2026.06.26
【プレスリリース】腸内細菌のロイテリ菌A41株はマウスの人へのなつき行動と関連する―血中オキシトシン濃度の上昇を伴う行動変化を確認―
概要
国立遺伝学研究所のBhim B. Biswa(研究当時は総合研究大学院大学大学院生、現所属ケンブリッジ大学)と小出剛准教授らの研究グループは、人になつきやすいマウスの腸内細菌叢(1)を解析し、特定の乳酸菌が「なつきやすさ」に関与する可能性を明らかにしました。
研究グループはこれまでに、野生由来の遺伝的に多様なマウス集団から、「人の手に自ら近づく性質(active tameness(2))」を指標として選択交配(3)を行い、人になつきやすいマウス系統を作製していました。本研究では、このなつきやすいマウスと対照群の腸内細菌叢を比較解析しました。その結果、腸内細菌全体の多様性には大きな違いが見られなかった一方で、乳酸菌の一種であるLimosilactobacillus reuteri(ロイテリ菌(4))が、なつきやすいマウスで顕著に増加していることを発見しました。さらに、なつきやすいマウスの腸内に存在するロイテリ菌の中から単離したA41株を培養して対照群のマウスに3週間にわたり飲み水に混ぜて投与したところ、血中オキシトシン(5)濃度の上昇とともに、人の手に近づく行動が顕著に増加しました。
本研究は、腸内細菌が動物の家畜化(6)に関わる行動特性に影響を与える可能性を示したものであり、腸内細菌と脳・行動との関係を理解する新たな手がかりになると期待されます。また、今後は他の動物においても本研究で単離したロイテリ菌A41株が人に対するなつき行動の上昇に効果があるか明らかにしていく予定です。
図1 人になつきやすい選択交配マウスから単離したL. reuteriのA41株はなつき行動を上昇させる効果を有する
成果掲載誌
本研究成果は、国際科学雑誌「DNA Research」に2026年6月26日(午前1時日本時間)に掲載されました。
研究の詳細
●研究の背景
小出らの研究グループは動物の家畜化のしくみに興味を持ち、家畜化された動物が示すなつき行動(従順性)は人に自ら近づく性質(能動的従順性)と人に触られることを嫌がらなくなる性質(受動的従順性)に分けられることを、マウスを用いた実験から明らかにしてきました。更に野生マウス8系統を交雑した集団から高い能動的従順性について選択交配することで、人になついた性質を示す集団を作製することに成功しました。さらに詳細な行動解析から、人になついたマウスが高い社会性を示すことを明らかにしてきました。マウスが高い能動的従順性を示すようになった要因としては、第一に選択交配の過程でなつき行動に関わるマウス自身の遺伝子が選択されてきたこと、第二に高いなつき行動を示すことに関わる遺伝的要因以外の環境要因-特に腸内細菌叢が選択されてきた可能性が考えられます。実際には遺伝的要因が主な役割を果たしていますが、環境要因も関わってこのなつき行動が生じると考えられています。これまでに同グループの研究では、遺伝的要因の解析は進められてきたものの、環境要因つまり腸内細菌叢の解析は行われていませんでした。そこで、本研究では能動的従順性の選択交配により、腸内細菌叢がどのように変化してきたのか、またその腸内細菌がどのように能動的従順性に関わるのか調べることにしました。
●本研究の成果
本研究では、選択交配を受けたなつき行動を示すマウス集団(2集団40個体)と選択されていないコントロール集団(2集団40個体)から糞便を採取して腸内細菌を網羅的に解析する手法であるメタゲノム解析を行いました。その結果、腸内細菌叢全体としては、その多様性などに変化は見られないものの、なつき行動を示す2集団ではコントロール集団に対してLimosilactobacillus reuteri(ロイテリ菌)が有意に上昇していることが分かりました。なつき行動に対するロイテリ菌の効果を調べるために、単離したロイテリ菌22種類の一つであるA41株を培養して3週間にわたりマウスに経口投与したところ、そのマウスが有意に高い人へのなつき行動を示す(図1)と同時に血中のオキシトシン濃度も上昇していることが分かりました。
図2 能動的従順性を測定する行動テストでマウスが自ら人の手に近づいている様子
●今後の期待
今後はロイテリ菌A41株をマウスに投与することで、人へのなつき行動以外に、同種個体間の社会性などの行動にも変化がみられるのか明らかにする必要があります。また、マウス以外の動物においても、マウスと同様になつき行動の上昇や人との関係改善などの効果を示すか明らかにしていく予定です。これらの解析を通じて、ロイテリ菌A41株の効果やその行動変化に至るメカニズムを更に詳細に明らかにしていくことが期待されます。
用語解説
(1) 腸内細菌叢
腸内に存在する多種多様な細菌の集まり。消化だけでなく、免疫や脳・行動にも影響を与えることが知られている。
(2) active tameness
動物が自ら積極的に人へ近づこうとする性質。本研究では「人の手に近づく行動」を指標として評価した。
(3) 選択交配
特定の性質を持つ個体を選んで交配し、それを世代を経て繰り返すことでその性質を強めていく方法。
(4) Limosilactobacillus reuteri (ロイテリ菌)
乳酸菌の一種。腸内に存在し、健康や脳機能、社会行動との関連が注目されている。
(5) オキシトシン
主に脳内で働くペプチドホルモンであり、動物では繁殖のためのペアの愛着に関わることが示されており、それ以外にも親子関係や社会性などに関わることから「愛情ホルモン」とも呼ばれる。
(6) 家畜化
野生動物が人の飼育下で共存していく中で、人になつきやすい性質などを獲得していく遺伝的変化の過程。
研究体制と支援
本研究成果は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 マウス開発研究室のBhim B. Biswa(研究当時は総研大大学院生)、藤原一道 特任研究員、小出剛 准教授、同研究所 ゲノム多様性研究室の森宙史 准教授、比較ゲノム解析研究室の豊田敦 特任教授、ゲノム進化研究室の黒川顕 教授により行われました。