2026.02.26
【プレスリリース】誰でも、どこでも、分子をつくる時代へ―有機合成の多様な工程をつなぐ自動化基盤を構築―
【発表のポイント】
【概要】
自然科学研究機構 分子科学研究所 椴山儀恵准教授(兼 総合研究大学院大学准教授)、大塚尚哉助教(兼 総合研究大学院大学助教)、鈴木敏泰チームリーダーの研究グループは、有機合成の多工程連携と遠隔操作を両立した自動有機合成システムを世界に先駆けて構築しました。
有機合成は、化学反応の実施だけで完結するものではなく、反応後の処理、生成物の分析・同定、単離精製など、複数の工程から成り立っています。本研究では、こうした工程を整理し、研究者の判断を介在させながら段階的に自動化する独自の実験基盤を構築しました。
本システムにより、研究者は実験室に常時立ち会うことなく、遠隔から実験を実行し、その結果に基づいて次の判断を行うことが可能となります。本成果は、有機合成を特定の場所や人に限定しない「誰でも、どこでも分子をつくる」研究環境の実現に向けた重要な一歩であり、有機合成研究の在り方そのものに新しい選択肢を提示するものです。
1. 研究の背景
有機合成の自動化は、2000年前後からロボット合成やマイクロ合成の形で進められてきました。その背景には、単なる作業の効率化を超え、人が見落としがちな反応条件や合成経路を探索し、分子の発見機会を高め、研究を加速するという本来の目的があります。
しかし、有機合成は反応形式や操作内容が多岐にわたるため、すべてを一つの汎用システムとして自動化することは容易ではなく、実験現場で実際に活用できる自動化システムは限られていました。その結果、自動化が「発見を促す道具」として十分に機能しているとは言い難い状況が続いてきました。
近年、AIや機械学習の発展により、有機合成の設計や解析は高度化しつつあります。一方で、実験そのものは依然として研究者の手作業に大きく依存しており、時間や場所の制約が、反応探索や条件検討、さらには分子合成の可能性を制限していました。
こうした状況を踏まえ、有機合成化学者の実験知を活かしながら、発見の機会を拡張し、研究を加速するための自動化が求められていました。その実現には、実験現場に適した形で複数工程をつなぎ、遠隔操作にも対応可能な自動化基盤を構築する必要がありました。
2. 研究の成果
椴山グループは、有機分子の合成、反応後処理、生成物の分析・同定、単離精製といった、有機合成における多様な工程を連携して行えるバッチ型自動有機合成システムを構築しました。
本システムは、複数の反応を並列に実行可能なMediumスループット設計を採用し、反応条件や反応時間を個別に制御できます。また、分析装置や精製装置と連携することで、有機合成実験における複数の工程を一連の流れとして管理することが可能です。
さらに、遠隔操作に対応することで、研究者は実験室から離れた場所でも実験を実行・制御し、その進行状況を把握しながら、得られた結果に基づいて次の実験判断を行うことができます。これにより、有機合成実験を「その場で操作する作業」から、「設計と判断に集中する研究」へと拡張しました。
図:今回構築した自動有機合成システム
上段左:合成ゾーン 上段右:後処理・搬送ゾーン
下段左:単離精製ゾーン 下段右:分析・同定ゾーン
3. 今後の展開・この研究の社会的意義
本研究で構築した自動有機合成基盤は、有機合成における多様な工程を連携させ、研究者の判断を介在させながら実験を進めることを可能にする点に特徴があります。
今後は、フィジカルAI(4)やモバイルロボット(5)の導入により、さらなる工程の自動化ならびに自律化を進めるとともに、装置間連携の拡張を図ることが期待されます。これにより、より多様な合成プロセスへと適用範囲を広げていくことが可能になります。
また、本システムは遠隔操作に対応していることから、研究者が時間や場所の制約を受けることなく実験に取り組むことを可能にし、反応探索や条件検討の機会を拡張します。これは、有機合成の自動化を単なる作業の効率化にとどめず、分子の発見機会を高め、研究を加速するための手段として再定義するものです。
さらに、本研究で提示した自動化基盤は、有機合成を特定の専門家や研究環境に限定しない、新しい研究スタイルを支えるものです。熟練研究者に加え、異分野研究者や若手研究者にも有機合成に取り組みやすい環境を提供することで、分子創成研究の裾野を広げることが期待されます。
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業「目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」の一環として実施されました。本成果は、AIやロボットと連携可能な自動有機合成基盤を確立したものであり、将来的にロボットが分子創成研究に参画するための重要な基盤となります。
こうした取り組みは、「誰でも、どこでも、分子をつくる時代」へと向かう有機合成研究の新しい方向性を示すものであり、材料科学、医薬品開発、化学とAIの融合研究など、幅広い分野における分子探索と発見の加速に貢献する中核技術です。
4. 用語解説
(1)有機合成
炭素を主成分とする有機分子を人工的に合成する研究分野である。医薬品、機能性材料、電子材料などの開発に不可欠な基盤技術であり、化学反応の設計・実施だけでなく、分析や精製など複数の工程から構成される。
(2)自動有機合成システム
有機合成に必要な反応操作や分析・精製などの工程を自動的に実行・管理する装置・システムである。本研究成果では、複数の工程を連携させ、遠隔操作にも対応した実験基盤を提示した。
(3)Mediumスループット
一度に処理・実行できる実験数や作業量の規模を示す概念である。Highスループット(大量並列処理)とLowスループット(単一処理)の中間に位置し、実験の柔軟性と現場適合性を両立する設計思想を指す。
(4)フィジカルAI
物理的な装置やロボットと連携し、現実空間での操作や判断を行う人工知能技術である。実験装置の制御やデータ取得と連動しながら、作業の自動化や自律化を実現する技術を指す。
(5)モバイルロボット
移動経路を自動制御し、物品搬送や作業補助を行うロボットである。実験室内でのサンプル搬送や装置間の接続を担うことで、工程間の連携を高度化する役割を果たす。
5. 研究グループ
自然科学研究機構 分子科学研究所
6. 研究サポート
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(目標3、課題番号 JPM-JMS2236-7)、文部科学省科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「デジタル化による高度精密有機合成新展開(Digi-TOS)」(課題番号 JP21H05218)の支援を受けて実施されました。
7. 研究に関するお問い合わせ先
- 椴山 儀恵 (もみやま のりえ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 錯体触媒研究部門/総合研究大学院大学 准教授
TEL:0564-59-5531
E-mail:momiyama(at)ims.ac.jp
8. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail: press(at)ims.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
(at)を@に変更して送信してください。