2026.08.04
【プレスリリース】卵は卵管の中でどうやって運ばれる? ~卵管の「ひだ構造」の役割の検証に成功~
卵管は卵巣と子宮をつなぐ管状の器官です。卵巣から排卵された卵は卵管に取り込まれ、卵管内で受精し、初期の胚発生を進めながら子宮へと移行します。卵管の内腔面には多数の運動性繊毛を持つ多繊毛細胞が存在し、これらの繊毛が卵巣から子宮方向にそろって運動することで、卵の輸送の駆動力を生み出すと考えられています。さらに、卵管の内腔面には、卵巣—子宮軸に沿って直線的に伸びるひだ構造が発達します。このひだは多くの脊椎動物の卵管でみられ、卵の輸送を助ける構造だと考えられてきました。しかし、これまでひだ構造だけを選択的に乱す実験系がなく、直線的なひだが卵の輸送に必要かどうかは検証されていませんでした。
基礎生物学研究所 初期発生研究部門の宇佐美文子(研究当時 総合研究大学院大学 大学院生)、新田昌輝 助教、石東博 元研究員(現 理研ECL研究ユニットリーダー)、岡早苗 主任技術員、藤森俊彦 教授(兼 総合研究大学院大学 教授)らは、超階層生物学センターバイオイメージング解析室の加藤輝 特任助教(兼 総合研究大学院大学 助教)、Harvard School of Dental Medicine/Harvard Stem Cell Instituteとの共同研究により、細胞の向きを制御するタンパク質の一つである VANGL1 を欠く変異マウスを解析することで、卵巣から子宮への卵の輸送において卵管内腔のひだが果たす役割を明らかにしました。
VANGL1 を欠く変異マウスの卵管では、卵管上皮組織のひだの構造が大きく乱れる一方、卵の輸送を駆動する繊毛運動の向きはおおむね卵巣—子宮方向に保たれていました。さらに、この変異マウスの雌は仔を産むことができることから、ひだの直線的な構造が乱れても卵または受精後の初期胚は子宮へと到達できることが示唆されました。
さらに、蛍光ビーズを用いて卵管の輸送能を調べたところ、変異卵管でもビーズは全体として子宮方向へ移動しました。しかし、その速度は野生型に比べて遅く、軌跡も直線的ではありませんでした。したがって、卵巣—子宮方向のひだは卵の輸送に絶対必要ではない一方で、輸送の効率や安定性を高める役割を持つ可能性があると考えられます。
本成果は、卵管の組織構造と繊毛運動の向きがどのように決まり、どのように協調して卵を安定して運ぶのかを理解するための重要な知見です。本研究成果は2026年8月3日の週に米国科学アカデミー紀要に掲載されます。
図:マウスとニワトリの卵管内腔面のひだ構造。卵管を管の長軸に沿って切り開き、露出させた内腔面を撮影した。卵巣—子宮軸に沿って走る上皮組織のひだ構造が見られる。
【研究の背景】
卵管は卵巣と子宮をつなぐ管状の器官です。卵巣から排卵された卵は卵管に取り込まれ、卵管内で受精し、初期の胚発生を進めながら子宮へと移行します。卵管の内腔面には多数の運動性繊毛を持つ多繊毛細胞が存在します。これらの繊毛は卵巣から子宮方向にそろって運動することで、卵の輸送の重要な駆動力を生み出すと考えられています(図1)。
図1:卵管内腔面を覆う多繊毛細胞の繊毛が卵巣—子宮軸方向に運動することで卵が子宮へと運ばれる。多繊毛細胞には繊毛が200本程度生えており、1秒間に10回程度往復運動を行う。多繊毛細胞ではコアPCP因子が卵巣—子宮軸に沿って偏って分布し、この偏りにより繊毛運動の方向やひだの配向が決定されると考えられている。
また、卵管内腔面を覆う上皮組織は卵巣—子宮軸に沿って伸びる直線的なひだを形成します。このひだは哺乳類だけでなく、鳥類や両生類など幅広い脊椎動物で見られる保存された構造です。そのため、ひだは卵が繊毛上皮と接触する機会を増やすことや、卵管内の液体の流れを調整することで、卵の輸送を助けるのではないかと考えられてきました。しかし、これまでひだ構造だけを選択的に乱す実験系がなく、直線的なひだ構造が卵の輸送に必要かどうかは検証されていませんでした。
卵管の直線的なひだ構造の形成にはコアPCP因子と呼ばれるタンパク質群の働きが必要であることが示されています。コアPCP因子は卵管の上皮細胞の卵巣側や子宮側の細胞辺に偏って分布し、この偏りが「向き」の情報となって、繊毛運動の方向や上皮組織のひだ構造の向きを決定すると考えられています(図1)。実際に、コアPCP因子のひとつである CELSR1 を欠損させた変異マウスの卵管では、ひだが卵巣—子宮方向に沿って配向せず、分岐の多い構造をとることが報告されています。しかし、この変異マウスでは、ひだ構造だけでなく、繊毛運動の向きや卵管全体の構造にも異常が生じます。そのため、直線的なひだ構造が卵の輸送に必要なのかをこの変異体を用いて直接検証することはできませんでした。そこで本研究では、ひだ構造が大きく乱れる一方で、繊毛運動の向きが比較的保たれる Vangl1 変異マウスに着目し、卵管の直線的なひだ構造が卵の輸送に果たす役割を調べました。
【研究の成果】
VANGL1 はコアPCP因子の一つですが、その変異体の雌は仔を産むことができると報告されていました。しかし、この変異体の卵管でひだ構造や繊毛運動の方向はこれまで解析されていませんでした。本研究ではまず、Vangl1 変異マウスの卵管を撮影し、画像解析によりひだの構造を定量的に評価しました。その結果、正常なマウスでは卵巣—子宮軸に沿ってまっすぐ伸びるひだが、変異マウスでは乱れていることを見いだしました(図2)。
