2023.05.10

【プレスリリース】評判を通じた協力の進化的安定性を発見 ―不確かな状況でも間接互恵性は機能する―

藤本 悠雅 1 , 大槻 久 1
1 総合研究大学院大学

研究概要

協力はヒトという種を特徴づける性質の一つです。他者に協力した人の社会的評判は上昇し、我々はそのような人に対し報いたくなる感情を持ちます。この仕組みは間接互恵性と呼ばれ、人類が大規模な協力を達成できた主要な要因であると考えられています。

しかしながら従来の研究では、他者の評判について集団全体が一致した意見を持ちうる場合にのみ、間接互恵性は機能すると考えられてきました。言い換えれば、各個人が個別に他者を評価し合う世界では、協力は達成できないと考えられてきました。

本研究では、間接互恵性の進化数理モデルを理論的に解析し、この問題を検討しました。その結果、各個人が個別に他者を評価する状況下でも、間接互恵性による協力は安定に維持されることを発見しました。また、他者を評価するルールがある程度単純であることが、この成功の鍵であることも分かりました。

これらの成果は、人類進化における間接互恵性の役割が従来の想定よりもさらに重要であったことを示唆するもので、本研究によりヒトの社会性の起源についての理解が進展すると期待されます。

研究の背景

動物社会における協力が主に個体間の血縁関係で説明される一方で、ヒトの協力は非血縁者に対しても向けられることがその大きな特徴です。進化生物学において非血縁者への協力の進化は互恵性の理論によって説明されてきました。「AさんがBさんに協力し、後日、BさんがAさんに協力する」という仕組みは「直接互恵性」と呼ばれ、二者間の協力を説明する基本的な理論です。直接互恵性は顔見知りの多い小規模社会において特に重要な役割を果たしてきたと考えられます。

一方で、ヒトの協力はしばしば広範囲に及びます。「AさんがBさんに協力し、後日、Aさんの評判を知った第三者CさんがAさんに協力する」という仕組みは「間接互恵性」と呼ばれます(図1)。評判を通じて協力者が社会の誰かから返報を受けるこの仕組みは、多くの非血縁者が集団で生活する社会、特に人類の定住後の大規模社会において、協力を支えてきた主要なメカニズムと考えられています。例えば「情けは人のためならず」ということわざがありますが、これは間接互恵性の原理、つまり他者への協力がやがて自分に返ってくることを述べたもので、昔から人々が間接互恵性の大切さを知っていた証拠と言えます。

図1:間接互恵性の模式図。矢印の数字は協力が起きた順番を表す。

これまで多くの理論研究によって、間接互恵性による協力の成立条件が明らかにされてきました。協力者が非協力者との競争で有利になるためには、協力者が「良い」評判を、そして非協力者が「悪い」評判を持つ必要があります。ここで問題となるのが情報の不確実性です。我々の世界には多くの情報ノイズが存在し、他者に関する正しい情報が手に入るとは限りません。このような状況下では、ある他人を「良い」と評価する人と「悪い」と評価する人が混在することが予想されます。さらに、この意見の不一致はさらなる意見の不一致を生む可能性すらあります(図2)。従来の研究では、このような意見の不一致は「良い」と「悪い」の区別を曖昧にし、協力の進化を妨げると考えられてきました。そのため、他者の評判について人々が十分に意見を交換でき、かつその意見を一致させることができるという限定的な条件下でのみ、間接互恵性による協力が達成されるという見方が一般的でした。

図2:Bに対する意見の不一致が、Aに対する意見の不一致も生み出す。

研究の成果

本研究では、各個人が他者と十分に意見を交換できない場合について、間接互恵性の進化数理モデルを構築し解析することで協力の進化条件を探りました。まず、従来は専らエージェントベースシミュレーションに頼っていた方法論を見直し、進化的に安定な戦略を解析的に導くことができる新しい数理的手法を開発しました。そしてこの手法を用いて、他者に評判を付与するルール(「社会規範」と呼ばれます)の間の競争を考え、どの社会規範が協力を進化的に安定に保つことができるかを調べました。

調べた社会規範は全部で16通りです(図3)。この中には "Stern Judging" と呼ばれる社会規範が含まれ、人々が意見を十分に交換できる場合にはこの評判付与ルールを用いると協力が安定に保たれることが知られていました。しかしながら、人々が意見を十分に交換できない仮定の下では、"Stern Judging" では協力を保つことができず、代わって "Simple Standing" と呼ばれる別の評判付与ルールが協力を進化的に安定に保つことができることが分かりました。

図3: (左)どんな相手にどんな行動を取ったかに応じて評判を割り当てるため、GoodとBadの組み合わせで計24=16種類の社会規範が考えられる。(右)Simple StandingとStern Judgingは「評判の悪い相手へ協力を行った人物」への評価のみが異なる。

"Simple Standing" と "Stern Judging" は「評判の悪い相手へ協力を行った人物」に与える評価だけが異なり、前者が「良い」評判を与えるのに対し、後者は「悪い」評判を与えるという特徴があります(図3)。情報ノイズのある世界では、本来良い評判を得ているはずの人物が、誤って悪い評判を得ている場合があります。"Simple Standing" は「相手の評判の良し悪しにかかわらず、協力することは良い」という単純な原理に基づくため、この情報ノイズの影響を受けずに済みますが、"Stern Judging" は「良い相手への協力は良く、悪い相手への協力は悪い」という複雑な評判付与ルールを採用しているので、この情報ノイズに弱いのです。

本研究は、情報に不確実性があり、かつ人々が意見を十分に交換できない場合においても、間接互恵性が成立することを理論的に示した初めての結果です。

今後の展開

間接互恵性の研究は、理論と実証が共に影響を与えながら進展してきた学際的分野です。今後は本研究の成果を受け、情報ノイズに対する実際の被験者の反応を調べる実証研究の進展が期待されるとともに、ヒトが持つ社会的感情の進化的起源の解明が進むことが期待されます。

用語解説

  1. 間接互恵性
    社会的評判を通じて協力が受け渡される仕組みのこと。上記「研究の背景」も参照。
  2. 進化数理モデル
    数式を用いて進化の様子を記述したモデルのこと。遺伝的な進化のほか、文化進化など遺伝子を介さない現象の記述にも用いられる。
  3. エージェントベースシミュレーション
    コンピュータ内に仮想的な個体(エージェント)を多数生成し、それらの振る舞いを数値計算によって調べる方法のこと。
  4. 進化的に安定な戦略
    その戦略が集団の多数を占めている場合、他のいかなる戦略の侵入も阻止するような戦略のこと。進化の最終状態を表すと考えられる。

本研究について

本研究はJSPS科研費JP21J01393ならびにJP19H04431からの助成を受けたものです。

著者情報

  • 藤本 悠雅
    総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター及び日本学術振興会特別研究員PD、東京大学 生物普遍性研究機構 客員研究員、株式会社サイバーエージェント AI Lab 協働研究員
  • 大槻 久
    総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 准教授

論文情報


  • 論文タイトル: Evolutionary stability of cooperation in indirect reciprocity under noisy and private assessment
  • 掲載誌: PNAS (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)
  • DOI: 10.1073/pnas.2300544120

問い合わせ先

  • 研究内容に関すること
    大槻 久(総合研究大学院大学・統合進化科学研究センター・准教授)
    電子メール: ohtsuki_hisashi@soken.ac.jp
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話: 046-858-1629
    電子メール: kouhou1@ml.soken.ac.jp

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