2026.08.20

【プレスリリース】開発研究多機能ビームラインで量子マルチビーム実験を開始〜硬X線と軟X線の同時利用による新たな計測手法を実現~

本研究成果のポイント

  • 開発研究多機能ビームライン(BL-11A, -11B)において、硬X線と軟X線を同一位置に同時照射する「量子マルチビーム実験」を開始した。
  • 初のX線2ビーム利用実験として、水の電気分解反応の「プローブ-プローブ測定」およびケージド化合物のX線誘起解離現象の「ポンプ-プローブ測定」に成功し、本手法の有効性を実証した。
  • 今後、BL-11A, -11Bは、放射光施設におけるX線2ビーム利用研究を先導するビームラインとして、マルチビーム利用技術の実証・高度化を進めるテストベッドの役割を担い、国内外の放射光施設への展開や、幅広い研究分野での応用に貢献する。
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硬X線(BL-11A)と軟X線(BL-11B)を使ったプローブ-プローブ測定の準備
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概要

 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所(IMSS)放射光実験施設 フォトンファクトリー(PF)において、開発研究多機能ビームラインBL-11A, -11Bでの共同利用実験がスタートしました。

 PFでは、電子を光速に近い速度まで加速して発生させた明るいX線(放射光)を使い、さまざまな物質の構造や性質を調べています。X線には、物質の内部構造を詳しく見るのに適した「硬X線」と、物質の表面や電子の状態を調べるのに適した「軟X線」があります。

 これまで、放射光施設では、硬X線と軟X線を別々にしか使うことができず、同じ試料に同時に当てる実験は行われてきませんでした。触媒反応や電池の動作のように、試料の状態が刻々と変化する現象では、測定を別々に行うと必ずしも同じ状態を再現できず、異なる情報を正確に対応づけられない場合があります。特に、不可逆な反応や一度しか起こらない現象では、同じ条件で測り直すことができません。

 新しく建設されたBL-11A, -11Bでは、1つの光源から硬X線と軟X線を取り出し、同じ試料に同時に照射することを可能にしました(2ビーム同時利用)。これにより、2種類のX線で同時に観測するプローブ-プローブ測定や、一方のX線で変化を起こしもう一方でその変化を観測するポンプ-プローブ測定が可能になりました。

 今回、この新しいビームラインを使って、水の電気分解反応を繰り返す過程で触媒の状態が変化する様子を観察し、プローブ-プローブ測定の重要性を確認しました。また、硬X線の照射によって分解反応を起こす特殊な有機分子(ケージド化合物)では、その反応過程を軟X線で追跡することに成功し、ポンプ-プローブ測定の有効性を実証しました。

 今後は、触媒反応や電池材料の研究、放射線が物質や生体分子に与える影響の解明など、幅広い分野への応用が期待されます。

 BL-11A, -11Bは、世界に類を見ない量子マルチビーム利用ビームラインとして、国内外のさまざまな研究分野の発展に貢献することが期待されています。

 この研究成果は、国際学術誌『Review of Scientific Instruments』に掲載されます。

研究グループ

  • 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所・加速器研究施設
  • 自然科学研究機構 分子科学研究所
  • 広島大学 放射光科学研究所
  • 東京大学 物性研究所
  • 高輝度光科学研究センター
  • 理化学研究所
  • 物質・材料研究機構
  • 総合研究大学院大学

研究の背景

 KEK PFは、開発研究を目的とした多機能ビームラインBL-11A, -11Bを新たに建設し、2025年12月1日よりユーザー利用を開始しました。

 これら2本のビームラインは、共通の偏向電磁石で発生する放射光から、硬X線と軟X線を取り出して実験ホールに導いています(図1)。BL-11Aは二結晶分光器※1を備えた硬X線を扱うビームライン、BL-11Bは、回折格子分光器※2を備えた軟X線を扱うビームラインです。

 多様な開発研究に活用できるよう、各ビームラインには性能の異なる複数の実験ステーション(A1、A2、B1、B2)を設置しており、研究課題に応じて柔軟に選択・利用することができます。

 BL-11AとBL-11Bの最大の特長は、A2ハッチにおいて2本のビームを同一位置で同時に利用できる「2ビーム利用実験」を実現している点です。今回、この機能を活用した初めての実験として、硬X線と軟X線を組み合わせた水の電気分解反応のその場観察と、X線照射によって解離を起こす特殊な有機分子(ケージド化合物)を対象とした実験が行われました。

図1
図1 BL-11A, -11Bを上から見た平面図

何がわかるようになりますか

 BL-11A, -11Bでは、これまでの放射光施設において別々のビームラインでしか利用できなかった軟X線と硬X線を、同じ試料の同じ場所に同時に照射して測定することができます。

