2024.06.05
【プレスリリース】左回り/右回りの光を選択的に発光する金ナノ粒子
【発表のポイント】
キラル(1)な金ナノ微粒子(2)を近赤外域(3)のフェムト秒パルス光(4)で照射すると,可視域の発光が観察される。この発光は,微粒子のキラリティ(掌性)に依存しており,左回りまたは右回りの円偏光(5)が,高い選択性(非対称性因子(6)0.7程度)で得られることが見出された。本成果は,円偏光発光を用いる様々な応用を実用レベルに引き上げる可能性を示唆する。
【概要】
分子科学研究所のAHN Hyo-Yong特任助教、LE Khai Quang博士、成島哲也博士、山西絢介特任助教、岡本裕巳教授、ソウル国立大学校のKIM Ryeong Myeong博士、NAM Ki Tae教授の研究グループは、キラルな金ナノ微粒子を近赤外域のフェムト秒パルス光で照射した際に可視域に見られる発光が、微粒子のキラリティ(掌性)に依存して、高い選択性で左回りまたは右回りの円偏光となっていることを見出しました。通常のキラル物質の発光では、円偏光の非対称性因子(純粋な左右円偏光で±2、無偏光や直線偏光で0)は0.01程度の桁以下なのに対し、今回のキラルな金ナノ微粒子からの発光では0.7程度という高い値を示すことがわかりました。
この成果は、『Advanced Optical Materials』 に2024年5月30日に掲載されました。
1. 研究の背景
キラルとは物質の構造が、その鏡写しにした構造と同じにならない性質を表します。光にも円偏光というキラルな電場の構造を持つ光があり、左回りと右回りの円偏光があります。円偏光はキラル物質の微量分析、偽造防止、量子情報、ディスプレイなどへの応用が期待され、円偏光の様々な効率的発生法が研究されています。その一つが、物質にある波長の光を照射した時に、他の波長の光が発光する現象における円偏光の発生です。この方式で円偏光を発生する物質の開発も多くの研究がありますが、多くの場合,左回りと右回りの円偏光が混ざって発生してしまい、左と右の円偏光の強度差はごく僅かです。左右の円偏光の選択性を表す数値として非対称性因子が用いられます。これは,発光の中の左回りと右回りの円偏光の成分の強度の差を、それらの平均で割った数値です。純粋な左右の円偏光では±2、無偏光や直線偏光では0になります。従来の円偏光発光物質の多くは、この非対称性因子が0.01程度の桁かそれ以下でした。そのため、発生した円偏光の識別が難しく、実用化が困難でした。
2. 研究の成果
共同研究グループは、キラルな金ナノ微粒子に近赤外域のフェムト秒パルス光を照射した時に発生する可視域の発光に注目しました。入射光はキラルではない直線偏光ですが、発光は高い選択性で左右いずれかの円偏光に偏っていることがわかりました。その非対称性因子は0.7程度で、従来の多くの円偏光発光物質(非対称性因子は0.01程度以下)に比べて、桁違いに円偏光の純度が高くなっていました。また理論計算を併用した解析によって、高い選択性が得られる理由を明らかにしました。
3. 今後の展開・この研究の社会的意義
本研究成果で、キラルな構造の金属ナノ微粒子が、左回りまたは右回りに偏った円偏光を発生するのに有用な物質であることがわかり、またその機構が解析されたことで、さらに効率的な円偏光の発生への指針も得られました。今後は様々な波長で効率的な円偏光を発生する物質やデバイスの開発や、円偏光を用いた偽造防止や量子情報などへの応用展開が期待されます。
4. 用語解説
(1) キラル、キラリティ
物質の構造や、物理現象が、それを鏡写しにしたものと重ならないとき、その構造や現象はキラルであるという。また鏡写しと自身が重ならない性質のことを、キラリティという。右手と左手は互いに鏡写しの関係にあるが、重ならない構造となっているので、キラルな構造である。
(2) ナノ微粒子
大きさがナノメートルサイズの微小な粒子をナノ微粒子と呼ぶ。特に金で作製されたものを金ナノ微粒子という。光の波長の半分より十分小さなナノ微粒子には光勾配力が働きうる。
(3) 近赤外域
可視域の光(概ね波長0.4μm〜0.75μm)よりもやや波長の長い(概ね波長0.75μm〜2μm程度)の光。
(4) フェムト秒パルス光
10兆分の1秒程度の、極めて短い時間幅を持つ閃光。特別なレーザーから得られる。ここで用いられている光源では、1秒間に8千万回程度、パルスが繰り返して出射される。
(5) 円偏光
光の電場・磁場が、進行方向に直交する面内で円を描くように回転するとき、その光は円偏光と呼ばれる。回転方向に右回りと左回りがあり、右円偏光、左円偏光という。右円偏光と左円偏光は互いに鏡像関係にある螺旋状の電場・磁場をもち、互いに重ならない構造を持つので、円偏光はキラルな光である。
(6) 非対称性因子
円偏光が左回りまたは右回りにどれだけ偏っているか(どれだけ純粋な左円偏光または右円偏光か)を表す数値で、g = 2(IL-IR)/(IL+IR)である。ここでIL、IRは、それぞれ左円偏光成分、右円偏光成分の強度で、純粋な左円偏光ではg=2、右円偏光ではg=-2となる。また直線偏光や無偏光ではg=0である。
5. 論文情報
6. 研究グループ
- 自然科学研究機構 分子科学研究所
- ソウル国立大学校
7. 研究サポート
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(JP21H04641)、挑戦的研究(JP21K18884)、新学術領域研究(JP16H06505)、および学術変革領域研究(A)(JP22H05135)等の支援を受けて実施されました。
8. 研究に関するお問い合わせ先
- 岡本 裕巳(おかもと ひろみ)
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 教授 / 総合研究大学院大学 教授
E-mail: aho@ims.ac.jp - AHN Hyo-Yong(あん ひょよん)
自然科学研究機構 新分野創成センター・分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 特任助教
TEL:0564-55-7320 FAX:0564-54-2254
E-mail: hyahn@ims.ac.jp
9. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail: press@ims.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
E-mail: kouhou1@ml.soken.ac.jp