図2:正常な個体とVangl1 変異体の卵管のひだ構造。Vangl1 変異体では卵管内腔面のひだ構造は卵巣—子宮軸に沿った直線的な配列が乱れ、分岐が多く見られた。
次に、卵の輸送を駆動する繊毛運動の向きを高速度カメラによる観察や、繊毛基部構造の解析により調べました。すると、Vangl1 変異マウスでは、多繊毛細胞の繊毛の向きはよくそろっており、全体として卵巣—子宮方向への配向が保たれていることがわかりました。
さらに、Vangl1 変異マウスの雌の産仔数が正常の範囲内であったことから、ひだの配向が乱れても、卵または受精後の初期胚は子宮へ到達できることが示唆されました。卵管内腔面に蛍光ビーズをのせてビーズの動きを観察すると、変異卵管では動きの方向が子宮方向に偏ることがわかりました。しかし、正常な卵管と比較してビーズの動きは遅く、動きの軌跡は直線的ではありませんでした。これらの結果から、卵管の長軸方向のひだは、子宮方向への輸送に必須ではない一方で、輸送を効率化する役割をもつ可能性があると考えられます(図3)。
図3:露出させた卵管内腔面に蛍光ビーズをのせ、動きを観察した。動画からビーズの動きを再構築し、その軌跡を示している。正常な卵管では子宮方向へ直線的にビーズが動いた。一方、変異体ではビーズの動きは遅く、軌跡も直線的ではなかった。しかし、全体として子宮方向への動きは保たれていた。
加えて、三次元データを用いた画像解析により、Vangl1 変異卵管では上皮細胞が卵巣—子宮軸に沿って伸長する性質が失われていることが明らかになりました。これは、細胞の形の向きが組織レベルのひだ構造を決めるという先行研究での理論的予測を支持する結果でした。
最後に、CELSR1 タンパク質の局在をVangl1 変異卵管で調べたところ、正常な卵管で見られるような細胞辺上での偏った分布を示すことがわかりました。しかし、その偏りの方向は正常な卵管とは異なり、卵巣—子宮軸や繊毛の向きとは一致していませんでした。これらの観察結果は、ひだの向き、細胞の伸長方向、繊毛の向きがそれぞれ異なる仕組みで制御されうることを示しています。特に、繊毛の向きは、CELSR1 の偏りだけでは説明できない別の仕組みによっても保たれている可能性があります。
【今後の展望】
本研究により、卵管では、ひだ構造、細胞形態、繊毛運動の向きが互いに関連しながらも、異なる制御を受けていることが見えてきました。今後は、それぞれの「向き」を生み出す仕組みを個別に明らかにするとともに、それらがどのように協調して安定した卵の輸送を実現するのかを調べることが重要です。これらの知見は、卵管に限らず、気管や脳室など、繊毛によって物質輸送を行うさまざまな器官の機能の理解にもつながる可能性があります。
【発表雑誌】
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所 初期発生研究部門(宇佐美文子、新田昌輝、石東博、岡早苗、藤森俊彦)、超階層生物学センター バイオイメージング解析室(加藤輝)、総合研究大学院大学(宇佐美文子、加藤輝、藤森俊彦)、Harvard School of Dental Medicine / Harvard Stem Cell Institute(Yingzi Yang)による研究成果です。
【研究サポート】
本研究は、以下をはじめとする研究費の支援を受けて行われました。
科学研究費助成事業(21H02494, 24K02039, 22H05168, 22H04926, 22K15130)、武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成
また、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトを介して名古屋大学よりニワトリの組織を提供いただきました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
- 基礎生物学研究所 初期発生研究部門
総合研究大学院大学 基礎生物学コース
教授 藤森 俊彦
TEL: 0564-59-5860
E-mail: fujimori(at)nibb.ac.jp - 基礎生物学研究所 初期発生研究部門
助教 新田 昌輝
TEL: 0564-59-5862
E-mail: arata(at)nibb.ac.jp
【報道担当】
- 基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press(at)nibb.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL: 046-858-1629
E-mail: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
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