2026.03.25
【プレスリリース】シリコンナノ球で実現するバレーフォトニクスの新戦略―原子1層の半導体から生じる光信号を偏光情報を保ったまま大幅に増強―
【発表のポイント】
- 原子1層の半導体「単層WS2」にシリコンナノ球を組み合わせ、Mie共鳴(注1)を利用することで、光の信号(第二高調波(注2))を最大40倍以上増強することに成功しました。
- 次世代の光情報技術であるバレートロニクス(注3)応用に不可欠な円偏光状態の保持能力を検証したところ、約80%と高い円偏光度(注4)を保つ信号増強性能を実証しました。
- 数値シミュレーションにより、電気・磁気モード間のバランスが偏光保持を決定するメカニズムであることを解明しました。これにより、ナノ球の直径設計によって増強度と偏光保持のバランスを制御できることを提示しました。
- 本成果は、バレー偏光(注5)の自由度を活用した次世代光情報処理デバイスの実現に道を拓く成果として期待されます。
概要
自然科学研究機構 分子科学研究所の篠北啓介 准教授(兼 総合研究大学院大学准教授)、呉柊斗 大学院生(総合研究大学院大学)、京都大学エネルギー理工学研究所の松田一成 教授、神戸大学大学院工学研究科の藤井稔 教授、杉本泰 准教授、モジタバ・カリミハビル研究員らの研究グループは、原子1層の半導体である単層WS2にシリコンナノ球を組み合わせることで、第二高調波発生(SHG)の信号を大幅に増強しながら、バレー偏光に由来する円偏光の情報を高い忠実度で保持することに成功しました。
光の周波数を2倍にするSHGは、光通信や量子情報処理において重要な非線形光学過程です。遷移金属ダイカルコゲナイド(注6)と呼ばれる原子1層の半導体では、SHGの円偏光 状態が「バレー」と呼ばれる電子状態の自由度を直接反映するため、バレートロニクス応用にはSHG信号の増強と円偏光の保持を同時に実現することが不可欠ですが、原子1層の薄さに起因する低い変換効率が大きな課題でした。
本研究では、シリコンナノ球のMie共鳴を利用し、ナノ球の直径を変えることで、最大40倍以上のSHG増強や、約80%の高い円偏光度を保ちながらの信号増強を実現しました。さらに、電気・磁気モードのバランスが偏光保持を決定するメカニズムを数値シミュレーションにより解明し、ナノ球の直径設計によって増強度と偏光保持のバランスを制御できるという普遍的な設計指針を提供しました。本成果は、偏光の自由度を活用した集積型非線形バレーフォトニクスの実現に向けた重要な一歩です。
本研究成果は、国際学術誌『Nano Letters』に、2026年3月18日付でオンライン掲載されました。
1.研究の背景
光の周波数を2倍にする「第二高調波発生(SHG)」は、レーザー技術や光通信、量子情報処理などで広く利用されている非線形光学現象です。特に、周波数変換の過程で偏光状態を厳密に保つことは、偏光符号化された量子ビットの維持や偏光多重通信など、幅広い応用において不可欠です。
こうした機能をチップ上で小型に実現する材料として、原子1層の厚みしか持たない遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)が注目されています。単層TMDには「バレー」と呼ばれる電子の自由度があり、円偏光の向きに応じて特定のバレーだけを選択的に励起し、逆回りの円偏光として第二高調波を発生させることができます。このため、SHGの円偏光状態はバレーの情報を直接反映しており、バレーを情報キャリアとして活用する「バレートロニクス」の実現には、信号の増強と円偏光の保持を両立させることが不可欠です。
しかし、原子1層の薄さゆえにSHGの変換効率は極めて低く、これを補うためにナノ構造を用いた増強が研究されてきましたが、従来の手法では増強の過程でバレー偏光の情報が乱されてしまうことが問題でした。つまり、「信号を増強すると偏光が壊れる」というジレンマがあり、この2つを同時に満たす手法の実現が求められていました。
2. 研究の成果
本研究では、金属ナノ構造に代わる増強手段として、シリコンナノ球に着目しました。シリコンは高い屈折率を持ちながらオーミック損失がほぼゼロであり、光の波長と同程度の大きさのナノ球にするとMie共鳴と呼ばれる強い光の閉じ込めが生じます。このシリコンナノ球を単層WS2の上に配置して、SHGの増強と偏光保持を調べました。
直径200 nmと241 nmの2種類のシリコンナノ球を用い、直線偏光でのSHG測定を行ったところ、200 nmでは約5倍、241 nmでは40倍を超える増強が観測されました。この増強は、シリコンナノ球のMie共鳴(磁気双極子モードや高次のモード)が入射光やSHG光と結合することで生じています。
次に、円偏光を用いた測定でバレー偏光の保持を検証しました。図は、シリコンナノ球を配置した単層WS2からのバレー偏光SHGの模式図(左)と、円偏光度(DOCP)の波長依存性(右)です。シリコンナノ球を配置していないWS2単層では、バレー選択則どおりDOCPはほぼ-1で、完全な偏光保持が確認されました。シリコンナノ球を組み合わせた試料でも、840〜950 nmの波長域では約80%の高い円偏光度を維持しながらSHG信号が増強されていることがわかりました。ナノ球の直径を選ぶことで、増強度と偏光保持のバランスを設計できることも示されました。
図:シリコンナノ球を配置した単層WS2からのバレー偏光SHG 左:共鳴構造の模式図 右:増強後も高い円偏光度が保持されている
