2026.07.16
【プレスリリース】超小型蓄積リングに荷電粒子ビームを入射する「3次元らせん入射手法」を開発
世界で初めて実験的に実証 次世代加速器技術への展開目指す
茨城大学学術研究院基礎自然科学野の飯沼裕美准教授、東京大学理学系研究科の松下凌大氏らの研究グループは、3次元らせん入射法を用いた超小型蓄積リングにおけるビーム蓄積の世界初実証に成功しました。
荷電粒子のスピン歳差運動を高精度に測定するためには、粒子ビームを均一な磁場中に長時間安定に蓄積するという実験的要請があります。しかし、蓄積リングを小型化すると、外部からビームを入射する空間確保が困難になります。この課題に対し、本研究では、外部から強い軸対称磁場中へ3次元らせん軌道を利用してビームを導入する独自の入射方式を開発しました。
さらに、従来の入射手法では困難だった、周回時間がナノ秒オーダーの蓄積リングにおいて、パルス磁場キッカー装置を用いてビームを200周回以上にわたり安定蓄積できることを実験的に示し、3次元らせん入射手法によるビーム蓄積を初めて実験的に実証しました。
本研究で実証した3次元らせん入射法は、次世代のコンパクト蓄積リング技術だけでなく、複雑な磁場中における新しいビーム制御技術への応用も期待されます。今後は、任意磁場中におけるビーム輸送・蓄積設計への一般化や、次世代加速器技術への展開を目指します。
本成果は、2026年5月21日付でPhysical Review Lettersにアクセプトされ、同7月10日付でオープンアクセスの形で公開されました。
■背景
何かを測定するとき、最も精密さを追求できるのが、周波数という形での測定です。例えば、医療用MRIは均一度の高い強磁場中に人体を置き、人体中の水素原子核がコマのように回転する(スピン歳差運動という)周波数の時間スペクトル強度を画像化しています。全く同じ原理で、素粒子を超均一な磁場中に配置し、そのスピン歳差運動の精密測定により素粒子標準模型を精査します。さらに、新物理探索が存在すれば検知できる可能性もあります。そのためには、素粒子を超均一磁場中に留める方法を考えなければなりません。
本研究グループでは、0.1 ppm (ppm = 10-6)の均一磁場中に荷電粒子ビーム入射・蓄積するという目標を掲げました。超均一静磁場は医療用MRI技術として実用化されていますが、磁場の均一度の保証領域はせいぜい人体サイズです。一方で、高エネルギー物理実験用の加速器施設の蓄積リングの多くは直径数キロメートルと、桁違いの大きさです。図1に示すように、蓄積リングスケールを加速器施設の1000分の1のスケールである1メートル未満まで小さくすると、要求される時間応答が全く異なります。例えば光速で1周3 キロメートルのリングを10マイクロ秒で1周していたものが、1周1 メートルの場合は3ナノ秒となり、現状の技術では実現が極めて難しい問題も生じます。これを乗り越えるためにビームの入射手法、ビームの制御技術を新しく開発しました。
第1の難関は、ビームの入射点と入射後のビームを蓄積する静磁場領域とを緩やかにつなぎつつ、一切の誤差磁場を蓄積領域に与えない磁石構造と、入射経路の設計です。これは、医療用MRI磁石としては一般的な形状であるソレノイド型磁石へのフリンジ磁場中の入射経路を設計すれば解決を見通せます。
第2の難関は、どのようにして入射ビームをソレノイド磁石の均一静磁場領域へ留めるかです。本研究グループでは、ソレノイド軸対称な3次元的な入射軌道に沿って、ビームが数十周回にわたるらせん運動をしながら蓄積領域へと誘導される設計を考案しました。入射後のビームはソレノイド型コイル群からの軸対称パルス磁場キック(図2に示す垂直キック)により制御されます。パルス磁場キックは電流駆動のため、キック後に静磁場に影響をあたえる誤差磁場が瞬時に抑えられるという利点があります。
本研究グループでは、この手法を「3次元らせんビーム入射手法」と名付けて開発・実証を進めてきました。前述のように、加速器装置の小型化、並びに誤差磁場、誤差電場の発生の抑制を優先するために、「円電流がつくる軸対称磁場のみでビーム制御する」という新しいビーム入射技術開発による実現を目指してきたものです。この手法の最大の強みは、径方向のビーム運動は自然に軸対称に揃うため、ソレノイド軸方向のビームの広がりだけを制御すればよいことです。
■研究手法・成果
<研究方法>
