2026.06.03

【プレスリリース】π共役分子を正方形に組み上げる新手法を開発―酸で原料に戻せる分子設計を実現―

概要

 自然科学研究機構分子科学研究所・総合研究大学院大学の瀬川泰知准教授と張本尚助教の研究グループは、平面状のπ共役分子(1)を直角につなぐことで、4枚のパネルが正方形状に配置された立体的な大環状分子(2)を選択的に合成する新たな手法を開発しました。

 本手法は多様なπ共役分子に適用可能で、分子内部の空洞サイズを設計できます。さらに、得られた正方形大環状分子は穏やかな酸の作用で可逆的に色が変わる「酸応答性」を示すとともに、酸を用いた加水分解により出発原料分子を高収率で回収でき、「原料に戻り再生する」持続可能な分子合成を実現しました。1つのイミン結合(3)が「形を作る」「刺激に応答する」「もとに戻る」という3つの役割を担う点に、本研究の独自性があります。本戦略は、正方形に限らず様々な立体構造をもつπ共役分子の精密な合成へと展開できます。

 本研究成果は、2026年6月1日(月)付で米国化学会の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

図

1.研究の背景

 平面状の有機分子であるπ共役分子が環状に立ち並んでつながった立体的な大環状分子は、内部に空洞をもつ独特の構造から、有機エレクトロニクス・分子認識・触媒など幅広い分野での応用が期待される機能性分子として、世界的に注目を集めています。

 これまで合成されてきた多くの立体的なπ共役大環状分子は、構造のひずみが分子全体に均等に分散することで円形に近い形をとります。多角形構造を作るには、ひずみを特定の位置で緩和する分子設計が必要となります。三角形では隣り合うパネル間の角度が60°となり、この角度は平面分子を構成するsp2元素(4)同士の自然な結合角度(約120°)から作り出せるため、比較的容易に合成できることが知られています(図1a)。一方、4辺と4つの角からなる正方形は、隣り合うパネル間に約90°という、自然な結合角度から外れた角度を作り出す必要があり、その合成は長年の課題でした。

 近年、折れ曲がった骨格をもつ分子をつなぎ手とした先駆的な合成法が報告されてきましたが、副反応による低収率化、正方形構造からの変形、適用可能なπ共役分子が限定的であるなど、多くの課題が残されていました。さらに、これらの大環状分子は不可逆な炭素−炭素結合形成反応で合成されるため、副生物から原料を回収・再利用することが困難で、資源効率の観点からも改善が求められていました。

図1

図1. 多角形の立体的なπ共役大環状分子。(a)三角形構造:様々なつなぎ手が報告されてきた。(b)正方形構造:合成アプローチに課題が残されていた。

2. 研究の成果

 本研究グループは、分子内に含まれる8員環(8つの原子からなる環)が舟形に折れ曲がることで約90°の角度を生み出す「ジベンゾジアゾシン(DBDA)」骨格に着目し、これを「直角のつなぎ手」として活用することで、4枚のπ共役パネルを正方形に配置した大環状分子を組み上げる新たな分子設計戦略を考案しました(図1b)。量子化学計算により、4つのDBDAユニットをもつ4量体(5)が望みの正方形構造をとり得ることに加え、他の多量体に比べて最も安定であることが予測されました。

 大環状分子の合成は、原料分子のアミノ基(NH2)とカルボニル基(C=O)が酸性条件で結びつく「イミン結合形成反応」を鍵反応として実施しました。その結果、ベンゼンをπ共役パネルとした正方形大環状分子を、DBDAユニットの向きが異なる立体異性体の混合物として60%という高収率で合成することに成功しました(図2a)。さらに精製を行って単一の立体異性体を単離し、X線結晶構造解析を行った結果、想定通りの正方形構造をとり、π共役パネルの平面性が維持されていることを確認しました(図2b)。これは、従来の手法では副反応により低収率にとどまっていた正方形大環状分子の合成効率を大きく向上させた画期的な成果です。本手法は、ベンゼン環を各辺に1つずつもつ分子(cycB14)に加え、2つ(cycB24)、3つ(cycB34)、さらにピレン環をもつ分子(cycP14)といった多様なπ共役ユニットを含む分子の合成に適用可能であり、内部空洞のサイズを系統的に変化させられる汎用(はんよう)的な合成戦略であることを実証しました。

 得られた大環状分子は、酸(トリフルオロ酢酸)を加えると、イミン結合が酸と反応して無色から黄橙色へと色が変化し、塩基で中和すると無色に戻るという可逆的な酸応答性をもつことを分光学的測定により実証しました(図2c)。さらに、反応で生じた多量体の混合物(副生成物)を有機溶媒と酸性水溶液の混合溶媒中で処理すると、イミン結合が加水分解され、出発原料分子を85〜93%という高収率で回収できることを見いだしました(図2d)。これは、従来の炭素−炭素結合形成という不可逆な反応を用いた合成では達成できなかった「原料分子への再生」を可能にする画期的な特長です。

