。みなさんは、これからどのような道を歩むのでしょうか。日本での暮らしを続ける人、さらに別の国に行って仕事をする人、祖国に帰って重要な地位につく人、いろいろな道があるでしょう。どこへ行っても、どんな職種についても、この数年間を総研大の専攻で過ごして研究したことを、役立ててください。

かつての日本は、学問の分野でも産業でも西欧に遅れをとり、西欧に追いつくことを目標としていました。しかし、今では、それほど遅れているわけではありません。ノーベル賞受賞者の数も、そこそこ多い方です。長らく鎖国をしていた江戸時代、 1853 年のペリー総督の来日から 160 年余り。日本は、なぜこんなに短期間で、アジア諸国のなかでは珍しいほどの発展を成し遂げられたのでしょうか? そして、今、なぜこれほど問題山積みで閉塞感の強い状況になってしまったのでしょう? 留学生のみなさんは、日本で暮らし、日本で研究して、日本のよいところはなんだと思いましたか? よくないと思うことはなんですか? 留学生のみならず、日本の方も、そんなことにも思いをめぐらしていただきたいと思います。

これからの世界を作り、世界を変えていくのは、みなさんの世代であり、みなさんの仕事です。これから、もっともっと広い世界にはばたき、さまざまなことを経験し、考え、よりよい世界を作るために挑戦してください。

本日は本当におめでとうございます。

2019年9月27日

総合研究大学院大学長

長谷川 眞理子

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