2021.04.06

2021年度春季入学式 学長式辞【2021年4月6日】

2021年度春季入学式 学長式辞

みなさま、本日は総合研究大学院大学へのご入学、おめでとうございます。みなさんは全員、自分の出身大学にそのまま残ることをせず、新しい場所で研究することを選んで本学に進学されました。その勇気と決断に、まずは敬意を表したいと思います。とくに日本では、出身大学にそのまま残って研究を続ける場合が大半であり、企業でも大学でも一般的に、組織をまたいでの人の移動が少ないのが現状である中、みなさんのような方々は大変貴重です。このような方々が、これからの世界を変える力になっていただきたいと望みます。

昨年から続く新型コロナウイルスの感染症拡大は、世界中で日々の生活を一変させました。みなさんもほぼ全員が、通常の入試ではなく、オンラインでの入試だったのではないでしょうか? 卒論や修士論文をまとめるに当たっても、ずいぶんご苦労が多かったのではないかと思います。これはすぐには収束しそうになく、昨年に引き続き、今年も入学式をオンラインで行うことになりました。みなさんと直接にお会いして入学の喜びをともにできないことを、また、みなさん同士が実際に一同に会して仲間のつながりを築けないことを、残念に思います。

本来であれば、この入学式に引き続き、みなさんで葉山に合宿してフレッシュマン・コースを受講していただくことになっていました。そこでは、先輩たちによる本学の研究の広がりの紹介があり、研究者というコミュニティの歴史や研究を支える社会的基盤の話、研究の倫理などに関する講義とワークショップがあります。また、自分の研究を他者に伝えるには何が重要かを考える時間もあります。これらを受講し、みんなで一緒に議論していただく間に、専攻を越えて、同期に入学した仲間たちと交流し、生涯にわたるきずなを築く機会にしていただければと思っていました。

残念ながら、今年度のフレッシュマン・コースも、オンラインでの開催となります。しかし、若いみなさんは、新しい情報技術を十分に使いこなせるでしょうし、そこから多くの有益な結果を導くすべも心得ておられるでしょう。(それでも、対面でリアルに交流を持つにまさることはないと、私は信じていますが。)

本学は、日本全国に散らばる国立の研究所を基盤とする大学院大学です。ここ葉山本部に直結した先導科学研究科を除き、すべての専攻は、大学共同利用機関である研究所や博物館に置かれています。大学院大学ですから、もちろん、学部学生はいません。研究所は、世界でもトップレベルの研究を行っているところで、院生たちは始めから若手研究者として扱われます。研究所にはたくさんの先生がおられ、海外を含む外部からの共同研究者もたくさんいます。一方、各専攻における院生の入学定員はせいぜい3名前後であることが多いので、院生自身のコミュニティはなかなか作り難い場合もあります。

学部を出たばかりで5年一貫の博士課程に入学してきた方々にとっては、これは結構シビアな環境かもしれません。いくら、あえて出身大学とは異なる場所で研究を始めようという進取の気性に富んだ人たちであっても、始めから研究者としてやっていけるのではないのですから、丁寧な指導を望むのは当然でしょう。

もちろん、各専攻は丁寧な指導をする用意がありますが、それでもやはり、本学は研究所を主体とした大学院大学であり、世界最先端の研究の現場で次世代の研究者を育成する場なのです。学生のための娯楽施設も、それどころか日々の食事をする場所も、いろいろな相談対応も、一般の大学に設置されている大学院のようには充実していないかもしれません。何か不都合な点にお気づきの場合には、いつでも本部に連絡してください。できる限りの対応をしたいと思います。

それでも、本学に進学されたみなさんには、このような特殊な環境を楽しむ余裕もあって欲しいと望みます。始めからミニ研究者として扱われることに誇りを持ち、自分から道を切り開いていく独立独歩の精神の持ち主であって欲しいと望みます。

新型コロナウイルスの世界的流行は、いろいろな面で、これまでの日常を一変させました。みんなで集まって話をするといった、これまで当然と思っていたことができにくくなる一方、オンラインの会議など、これまでも実はできたのですが、今一つ、それを使う方向に舵が切れなかったものが、否応なく毎日使われるようになりました。在宅勤務という働き方も日常の一部となり、これまでとは異なる社会のあり方が模索されています。みなさんの研究生活も、これまでとは違った形になるでしょう。新しい生活をどのように設計していくのが良いのか、みなさんもさまざまな提案をしながら築いていってください。

と言うのも、最近の若い人たちは、私たちの時代に比べて、上の世代や「権威」というものに従順であり、あまり議論を戦わせないようになっているのではないかと危惧するからです。私が若かったころは、時代が今とは全然違っていて、学生紛争などの闘争が吹き荒れた直後の時代でした。「権威」などというものは認めない、自分たちで考えて正しいと思ったことを主張する、というのが自然だったと思います。

時代は変わり、だんだんに平和になり、経済的に豊かになって、若者たちの反抗というものは下火になりました。それ自体は良いことなのかもしれませんが、それと同時に、上の人たちの言うことには反論しない、意見の異なることについては話題にしない、という雰囲気がだんだんに強くなってきているように思います。日本社会は、明らかにその方向に動いてきたのではないでしょうか。

しかし、研究の世界は、そんなことでは進みません。英国の王立協会は、1660年にロンドンで設立された科学者の団体です。アイザック・ニュートンやロバート・フックなどが会員であり、自然科学の発展に大いに貢献してきました。現在に至るまで存続している、世界で最古の学会と言えます。

その王立協会の掲げるモットーは、「Nullius in verba (Take nobody's word for it)」です。これはラテン語の成句で、「他人の言うことをそのまま信じてはいけない」というニュアンスでしょうか。学問は、先人たちの成果や分析に対する批判的な思考から始まります。それなくして、学問の進展はあり得ません。今みんなに受け入れられていることを、そのまま信じてはいけないのです。みなさんも、自由に批判的思考を繰り広げてください。研究を続けていくと、しかし、ただ批判的思考さえしていれば、何か新しいものが創造されていくわけでもないこともわかってくるはずです。

そして、学問研究のことに限らず、この社会のいろいろな問題についても、おかしいと感じたこと、何か間違っているのではないかと思うことは、恐れずにみんなで議論してください。異なる意見の人々が議論を始めると、めんどうなこともたくさんあり、それなりのコストがあります。それでも、多様性と包摂性(diversity and inclusion)を重んじる考えに立脚した社会の方が、そうではない社会よりも、長い目で見て発展性があり、より多くの人々の満足が得られるものだと私は信じています。

新型コロナウイルス以後の新たな社会をどのように作っていくのか、これは前人未到の領域です。私たちのような上の世代の人間たちの方が、若いひとたちよりも良い展望を持っているとは限りません。このような時期に、新しいことを考えて博士号をめざそうとするみなさんには、ご自分の専門研究で素晴らしい成果を挙げてくださるとともに、次世代の社会をより良いものにするためにも尽力してくださることを望みます。

これからの、本学でのみなさんの研究生活が実り多いものになりますよう、お祈り申し上げます。本日は、ご入学おめでとうございます。

2021年4月6日

総合研究大学院大学  学長 長谷川眞理子

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