2026.06.04

【プレスリリース】軟X線吸収分光法による固液界面とバルク液体の同時測定を実現-触媒反応の詳細なメカニズム解明に道筋-

【発表のポイント】

  • 軟X線吸収分光(XAS)法(1)による、固液界面と液体内部(バルク液体)を同時に測定する手法の開発に成功した。
  • 液体水が金表面上にある系で、透過法(2)によりバルク水のXASスペクトルを、電子収量法(3)により金表面と液体水の接する固液界面のXASスペクトルを同時に取得した。
  • 本手法は触媒反応(4)が実際に進行する固液界面の状態をXAS測定で直接調査可能であるため、触媒反応の詳細なメカニズム解明につながることが期待される。

【概要】

 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所/慶應義塾大学の熊木文俊博士研究員と自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学の長坂将成助教の研究グループは、軟X線吸収分光法による固液界面とバルク液体の同時測定法を開発しました。液体水が金表面上にある系で、透過法によるバルク水と電子収量法による金表面と液体水の接する固液界面のスペクトルを同時に測定することに成功しました。

 本研究成果は、国際学術誌『Journal of Synchrotron Radiation』に、2026年6月1日付でオンライン掲載されました。

1.研究の背景

 触媒反応は触媒表面と反応溶液が接する固液界面で進行するため、その反応メカニズムを理解するには固液界面の構造を調べることが重要です。XAS法では、異なる元素ごとにその電子状態を調べることができますが、XAS法で使用する軟X線を液体に透過するためには、液体層の厚さを1 μm以下にする必要があり、測定が困難でした。

 そのため、研究グループは溶液XAS測定システム(5)を開発して、液体層の精密厚さ制御(20 nm ~40 μm)により、透過法による液体のXAS測定を行ってきました。しかしながら、透過法では得られる信号はバルク液体由来の情報が大部分であり、固液界面の情報を得ることが容易ではありませんでした。そこで、固液界面からの情報が得られる電子収量法によるXAS測定を同時に行うことで、バルク液体と固液界面の情報を同時に得ることを目指しました。

2. 研究の成果

 XAS測定は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所フォトンファクトリーの軟X線ビームラインBL-13Aに、研究グループが開発した溶液XAS測定システムを接続することで行いました。図1(a)に示すように、液体セル中の液体層はSi3N4膜(100 nm厚)と金蒸着Si3N4(6)で挟む形で測定システム構成することで、液体層の厚さを20 nm~40 μmの範囲で精密に制御することが出来るようになりました。透過法によるXAS測定では、軟X線が液体層全体を透過するため、バルク水の寄与が大部分となります。一方、電子収量法によるXAS測定では、軟X線吸収後にオージェ電子が放出されることにより、金薄膜が正に帯電して、それを中和するために流れる電流を計測します。オージェ電子は近距離で液体水との衝突により失われるため、電子収量のXASスペクトルは、金薄膜近傍の固液界面の寄与がほとんどになります。よって、本研究では、透過法によるバルク水と、電子収量法による固液界面のXASスペクトルを同時に測定しました。

図1

図1 : (a) 固液界面とバルク水の同時XAS測定の模式図。電子収量法による固液界面と透過法によるバルク水のスペクトルが得られる。(b) バルク水と固液界面の酸素K吸収端XASスペクトル。バルク水と固液界面で異なるスペクトル形状を示す。

 図1(b)に同時に測定したバルク水と固液界面の酸素K吸収端XASスペクトルを示します。透過法によるXASスペクトルでは、535 eVにピークが観測されるように、バルク水のスペクトルの特徴が得られています。電子収量法によるXASスペクトルでは、535 eVのピークが高エネルギー側にエネルギーシフトすることで、高エネルギー側のピークの肩構造になっています。これは、金表面と水分子の相互作用により、バルク水とは異なるスペクトル形状になったといえます。531 eV付近にも金蒸着Si3N4膜に形成された酸化物由来のピークが得られています。このように、電子収量法と透過法の同時測定により、固液界面とバルク水のXASスペクトルをそれぞれ得ることに成功しました。

3.今後の展開・この研究の社会的意義

 触媒反応は、触媒表面が反応溶液と接する固液界面で進行します。本研究で開発した固液界面とバルク液体の同時XAS測定法は、触媒表面と反応溶液の接する固液界面を、反応溶液の寄与を分離して測定できるため、触媒反応の反応メカニズムを詳細に調べることができると期待されます。

