2021.03.24

令和2年度春季学位記授与式 学長式辞【2021年3月24日】

令和2年度春季学位記授与式 学長式辞

 みなさま、本日は学位を授与されましたこと、本当におめでとうございます。博士号のための研究を遂行し、論文を仕上げるのは、いつでも大変なことです。それが、昨年の1月からは、新型コロナウイルスのパンデミックのため、さまざまな活動が停止されることになりましたので、みなさんの博士論文作成は、普段よりも一層困難だったことと推察します。そんな中で無事に学位を取得され、今日を迎えることができましたこと、心よりお喜び申し上げます。また、これまでみなさんを支えてくださった指導教員などの先生方、家族の方々にも深く感謝の意を表したいと思います。

 コロナの状況は、世界的にも日本国内でも、まだまだ収束するようには見えません。これからの就職先の状況や、海外での研究の機会などについて、まだ多くの困難があると思います。何ができるかのじっくり考え、これまでに築いてきた研究者仲間、友達などのネットワークも駆使して、希望を捨てずに前進していってください。

 みなさんは、一つの学問領域の中での、あるテーマについて深く探究し、自分の研究結果を先行研究と比較して、何か新しいことを付け加えるという経験をしました。その成果は、たとえ学問全体の中ではそれほど画期的なものとまでは言えなくても、みなさん独自の新しい発見であったり、新しい観点の展開であったりしたと思います。そういう新しいものが見えてくる時というのは、とても興奮して楽しいものですね。研究とはそういうもので、研究計画を立て、実験や観察を行い、データの分析をするのは、ときには退屈だったり、失敗の連続だったりすることもありますが、新しいことが見えてくる喜びというのは、何ものにも変えがたいものです。

 私自身、アフリカで野生のチンパンジーの研究をしていたとき、彼らがそれまでの記録にはない行動をするのを見た時や、スコットランド沖合のセント・キルダ島で野生ヒツジの観察データを入力していた夜中、一つの行動について全貌が見え始めてきたと思えた時など、「今、世界中でこの現象を知っているのは自分だけなのだ」という興奮を味わったものでした。それを一つの論文にまとめる作業には、これはまた別の苦労がたくさんあったことと思います。今はそれもすべて終わり、学位授与の日を迎えることができましたので、少し休んで、これまでを振り返り、これからのことを考えましょう。

 みなさんは、今日から「博士」を名乗ることができるのですが、その意味はなんでしょう? 数年前、学位研究を始めたころの自分と比べて、今の自分はどれほど成長したと思われるでしょうか? 自分の専門分野に関しては、みなさんはかなりの知識を身につけたと思います。専門分野の中で、まだわかっていないことは何なのか、それらの問題に取り組むには、どんな手法があるのか、などについても、かなりの知識を身につけたと思います。では、狭い自分の専門分野以外ではどうでしょうか?

 もちろん、専門以外のところでは、知識は少なくなるに違いありません。しかし、一つの分野で博士論文を書き上げたのですから、みなさんは、「研究とは何か」、「未知の分野を探求するとはどういうことか」という一般的な問題について、何か知見を得たはずです。まだ誰も答えを見つけていない問題にどうやって取り組むか、それには何が必要か、といったことだけでなく、そもそも何が解くべき問題であるのか自体を発見することについても、何か知見を得たはずです。このような大きな観点から見たとき、自分の博士論文研究の経験は、ご自身に何をもたらしたと思われますか? 

 みなさんは、これからどのような道を歩むことになるのでしょう? 本学の卒業生の多くは、出身分野の研究者になりますが、別の道をゆく人たちもいます。いずれにせよ、博士論文研究を仕上げたというこの経験から得たものを、その専門分野の業績に限ることなく、「研究とは何かということがわかる」、「何にせよ、問題を発見し、それに取り組む計画を立てることができる」などと言った、一般化した能力として自覚していただきたいと思います。その自覚は、同じ分野で研究を続ける場合にも、他の研究分野に進むとしても、また、まったく別のキャリアを選ぶにしても、きっと重要な意味を持つと私は信じています。

 さて、私はこれまで、新しい博士号取得者を送り出す式辞の中で、ジェンダーの問題に触れたことはありませんでした。ところが、時節柄、今回は何か一言申し上げた方がよいかもしれないと思いました。  東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の元委員長の森氏は、「女性がたくさんいる会議は長引くから困る」という発言をし、それが問題となって、結局はお辞めになりました。この発言内容は事実か、という点も問題ですが、委員のみんながたくさん発言して議論するのは時間がかかって困るという、そもそもの前提も問題です。しかし、この発言の根底には、無意識のうちに森氏が抱えてきた女性に対する数々の偏見と、長年にわたって年長の男性中心で組織運営がなされてきた日本のしきたりとが、分厚く積もっていると感じます。

 ジェンダー平等に関する日本のさまざまな指標は、OECD諸国の中でも最悪の部類に属しています。国会議員、県知事、市町村長、企業の管理職、役員、そして大学の学長など、組織の意思決定を担う立場にいる女性の割合は、日本は、世界と比べてあまりにも少ないのが現状です。たとえば、86ある国立大学のうち女性が学長であるのは3大学だけで、3.48パーセントに過ぎません。でも、英国のタイムズ・ハイアー・エデュケーションの評価による世界のトップ200大学での女性学長の割合は17パーセント、トップ60大学では25パーセントなのです。私は、みなさんのような若い世代の人々に、是非、この状況を変えていっていただきたいと強く望んでいます。

 それには、女性自身がたくさん意見を言い、指導的立場になることを積極的に目指すことはもちろん重要ですが、男性側も、意思決定の場には女性がたくさんいて当然であるという意識を共有していなければなりません。それを言えば、女性に限らず、さまざまな立場の人々が意思決定の場にいるべきなのです。 若い世代の人たちは、森氏のような人生観を持っていることはないと思いますが、無意識のうちに古い考えが染みついていてしまっていることはよくあります。たとえば、私が本学の事務局長(男性です)と一緒に国立大学協会の会議に初めて行ったとき、他の大学の事務局長たち(これもみんな男性)はみんな、まず私を見ることもせずに、事務局長の方を見て挨拶をしました。こんな小さなことが、そこら中に降り積もっています。この事務局長の男性たちに悪気はないでしょうが、このような態度の積み重ねが現状を変えなくさせている力の一部なのだと思います。

 これからの社会がどのようなものになるのか、コロナ禍が収まったあとにはどんな世界になるのか、まだ誰にもわかりません。しかし、世界は確実に変わってきましたし、これからもさらに急速に変わるでしょう。その世界を作っていくのは、みなさんの世代です。その世界では、これまでの経験や常識が通用しなくなるかもしれません。これまで大前提だと思っていた事柄を、崩していかねばならなくなるかもしれません。そんな世界をうまく動かしていくことは困難で、みなさんも自信があるとは言えないでしょう。しかし、博士論文研究を成し遂げて学位を取得されたみなさんは、そのような未知への挑戦ができる人たちだと思います。そして、若いというのは素晴らしいことです。

 学問研究を続けるにせよ、別の専門的な職業の人生を歩むにせよ、みなさんがこれから、それぞれの道で素晴らしい成果を挙げていってくださるとともに、本学で培った能力をもとに、この世界を少しでもよくしていくために尽力してくださることをお祈りします。本日は、まことにおめでとうございます。


2021年3月24日 

総合研究大学院大学  学長 長谷川眞理子

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