2025.11.06

【プレスリリース】地球に降り込む高エネルギー電子を地磁気による磁気ミラー力が跳ね返す効果を観測的に実証

概要

  • 田中友啓(総合研究大学院大学5年一貫制博士課程4年 兼 国立極地研究所特任研究員)、小川泰信(総合研究大学院大学教授 兼 国立極地研究所教授)、加藤雄人(東北大学大学院理学研究科教授)を中心とする研究グループは、低高度極軌道衛星や大型大気レーダーによる観測結果と数値シミュレーションを組み合わせることで、地球近傍の宇宙空間から地球に飛来する高エネルギー電子の一部が地磁気によって宇宙空間に跳ね返され、その結果、これらの電子がもたらした大気電離量が従来の想定よりも小さくなっていたことを観測により実証しました。
  • 高エネルギー電子と大気との衝突過程の近年の精密な理論研究により、地球への入射エネルギーが高くかつ入射角度が大きい電子は、地磁気の存在によって跳ね返される割合が、従来の研究報告よりも大きいことが指摘されていました。本研究成果は、その理論的予測が実際の大気電離現象に整合的であることを観測的に明らかにしたもので、今後の高エネルギー電子による大気電離の予測精度向上に貢献することが期待されます。

研究の背景

 地球周辺の宇宙空間には、数10keV(注1) から数MeVに及ぶ高エネルギー電子が存在しており、これらの電子は地磁気が作る磁力線に沿って地球大気に降り込んできます。その結果、電子は極域大気の原子や分子との衝突を繰り返し、オーロラの発光や大気電離など、さまざまな大気変動をもたらします。つまり、地磁気は宇宙と地球を繋ぐ“レール”のような役割を果たしています。

 一方で、地磁気は高エネルギー電子を跳ね返す“鏡”のような性質も持っています。これは、地磁気の強さが地球に近づくほど増すため、電子の軌道が曲げられ、地球に向かっていた電子が跳ね返されて再び宇宙空間へと向かうからです。この反射を生じさせる力は「磁気ミラー力」と呼ばれます。

 このように、地球周辺の高エネルギー電子は、地磁気による“レール”と“鏡”という相反する2つの効果を常に受けています。そのため、高エネルギー電子の降り込みによって生じる大気変動を正確に理解するためには、これら双方の効果を定量的に把握する必要があります。

 これまでの研究では、高度約400 km以下の領域では地磁気の強さがほぼ一定であるため、磁気ミラー力の大気変動への影響は小さいと考えられてきました。しかし近年の数値シミュレーションにより、高エネルギー電子のピッチ角(注2)やエネルギーが大きいほど、この反射効果が予想以上に大きいことが指摘されています(Katoh et al., 2023, EPS[1])。その結果、実際のさまざまなピッチ角やエネルギーを持つ電子が混ざりあう環境では、磁気ミラー力の影響を含めた定量的な評価が必要であることが明らかになっていました。

[1] https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2023/08/press20230803-01-aurora.html

研究の成果

 2021年12月16日、低高度極軌道衛星「ELFIN」と、ノルウェー・トロムソに設置された大型大気レーダー「EISCATレーダー」によって、それぞれ高度約400 kmに存在する高エネルギー電子と、その降下によって増大したと考えられる高度85 km以下の大気電子密度を同時に観測することに成功しました。

 ELFINでは運動エネルギーとピッチ角ごとに分解された高エネルギー電子の分布が観測されました。このデータをもとに数値シミュレーションを行った結果、地磁気による磁気ミラー力が、高度80 kmにおける大気電子密度を約40%も減少させる効果を持つことが明らかになりました。さらに、EISCATレーダーによる大気電子密度の観測結果は、磁気ミラー力ありのシミュレーション結果に近い値を示しており、この効果を裏付けるものでした。

 本研究によって、これまで無視されていた地磁気の“鏡”としての作用、すなわち磁気ミラー力の効果が、実際の大気変動において無視できない影響を及ぼすことを初めて観測的に示しました。

図1

図1:世界時2021年12月16日07時14分頃における電子密度高度分布の比較。黒はEISCATレーダーによる観測結果。赤と青はシミュレーション結果で、それぞれ磁気ミラー力を考慮した場合と考慮しなかった場合を示す。磁気ミラー力を取り入れることで高度80 kmにおける電子密度が約40%減少した。また、EISCATレーダーによる同時観測結果は、磁気ミラー力を考慮したものにより近かった。

今後の展開

 本研究では、高度80 kmにおける電子密度の定量評価に焦点を当てましたが、実際には、高エネルギー電子の降り込み現象はさらに低い高度でも大気電離を引き起こすことが知られています。そのようなときに、磁気ミラー力によって電子の軌道が変化する効果が、オーロラ発光や大気中の化学反応にどのような影響を及ぼすかについて、複数の観測例と数値シミュレーションとを組み合わせた研究が進むことが今後期待されます。これらの高エネルギー電子の降り込み現象の影響は、電波が電離大気に吸収されることで電波通信の障害を引き起こすなど、私たちの生活に関わることが指摘されており、その影響の大きさをより正確に評価することに繋がります。

用語解説

(注1)eV:電子ボルト
エネルギーの単位で、1eVは1つの電子が1Vの静電場によって加速された場合に得られるエネルギーのこと。

(注2)ピッチ角
粒子の速度の向きと、磁場の向きがなす角度のこと。電子は磁力線に巻き付くように螺旋運動をしていて、ピッチ角はその具体的な様子を表している。例えば、ピッチ角が0度であれば回転成分がなく磁力線と並行に運動していることを表し、ピッチ角が90度であれば磁力線方向には運動せず同じ位置で磁力線を中心に周回していることを意味する。

論文情報

 

  • 論文タイトル:Effects of geomagnetic mirror force and pitch angles of precipitating electrons on ionization of the polar upper atmosphere
  • 掲載誌:Annales Geophysicae
  • 掲載日:2025年10月20日
  • 著者:田中友啓、小川泰信、加藤雄人、吹澤瑞貴、Anton Artemyev、Vassilis Angelopoulos、Xiao-Jia Zhang、田中良昌、門倉昭
  • DOI:10.5194/angeo-43-621-2025

謝辞

 本研究は文部科学省による科学研究費助成事業(課題番号:20K04052、20KK0313、23H05429)の支援を受けて実施されました。また、日本学術振興会(JSPS)の「外国人招へい研究者制度(Invitational Fellowships for Research)」の支援を受けています。さらに、本論文の出版にあたっては、国立極地研究所の「論文出版支援プログラム」により助成を受けました。

問い合わせ先

    研究内容に関すること
  • 田中 友啓(総合研究大学院大学 複合科学研究科極域科学専攻)
    電子メール:tanaka.tomotaka(at)nipr.ac.jp
  • 小川 泰信(国立極地研究所/総合研究大学院大学 教授)
    電子メール:yogawa(at)nipr.ac.jp
  • 加藤 雄人(東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻 教授)
    電子メール:yuto.katoh(at)tohoku.ac.jp
  • 報道担当
  • 国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話:046-858-1629
    電子メール:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
  • 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室
    電話:042-512-0655
    電子メール:koho(at)nipr.ac.jp
  • 国立大学法人 東北大学大学院理学研究科・理学部
    広報・アウトリーチ支援室
    電話:022-795-6708
    電子メール:sci-pr(at)mail.sci.tohoku.ac.jp

(at)を@に変更して送信してください。

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