 また、電池などのデバイスにおいても、電極と溶液の接する固液界面と電解質溶液を分離して観測して、その動作メカニズムを詳細に調べられます。さらに、膜タンパク質などの生体物質の固液界面で進行する反応にも応用できると考えられるため、生化学反応のメカニズム解明への展開も期待されます。

4.用語解説

(1) 軟X線吸収分光法
2 keV以下の軟X線を試料に照射して、その透過量を測定する手法である。軟X線照射により、炭素、窒素、酸素などの軽元素の内殻電子が励起されるため、元素選択的に物質の電子状態を調べることができる。例えば、酸素1s電子が励起される光エネルギー領域を酸素K吸収端と呼び、酸素原子周辺の電子状態を調べることができる。また、Mn, Fe, Coなどの遷移金属の2p電子が励起される光エネルギーをL2,3吸収端と呼び、金属錯体の中心金属の電子状態を調べることができる。測定には高強度の軟X線が必要なため、一般的に軟X線吸収スペクトルは、加速器が生み出す放射光を用いて測定される。

(2) 透過法
軟X線を試料に照射して、その透過量を計測する手法であり、XAS測定において基本的な測定手法である。液体層を透過するにはその厚さを数マイクロメートル以下にする必要があり、測定が非常に困難である。液体層の厚さを精密に制御してXAS測定を行えば、バルク液体の情報が得られる。

(3) 電子収量法
軟X線を試料に照射すると、試料に含まれる原子の内殻電子が励起されることで、内殻軌道が空く。空になった内殻軌道を埋めるため、他の軌道から電子が内殻軌道に遷移するが、その時に生成するエネルギーが、オージェ電子や軟X線蛍光として放出される。オージェ電子が放出されることにより試料表面が正に帯電するが、電子収量法はそれを中和するために流れる電流を測定することで行う。オージェ電子は液体水との衝突により近距離で失われるため、電子収量法によるXASスペクトルは、試料表面近傍の固液界面の寄与が大部分になる。

(4) 触媒反応
化学反応の前後で変化しないが、特定の化学反応の反応速度を早める物質を触媒と呼ぶ。触媒反応は、触媒表面と溶液分子の結合などにより反応が進行するため、触媒反応中の固液界面の状態を調べることが重要である。

(5) 溶液XAS測定システム
軟X線は大気や液体に強く吸収されるため、溶液のXAS測定を行うには、液体層の厚さを数マイクロメートル以下にする必要があり、測定が非常に困難であった。長坂らは、分子科学研究所UVSORにおいて、液体層を2枚のSi3N4膜(100 nm厚)で挟んで、その厚さを精密に制御する方法を独自に開発することで、溶液のXAS測定を実現した。現在、分子研UVSORと高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーに、開発した溶液XAS測定システムを設置している。

(6) 金蒸着Si3N4
100 nm厚のSi3N4膜は軟X線を透過できるため、XAS測定でよく用いられている。固液界面のXAS測定のために、100 nm厚のSi3N4膜に、バッファー層としてクロムを5 nm蒸着して、さらに金を20 nm蒸着した、金蒸着Si3N4膜を用いた。

5.論文情報

  • 掲載誌:Journal of Synchrotron Radiation
  • 論文タイトル:“Simultaneous measurements of solid‒liquid interfaces and bulk liquids using soft X-ray absorption spectroscopy”
    (「軟X線吸収分光法による固液界面とバルク液体の同時測定」)
  • 著者:Fumitoshi Kumaki and Masanari Nagasaka
  • 掲載日:2026年6月1日(オンライン公開)
  • DOI:10.1107/S1600577526004637

6.研究グループ

  • 自然科学研究機構 分子科学研究所
  • 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
  • 慶應義塾大学

7.研究サポート

 本研究は、科研費(基盤研究(B) JP25K03396, 若手研究 JP24K21042, 基盤研究(B) JP25K01843)の支援の下で実施されました。実験は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光共同利用実験課題(課題番号:2025S2-003)により実施しました。

8. 研究に関するお問い合わせ先

  • 長坂 将成(ながさか まさなり)
    分子科学研究所/総合研究大学院大学 助教
    TEL:0564-55-7394 FAX:0564-55-7493
    E-mail:nagasaka(at)ims.ac.jp

9. 報道担当

  • 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
    TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
    E-mail: press(at)ims.ac.jp
  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    TEL:046-858-1629
    E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
  • 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 広報室
    TEL:029-879-6047
    E-mail:press(at)kek.jp

(at)を@に変更して送信してください。

関連リンク

PAGE TOP