新しい入射手法の概念設計を2016年の論文にまとめると同時に、3次元らせん入射手法によるビーム蓄積を実証するため、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)内に電子ビームを用いた実証実験専用のビームラインを構築しました(図3)。実験では、運動量297 keV/c、パルス幅100 ナノ秒の電子ビームを直径22 センチメートルの ソレノイド型蓄積磁石に斜めに入射し、らせん状に周回させながらキッカー装置による鉛直方向のキックを行って蓄積軌道へ導きました。
はじめに直流の電子ビームを用いてビームラインの調整を行い、設計通りの経路でソレノイド磁石内部の蓄積槽へ3次元らせん入射できることを確認しました(第1の難関)。その後、電子ビームを電磁チョッパーで切り出し、ビームキッカーと連動させて、蓄積層内部にビームを留める(第2の難関)へと移行しました。
<本論文成果>
この蓄積リングでは、ビームが4.7ナノ秒で1周するため、一般の加速器で採用される従来のビーム入射手法(1周回以内に入射軌道から蓄積軌道へとビームキックを完了させビーム蓄積を行うこと)はキッカーを駆動するパルス電源の技術的な制約により極めて困難です。そこで、軸対称なビーム軌道の利点を最大限に生かし、複数周回するあいだに軸対称なキックをあたえ、入射ビームをソレノイド磁石内部の蓄積領域に留め置く手法を取りました。
蓄積ビーム由来の信号の検出には、プラスチックシンチレーションファイバー(SciFi)を用いた検出器を使用しました(図4)。この検出器を蓄積領域に挿入し、周回する電子が SciFi に入射した際に発生する光を光電子増倍管で読み出すことで、蓄積ビーム由来の信号を観測しました。本研究では、入射前のバックグラウンドノイズの標準偏差を基準として、検出信号が5σを超えた状態で1 マイクロ秒以上継続することをビーム蓄積の判定基準としました。これは、入射ビームの時間幅である約100 ナノ秒より十分に長く、ビームが蓄積リングを200周以上周回する時間に相当します。
この判定基準に基づき、キッカー装置を動作させた場合と動作させない場合の信号を比較しました(図5)。キッカー装置を動作させた場合には、SciFi 検出器の信号が5σを超えて1 マイクロ秒以上継続し、ビーム蓄積の判定基準を満たしました。一方、キッカー装置を動作させない場合には、信号の継続時間は入射ビーム幅と同程度の約100 ナノ秒にとどまり、ビーム蓄積の判定基準を満たしませんでした。この明確な差によりキッカー装置による複数周回にわたる鉛直キックによってビーム蓄積がなされている、すなわち3次元らせん入射手法によるビーム蓄積が達成されたことを実験的に確認しました。
さらに、観測された信号が単なる一時的な通過粒子や装置由来の偶発的な信号ではなく、意図した蓄積領域に蓄積されたビームに由来することを確認するため、蓄積磁場の条件を変えながら測定を行いました。ソレノイド型蓄積磁石の磁場分布を変化させ、検出器の挿入位置を変えながら蓄積ビーム由来の信号量分布を測定したところ、磁場条件の変化に対応して、蓄積ビームが観測される領域も系統的に変化しました(図6)。この測定結果は数値シミュレーションによる予測と一致しており、観測された信号が、3次元らせん入射手法によって弱収束磁場中に蓄積されたビームに由来することを示しています。
■今後の展望
3次元らせん入射手法は、粒子寿命の長短にかかわらず、原理的にはさまざまな荷電粒子ビームに適用できる入射手法です。特に、短寿命粒子を用いた精密測定実験では、粒子が崩壊する前に、小さく制御された空間内にビームを蓄積することが重要になります。本研究で実証した手法は、従来のビーム入射手法では実現が難しかった小型蓄積リングへのビーム入射を可能にするものであり、次世代のコンパクト蓄積リングを用いた精密測定実験への道を開く成果です
本研究は、複雑な磁場中で荷電粒子ビームをどのように制御するか、という新しいビーム制御原理の実用例でもあります。特に、磁場中で保存される「正準運動量」という物理量に着目することで、従来よりも柔軟なビーム軌道設計が可能になると期待されます。
今後は、この考え方を任意の磁場中でのビーム制御・ビーム輸送設計へ一般化し、基礎物理学実験だけでなく、医療用・工業用加速器の小型化・高精度化への応用も目指して研究を進めていきます。
■論文情報
【本件に関するお問い合わせ先】
- 茨城大学 学術研究院 基礎自然科学野 准教授
飯沼 裕美
E-mail:hiromi.iinuma.spin(at)vc.ibaraki.ac.jp
研究内容について
- 茨城大学 広報・アウトリーチ支援室
TEL:029-228-8008 FAX:029-228-8019
E-mail:koho-prg(at)ml.ibaraki.ac.jp
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