 軟X線と硬X線は、それぞれ試料の異なる情報を観測することができます。例えば、軟X線は試料表面近くの化学状態に敏感である一方、硬X線はより深い領域の情報を得ることができます。また、観測しやすい元素も異なります。このため、両者を同時に測定に利用する「プローブ-プローブ測定」では、例えば、試料の表面と内部、あるいは試料に含まれる異なる元素の変化を同じ瞬間に捉えることができます。特に、触媒反応や電池材料の動作のように、時間的・空間的に不均一な現象を扱う研究では大きな力を発揮します。従来は別々のビームラインで測定した結果を比較する必要がありましたが、反応条件や試料状態を完全に再現することは容易ではありません。さらに、一度しか起こらない反応や不可逆な変化では、別のビームラインへ試料を移して同じ現象を再び観測することはできません。実際、今回の水の電気分解反応を対象とした実験でも、反応を繰り返す過程で触媒の状態が変化していくことが観察されており、同時に測定することの重要性が明らかになっています。これは、燃料電池が充放電や動作を繰り返す中で徐々に状態を変化させていく現象と本質的に同じです。BL-11A, -11B の同位置・同時測定は、このような課題を解決する新しい手法となります。

 また、BL-11A, -11B では一方のX線で試料に変化を引き起こし、もう一方のX線でその時間発展を追跡する「ポンプ-プローブ測定」も可能です。これにより、X線による化学反応や構造変化の仕組みを詳しく調べることができます。今回の実験では、2-ヨードソ安息香酸と呼ばれる有機分子に注目しました。この物質は特定のエネルギーのX線を照射すると分解反応を起こすことから、薬剤を必要な場所で放出するための「ケージド化合物」の保護基としての利用が期待されています。BL-11A, -11Bでは、硬X線によって分解反応を引き起こし、その過程を軟X線で追跡できることを示しました。

 今後は、触媒や電池材料などの材料科学分野に加え、生体試料に対するX線損傷の解明や放射線治療研究、さらには航空宇宙分野で用いられる電子基板や材料のX線損傷評価など、幅広い分野への応用が期待されます。

図2
図2 (a)プローブ-プローブ測定と(b)ポンプ-プローブ測定の模式図

今後の展開

 今回の成果は、異なる情報を同じ試料の同じ瞬間に捉える研究や量子ビームによって誘起される現象を追跡する研究への第一歩です。BL-11A, -11B は完成形の装置ではなく、利用者や関係者と共に育てていくビームラインです。硬X線と軟X線の2ビーム利用が可能な唯一の施設として、新しいアイデアや研究課題を積極的に取り込みながら進化を続け、多くの優れた研究成果の創出につなげていきたいと考えています。

 本ビームラインは、PFだけでなく、自然科学研究機構分子科学研究所極端紫外光研究施設(UVSOR)、広島大学放射光科学研究所(HiSOR)、東京大学物性研究所軌道放射物性研究施設(ISSP-SOR)を含む放射光学術基盤ネットワークの研究者・技術者が、検討会や研究会を通して構想・設計・建設にかかわりながら実現した研究基盤です。また、利用者とも議論を重ねながら整備を進めており、多くの研究者コミュニティの期待と協力の上に成り立っています。今後も各施設や利用者との連携を深めながら、国内におけるマルチビーム利用研究の中核として新しい計測手法や研究分野の開拓を進めていきたいと考えています。

用語説明

※1 二結晶分光器:
X線を結晶で回折させることで、必要なエネルギーのX線だけを取り出す装置。軟X線領域では適切な結晶がないため用いることができない。

※2 回折格子分光器:
細かな溝が刻まれた回折格子によって軟X線を虹のようにエネルギーごとに分離し、スリットで切り出すことによって、必要なエネルギーのX線を取り出す装置。

研究者からひとこと

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物質構造科学研究所 放射光実験施設 若林 大佑 准教授

 今回、BL-11A, -11Bの最初の成果を論文として発表できることを大変うれしく思います。構想を始めてから約5年半、実際にビームライン建設が始まってからも3年半が経ちました。長い時間をかけて準備を進めてきたプロジェクトだけに、ようやくここまでたどり着くことができて感無量です。

関係者コメント

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分子科学研究所 極端紫外光研究施設 解良 聡 施設長

 分子科学研究所は、放射光学術基盤ネットワーク4施設を運営する研究所および関連組織とともに、量子マルチビーム共創拠点計画MB-LINQを提案しています。各種ビームの同時利用による次世代型計測を実現し、分野融合による新領域開拓を推進するものです。今回、若手中心のチームが技術開発の要所を担いました。世代を紡ぐ新たな一歩が、分野を超えて知を結び、人類の未来を照らす新たな灯火となると期待します。