数値シミュレーションにより、偏光保持の鍵はシリコンナノ球の電気モードと磁気モードの振幅バランスにあることを解明しました。Mie共鳴から離れた波長域では散乱が弱く偏光がよく保たれ、共鳴に近づくと散乱による増強は大きくなるものの、モード間のバランスが崩れて偏光が低下します。この枠組みにより、増強度と偏光保持の関係を予測するための普遍的な設計指針が得られました。
3.今後の展開・この研究の社会的意義
本研究は、誘電体ナノ構造のMie共鳴を活用することで、SHG信号の増強とバレー偏光に由来する円偏光の保持を両立させる戦略を提示し、その物理メカニズムを解明しました。シリコンナノ球は、直径を変えるだけで共鳴波長を調整でき、金属ナノ構造と異なりオーミック損失がほぼゼロであるため、デバイス設計の自由度が高い点も大きな利点です。さらに、キラルな構造を持たないため、測定される円偏光度が物質固有のバレー情報を忠実に反映するという特徴も持っています。
今後は、ナノ球の直径や配置のさらなる最適化、メタサーフェス構造への展開、異なるTMD材料やモアレ超格子などとの組み合わせにより、増強度と偏光保持の両方をさらに高めていくことが期待されます。シリコンナノ球は任意の単層TMDやファンデルワールスヘテロ構造に非破壊的に適用できるため、幅広いバレートロニクス研究への汎用的なツールとなりえます。本成果は、偏光符号化量子ビットの操作、偏光多重光通信、光スピン角運動量の制御など、次世代の光情報処理技術への応用が見込まれます。
4.用語解説
(1) Mie共鳴
ナノ粒子の寸法が光の波長と同程度のとき、粒子内部で光が強く閉じ込められて生じる共鳴現象である。シリコンなどの高屈折率材料のナノ粒子では、電気双極子・磁気双極子をはじめとする多重極モードが励起される。粒子の直径を変えることで共鳴波長を制御できる。
(2) 第二高調波発生(SHG: Second-Harmonic Generation)
物質に強い光(基本波)を入射した際に、その2倍の周波数(半分の波長)を持つ光が発生する非線形光学現象である。例えば近赤外光を入射すると可視光が生成される。レーザー技術や分光法に広く応用されている。
(3) バレートロニクス
バレーの自由度を情報の担体として利用する新しいエレクトロニクスの概念である。電荷やスピンに加え、バレーを第3の自由度として活用することで、従来にない情報処理機能の実現が期待されている。
(4) 円偏光度(DOCP: Degree of Circular Polarization)
光の円偏光の純度を表す指標であり、右回り成分と左回り成分の強度差を合計強度で割ったものとして定義される。DOCPが+1または-1に近いほど、高い円偏光の純度を持つことを意味する。
(5) バレー偏光
単層遷移金属ダイカルコゲナイドにおいて、電子の運動量空間に存在する2つのエネルギー極小点(K谷とK'谷)を「バレー」と呼ぶ。各バレーは右回りまたは左回りの円偏光と選択的に結合するため、光の円偏光を介してバレーの情報を読み書きできる。これをバレー偏光と呼ぶ。
(6) 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)
モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン元素からなる層状物質の総称である。単層まで薄くすると直接バンドギャップ半導体となり、反転対称性が破れることで大きな非線形光学応答やバレー偏光特性を示す。本研究では二硫化タングステン(WS2)の単層を用いた。
5.論文情報
6.研究グループ
- 自然科学研究機構 分子科学研究所
- 京都大学 エネルギー理工学研究所
- 神戸大学 大学院工学研究科
7.研究サポート
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。 JSPS科研費(基盤研究(S)(JP20H05664, JP23H05469, JP25H00417)、学術変革領域研究(A)(JP21H05232, JP21H05235)、基盤研究(B)(JP21H01012, JP24K01287, JP25K00936)、挑戦的研究(萌芽)(JP22K18986)、特別研究員奨励費(JP24KF0158)) JST FORESTプログラム(JPMJFR213K, JPMJFR213L) JST CRESTプログラム(JPMJCR24A5)
8. 研究に関するお問い合わせ先
- 篠北 啓介(しのきた けいすけ)
自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学 准教授
TEL:0564-55-7288
E-mail:shinokita(at)ims.ac.jp
9. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail: press(at)ims.ac.jp - 京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5729
E-mail: comms(at)mail2.adm.kyoto-u.ac.jp - 神戸大学 総務部広報課
TEL:078-803-5106 FAX:078-803-5088
E-mail: ppr-kouhoushitsu(at)office.kobe-u.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
(at)を@に変更して送信してください。