2025.11.27
【プレスリリース】極域電離圏の“宇宙天気図”を描く新技術— 観測とAIモデルの融合で宇宙環境を再現 —
図1 エミュレータにデータ同化を適用して推定された2017年3月27日の3:00~4:40 UTの20分ごとの極域電離圏電場ポテンシャルの分布
電場ポテンシャル分布からただちに電場分布を求めることができる。これは、限られた領域しか得られない観測データから数学的に補間して作成されたSuperDARNの「宇宙天気図」と比較して、磁気圏および電離圏の物理過程を取り入れた、より正確な「宇宙天気図」であると言える。
概要
統計数理研究所および総合研究大学院大学の中野慎也教授、統計数理研究所の藤田茂特任教授、米国ジェット推進研究所のSachin Reddy研究員(元国立極地研究所)、沖縄科学技術大学院大学の片岡龍峰准教授(元国立極地研究所)、国立極地研究所および総合研究大学院大学の行松彰准教授、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の中溝葵主任研究員の研究グループは、磁気圏の物理モデルを模擬する機械学習ベースのエミュレータ※1「SMRAI2.1」に、国際的なレーダー観測網SuperDARNのデータを取り込むことで、極域電離圏の電場分布を正確に再現する新たな手法を開発しました。従来の数値モデルでは困難だった細かな時間変動の再現や、観測が不可能な領域を物理則に従った計算結果で補間することも可能となり、電離圏のこれまでにない正確な「宇宙天気図」を構成することに成功しました。
この成果は、数値モデルと実観測の融合によって、より現実に近い宇宙環境の再現と予測が可能になることを示しており、今後の宇宙天気予測や人工衛星の安定運用支援等への応用が期待されます。なお、本成果は、米国地球物理学会誌「Space Weather」に掲載されました。
研究の背景
研究内容(成果)
研究グループは、天気予報でも用いられているデータ同化技術を使って、国際的なレーダー観測網「SuperDARN」が取得した電離圏プラズマ速度のデータをSMRAI2の改良版「SMRAI2.1」に取り込むことにより、極域電離圏全体の電場分布の変動を正確に再現する手法を開発しました。通常、データ同化技術は、物理モデルによるシミュレーションと観測データを統合するために用いられます。データ同化を実現するには、単にシミュレーションを行った場合の数十倍程度の計算時間が必要であり、天気予報が対象とする下層大気よりも物理過程が複雑な磁気圏のモデルにそのままデータ同化を適用するのは困難です。本研究では、機械学習で得られたシミュレーションを模擬するモデル「エミュレータ」を使うことで計算時間の問題を解決し、磁気圏・電離圏の物理過程を反映した極域電離圏の「宇宙天気図」を構成することに初めて成功したものです。従来の関数形を仮定した方法と比較すると、物理則に則った計算結果を使うことで不自然な時間変化がなくなり、より正しい「宇宙天気図」が作れるようになりました (図2)。
これにより、実際の電場分布が全体としてMHDモデルによるシミュレーションよりも激しく変動していることが明らかになりました。また、直接の観測が不可能な地域でも電離圏変動の様子を容易に把握できるようになりました。
図2 エミュレータとSuperDARNデータを組み合わせる「データ同化」によって宇宙天気図を作成する
今後の展望
この成果により、磁気圏MHDモデルを模擬するエミュレータと実観測を融合することで、より現実に近い電離圏環境の再現が可能になることが示されました。今後は、リアルタイムで得られる地上観測データを用いることにより、宇宙天気予測の精度向上や、人工衛星の運用をはじめとした様々な社会システムの運用支援への貢献、宇宙環境の理解に向けた応用が期待されます。
各機関の役割分担
統計数理研究所:エミュレータ改良、データ同化
国立極地研究所:エミュレータ開発、SuperDARNデータ管理
沖縄科学技術大学院大学:エミュレータ開発
NICT: REPPU改良版の開発、REPPU改良版による実時間シミュレーションの実施、データ資源管理
用語解説
※1 エミュレータ:
数値シミュレーションの出力を予測するモデル。サロゲート(代理)モデルとも呼ばれる。計算時間の掛かる数値シミュレーションの代わりとして、短時間で結果を得るために用いられる。
※2 磁気圏MHDモデル:
磁気圏・電離圏は、導電性の流体(プラズマ)で満たされているため、その物理過程を記述するには、電磁気学と流体力学を組み合わせた磁気流体力学(Magnetohydrodynamics; MHD)の方程式を用いる必要がある。MHD方程式に基づいて、磁気圏・電離圏の物理過程を計算するのが磁気圏MHDモデルであり、NICTで運用ならびに改良を行っている磁気圏MHDモデルがREPPUである。
発表論文
謝辞
本研究を進めるに当たっては、科学研究費補助金基盤研究A (24H00277)および基盤研究B (23K24810)の支援をいただきました。また、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設 公募型共同研究(ROIS-DS-JOINT 012RP2023)の支援もいただきました。
本件に関するお問い合わせ先
【研究内容について】
- 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所
学際統計数理研究系/総合研究大学院大学 教授
中野慎也(なかのしんや)
E-mail: shiny(at)ism.ac.jp
【報道・広報について】
- 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所
運営企画本部 企画室URAステーション
TEL:050-5533-8500(代表) E-mail:ask-ura(at)ml1.ism.ac.jp
〒190-8562 東京都立川市緑町10-3 - 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室
Tel:042-512-0655 E-mail:koho(at)nipr.ac.jp
〒190-8562 東京都立川市緑町10-3 - 沖縄科学技術大学院大学 メディア連携セクション
E-mail:media(at)oist.jp - 国立研究開発法人情報通信研究機構
広報部 報道室
E-mail: publicity(at)nict.go.jp - 国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629 E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
〒240-0193 神奈川県三浦郡葉山町 湘南国際村
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