2024.06.04

【プレスリリース】溶液中で孤立した水分子の観測に成功-水分子の新たな分析手法の確立-

【発表のポイント】

  • アセトニトリル(ACN)(1)水溶液の軟X線吸収分光計測(2)により得られたスペクトルは、液体水とは異なり、水蒸気に似たX線吸収ピークを含むスペクトル形状を示す
  • アセトニトリル水溶液の分子動力学計算(3)によるシミュレーションを行い、アセトニトリル中に存在する水クラスター(4)内殻励起計算(5)を行った結果、水蒸気に似たピークは溶液中で他の水分子から孤立した水分子に由来することを明らかにした。
  • アセトニトリル水溶液中で孤立水が容易に生成することと、軟X線吸収分光計測により、小さなサイズの水クラスターの寄与を分離して、孤立水の電子状態を解析できることを発見した。

【概要】

自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学の長坂将成助教は、アセトニトリル水溶液中で孤立水が容易に生成することと、酸素K吸収端の軟X線吸収分光計測により、小さなサイズの水クラスターの寄与を分離して、アセトニトリル中の孤立水の電子状態を解析できることを発見しました。

本研究成果は、国際学術誌 『The Journal of Physical Chemistry Letters』に、2024年5月7日付でオンライン掲載されました。

1. 研究の背景

水は地球上にありふれた物質ですが、その水素結合(6)により特異な性質を示します。水が液体状態からクラスターになると、水素結合の変化により、その性質が大きく変化することが知られています。そのため、水の性質をより深く理解するためには、クラスター状態の水と共に孤立した水の状態を調べることが重要です。研究グループはアセトニトリル水溶液の酸素K吸収端の軟X線吸収分光(XAS)計測により水の電子状態を調べたところ、液体水とは異なり、537 eV付近に水蒸気に似たシャープなピークが存在することを確かめました。本研究では、分子動力学計算と内殻励起計算を用いて、このシャープなピークが、アセトニトリル中で完全に孤立した水か、小さいサイズの水クラスターに由来するのかを明らかにすることを目指しました。

2. 研究の成果

図1(a)にアセトニトリル水溶液(ACN)0.9(H2O)0.1の酸素K吸収端XASスペクトルを示します。実験は、自然科学研究機構 分子科学研究所UVSORの軟X線ビームラインBL3Uに、研究グループが開発した溶液XAS測定システム(7)を接続することで行いました。アセトニトリル分子には酸素原子が含まれていませんので、このスペクトルは全て水分子に由来します。537 eV付近のピークがシャープな形状を示すのが分かります。液体水ではこのピークは水素結合の影響で、ブロードな形状となります。そのため、アセトニトリル水溶液のピーク形状は、気体状態で孤立した水である水蒸気のシャープなピーク形状に似ています。

図1(a)にアセトニトリル水溶液(ACN)0.9(H2O)0.1の酸素K吸収端XASスペクトルを示します。実験は、自然科学研究機構 分子科学研究所UVSORの軟X線ビームラインBL3Uに、研究グループが開発した溶液XAS測定システム(7)を接続することで行いました。アセトニトリル分子には酸素原子が含まれていませんので、このスペクトルは全て水分子に由来します。537 eV付近のピークがシャープな形状を示すのが分かります。液体水ではこのピークは水素結合の影響で、ブロードな形状となります。そのため、アセトニトリル水溶液のピーク形状は、気体状態で孤立した水である水蒸気のシャープなピーク形状に似ています。

図1(b)に液体水とアセトニトリル水溶液中の異なるサイズの水クラスターの酸素K吸収端の内殻励起スペクトルを示します。液体水の内殻励起スペクトルを得るために、液体水の分子動力学計算によるシミュレーションを100 nsの間行い、内殻励起する水分子と二層に渡り配位する水分子を含む液体構造を14,900個抽出して、その内殻励起スペクトルを足し合わせました。また、アセトニトリル水溶液(ACN)0.9(H2O)0.1の分子動力学計算によるシミュレーションを行い、異なるサイズ(1 ~ 5個)の水クラスターとそれに配位するアセトニトリル分子を含む構造を14,900個抽出して、得られた内殻励起スペクトルを足し合わせることで、異なるサイズの水クラスターの内殻励起スペクトルを得ました。図1(c)に示すように、水が1個の場合には、アセトニトリル中に孤立した水が存在する場合に対応します。サイズが2 ~ 5個の水クラスターの内殻励起スペクトルは、ほとんど同じスペクトル形状になり、537 eV付近のピークは液体水とほぼ同じピーク位置になります。一方、孤立水の内殻励起スペクトル(図1(b)の赤線)は、他のサイズ(2 ~ 5個)の水クラスターとは、スペクトル形状が大きく異なり、2つあるピーク共に低エネルギー側に存在します。これは、実験で観測されたアセトニトリル水溶液のXASスペクトルのシャープなピークは、小さなサイズの水クラスター由来ではなく、アセトニトリルに囲まれた孤立した水に由来することを意味します。このように、アセトニトリル水溶液中で孤立水が容易に生成することと、酸素K吸収端XASスペクトルの537 eV付近のピークから、小さなサイズの水クラスターの寄与を分離して、アセトニトリル中の孤立水の電子状態を解析できることが分かりました。