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広島大学放射光科学研究所 島田 賢也 所長

 大学共同利用機関と共同利用・共同研究拠点が初めて組織的に連携し、軟X線と硬X線の同時利用を実現した画期的な成果です。放射光学術基盤ネットワークは、広島大学のJ-PEAKS事業やEPOCH事業においても重要な位置付けとなっています。今回の取り組みを端緒として、MB-LINQが目指す量子マルチビーム利用の技術開発がさらに進展し、新たな学術領域の開拓と人材育成につながることを期待しています。

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東京大学物性研究所 軌道放射物性研究施設 原田 慈久 施設長

 軟X線と硬X線を組み合わせたマルチビーム利用が、将来構想ではなく実際の研究手法として動き始めたことを示す重要な一歩です。物性研究所は、放射光のみならず、中性子やレーザーにおいても物質構造科学研究所と協力関係にあります。ISSP-SOR施設としても、サイエンスケースの具体化と人材育成を通じて利用コミュニティを育て、MB-LINQが目指す次世代研究基盤の構築に貢献していきます。

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物質構造科学研究所 放射光実験施設 五十嵐 教之 施設長

 本ビームラインは、当初「開発研究専用ビームライン」の名称のもと、独創的な成果の源泉となる技術開発および将来の施設を担う人材育成を目的として計画されました。その後「開発研究多機能ビームライン」と改称し、従来の目的に加え、量子マルチビームの実証拠点として整備を推進してまいりました。多くの皆さまにご活用いただき、日本発の量子マルチビーム研究が世界を牽引していくことを大いに期待しております。

謝辞

 本ビームラインは、PFのスタッフのみならず、多くの皆さまのご協力のもと実現したものです。UVSOR、HiSOR、ISSP-SORおよび利用者の皆さまとは、検討会や研究会を重ね、アイデアや経験を持ち寄りながら整備を進めてきました。また、実験ハッチの建設にあたっては、一般の皆さまからお寄せいただいた「フォトンファクトリー先端化寄附金」を活用させていただきました。

 本ビームラインは、構想、設計、建設、調整、運用に至るまで、多くの方々のご支援とご尽力に支えられてきました。関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。

 本研究のPFでの放射光利用実験は、2025PF-S001にて実施しました。

論文情報

Multi-functional research and development beamline at the Photon Factory: Application to two-beam experiments

著者:Daisuke Wakabayashi1,2, Ryoma Kataoka1, Hirokazu Tanaka1, Naokatsu Kaneko1, Chiharu Narita1, Yoshinori Uchida1, Takeharu Mori1, Haruno Ishii1, Takashi Kosuge1, Hiroaki Nitani1, Akio Toyoshima1, Takashi Kikuchi1, Kazuhiko Mase1,2, Daiki Kido1,2, Yasuhiro Niwa1,2, Masao Kimura1,2, Kaoruho Sakata1,2, Kenta Amemiya1,2, Noriko Usami1,2, Kenichi Ozawa1,2, Hironori Nakao1,2, Nobutaka Shimizu1,2,3, Toshihiro Tahara4, Hiroshi Miyauchi2,4,5, Masashi Arita5, Hiroshi Iwayama6, Hiroshi Ota6,7, Wenxiong Zhang8, Hisao Kiuchi8,9, Kenya Shimada5, Satoshi Kera2,6, Yoshihisa Harada8, Takashi Obina2,4, Noriyuki Igarashi1,2, Nobumasa Funamori1,2

  • 1 Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
  • 2 The Graduate University for Advanced Studies, SOKENDAI
  • 3 Now at RIKEN SPring-8 Center
  • 4 Accelerator Laboratory, High Energy Accelerator Research Organization (KEK)
  • 5 Research Institute for Synchrotron Radiation Science (HiSOR), Hiroshima University
  • 6 Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences (NINS)
  • 7 Now at Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI)
  • 8 Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo
  • 9 Now at Research Center for Energy and Environmental Materials (GREEN), National Institute for Materials Science (NIMS)

雑誌名:Review of Scientific Instruments(掲載予定)

※本論文は、オープンアクセスとして公開予定です。

お問い合わせ先

<研究内容に関すること>

  • 高エネルギー加速器研究機構
    物質構造科学研究所 准教授(兼 総合研究大学院大学 准教授)
    若林 大佑
    Tel: 029-864-5200 ext. 4755
    e-mail: daisuke.wakabayashi(at)@kek.jp

<報道担当>

  • 高エネルギー加速器研究機構 広報室
    Tel:029-879-6047
    e-mail:press(at)kek.jp
  • 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
    Tel: 0564-55-7209
    e-mail: press(at)ims.ac.jp
  • 広島大学 広報グループ
    Tel: 082-424-4383
    e-mail: koho(at)office.hiroshima-u.ac.jp
  • 東京大学物性研究所 広報室
    Tel:04-7136-3207
    e-mail: press(at)issp.u-tokyo.ac.jp
  • 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
    Tel:046-858-1629
    e-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp

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