 本研究のポイントは、1種類の結合(イミン結合)に合成・物性・再利用の3つの役割を担わせたところにあります。イミン結合の形成を「直角のつなぎ手」の効率的な構築に活用することで「形状制御」を、酸との反応を可逆的な色変化に活用することで「酸応答性」を、水を含む酸性条件下での結合の切断を活用することで「リサイクル性」を、それぞれ実現しました。

図2

図2. 本研究の概要。(a)多様な大環状分子の合成。(b)X線結晶構造解析による正方形構造の同定。(c)分光学的測定を用いた酸応答性の実証。(d)副生成物の酸による加水分解とその様子。

3.今後の展開・この研究の社会的意義

 本手法は、π共役分子を構成するsp2元素のみで直角に近い角度を作り出す合成戦略であり、金属元素やsp3元素を必要としない点に大きな特徴があります。また、副生成物の加水分解によって原料を回収できるため、資源効率に優れた合成手法といえます。本戦略は、正方形に限らず様々な立体構造をもつπ共役分子の精密な合成へと展開できます。得られた化合物群は内部空間や酸応答性を備えており、π共役大環状分子の構造物性相関の理解を深める新たなプラットフォームとして、有機合成化学ならびに材料科学の発展に寄与することが期待されます。

図

4.用語解説

(1)π共役分子(パイ共役分子)
多数の二重結合や芳香環が連続して並んだ平面状の有機化合物。電子が分子全体に広がる性質をもち、プラスチック・医薬品・有機ELなど、身近な製品の基盤として広く利用されている。

(2)大環状分子
多数の原子が環状につながった大きな環をもつ分子の総称。マクロサイクルとも呼ばれる。

(3)イミン結合
炭素(C)と窒素(N)の二重結合(C=N)。原料分子のアミノ基(NH2)とカルボニル基(C=O)が脱水しながら結びつくことで形成される。酸と水の作用で再び切断できる、可逆的な性質をもつ結合として知られる。

(4)sp2元素
「sp2混成軌道」をとる原子。3本の結合を約120°の角度で同じ平面上に伸ばす性質をもち、炭素や窒素など多様な元素が該当する。ベンゼンなどのπ共役分子の基本構造を形作る。

(5)4量体
複数の単位分子(単量体、モノマー)が結合してできた分子を多量体(オリゴマー)と呼び、結合した個数に応じて2量体(ダイマー)・3量体(トリマー)・4量体(テトラマー)…のように呼び分ける。

5.論文情報

  • 掲載誌:Journal of the American Chemical Society
  • 論文タイトル:Construction of Shape-Persistent All-sp2 Square Macrocycles via the Formation of Multiple Imine Bonds (多重イミン結合形成に基づく安定な形状を有する全sp2正方形型大環状分子の構築)
  • 著者:Takashi Harimoto*, Yasutomo Segawa* (張本尚*、瀬川泰知*)
    (*は責任著者)
  • 掲載日:2026年6月1日(オンライン公開)
  • DOI:10.1021/jacs.6c02905

6.研究グループ

  • 自然科学研究機構 分子科学研究所
  • 総合研究大学院大学

7.研究サポート

  • JST創発的研究支援事業 JPMJFR211R
  • JSPS科学研究費助成事業 基盤研究B JP25K01758
  • JSPS科学研究費助成事業 研究活動スタート支援 JP24K23093
  • JSPS科学研究費助成事業 若手研究 JP25K18023
  • 公益財団法人 村田学術振興・教育財団
  • 公益財団法人 池谷科学技術振興財団
  • 公益財団法人 立松財団
  • 公益財団法人 矢崎科学技術振興記念財団
  • 公益財団法人 戸部眞紀財団
  • 分子科学研究所 課題研究 JPMXP1225MS5001

質量分析は名古屋工業大学産学官金連携機構設備共用部門における共用設備を利用
量子化学計算は自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センターのリソースを利用 25-IMS-C297

8. お問い合わせ先

  • 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
    TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7374
    E-mail: press(at)ims.ac.jp
  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    TEL:046-858-1629
    E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
  • 科学技術振興機構 広報課
    TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
    E-mail:jstkoho(at)jst.go.jp

<JST事業に関すること>

  • 科学技術振興機構 創発的研究推進部
    加藤 豪
    TEL:03-5214-7276
    E-mail:souhatsu-inquiry(at)jst.go.jp

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