3. 今後の展開・この研究の社会的意義

水は地球上にありふれた物質で、多くの物理、化学、生物学的な現象に関わっています。しかし、液体水は水素結合により通常の液体とは異なる性質を持ちますので、これまでも多くの研究がなされてきました。特に、水蒸気ではなく、物質中で孤立した水を分析することは非常に重要です。そのため、フラーレン(8)の中に水を閉じ込めて、孤立水を調製する研究が行われてきましたが、孤立水を調べるにはこれまでは複雑な化学操作が必要でした。本研究では、アセトニトリル水溶液で孤立水が容易に生成することと、酸素K吸収端XAS計測により、同時に存在する小さいサイズの水クラスターと区別して、アセトニトリルに囲まれた孤立水の電子状態を調べることができることを示しました。今後、孤立水の分析が進むことで、水の物性の本質により迫ることができると期待できます。

4. 用語解説 

(1) アセトニトリル
アセトニトリルは有機溶媒の一種であり、その化学式はCH3C≡Nとなる。酸素原子が含まれていないため、酸素K吸収端XAS計測では、そのピークは観測されない。

(2) 軟X線吸収分光計測
2keV以下の軟X線を試料に照射して、その透過量を計測する手法である。軟X線照射により、炭素、窒素、酸素などの軽元素の内殻電子が励起されるため、元素選択的に物質の電子状態を調べることができる。例えば、酸素1s電子が励起される光エネルギー領域を酸素K吸収端と呼び、酸素原子周辺の電子状態を調べることができる。測定には高強度の軟X線が必要なため、一般的に軟X線吸収スペクトルは、加速器が生み出す放射光を用いて測定される。

(3) 分子動力学計算
分子間の相互作用を基にして、その分子配置の時間発展を計算するコンピューターシミュレーションの手法である。

(4) 水クラスター
数個の水分子が集まった構造をいう。図1(c)を参照。

(5) 内殻励起計算
XASスペクトルに対応する内殻励起スペクトルを、目的の分子構造から量子化学計算により求める手法である。モデル構造ごとに内殻励起スペクトルを得られるので、実験で得られたXASスペクトルと比較することで、溶液中の分子構造を調べることができる。

(6) 水素結合
水分子の酸素原子ともう一つの水分子の水素原子の間の強い結合をいう。氷は水素結合により内部にすきまができるため、液体水よりも密度が小さくなる。

(7) 溶液XAS測定システム
軟X線は大気や液体に強く吸収されるため、溶液のXAS測定を行うには、液体層の厚さを数マイクロメートル以下にする必要があり、測定が非常に困難であった。長坂らは、分子科学研究所UVSORにおいて、液体層を2枚の窒化シリコン膜(100 nm厚)で挟んで、その厚さを精密に制御する方法を独自に開発することで、溶液のXAS測定を実現した。現在、分子研UVSORと高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーに、開発した溶液XAS測定システムを設置している。

(8) フラーレン
60個の炭素原子で構成されていて、サッカーボール型の分子構造をとる。化学操作により、フラーレンの中に水分子を1個だけ閉じ込めた研究が行われている。

5. 論文情報

  • 掲載誌: The Journal of Physical Chemistry Letters
  • 論文タイトル: ”Probing Isolated Water Molecules in Aqueous Acetonitrile Solutions Using Oxygen K‑Edge X‑ray Absorption Spectroscopy” (「アセトニトリル水溶液中の孤立水の酸素K吸収端X線吸収分光計測」)
  • 著者: Masanari Nagasaka
  • 掲載日: 2024年5月7日(オンライン公開
  • DOI: 10.1021/acs.jpclett.4c01087

6. 研究グループ

自然科学研究機構 分子科学研究所

7. 研究サポート

本研究は、科研費(基盤研究(B) JP19H02680)の支援の下で実施されました。実験は自然科学研究機構分子科学研究所共同利用研究(課題番号:19-518)により実施しました。計算は自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターを用いました(課題番号:23-IMS-C199)。

8. 研究に関するお問い合わせ先 

長坂 将成(ながさか まさなり)
分子科学研究所/総合研究大学院大学、助教
TEL: 0564-55-7394 FAX: 0564-55-7493
E-mail: nagasaka@ims.ac.jp

9. 報道担当

  • 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
    TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
    E-mail: press@ims.ac.jp
  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    E-mail: kouhou1@ml.soken.ac.jp

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