2026.09.01
【プレスリリース】タンパク質構造予測AIの限界を突破し、構造変化の予測へ〜ノーベル化学賞のAI技術AlphaFoldの問題点を解決〜
【発表のポイント】
- AlphaFold※1はタンパク質の構造を高精度に予測できるAI技術だが、タンパク質の機能に重要な構造変化を予測することは困難であった
- 本研究ではAlphaFoldの予測構造の間で斥力が働く方法を開発し、構造多様性を向上させることで構造変化を探索することに成功した
- 本研究で導入した斥力のアイデアを創薬デザインでの生成AIにも応用することで、より多様なデザインも可能になると期待される
【概要】
自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学の大貫隼助教、岡崎圭一准教授の研究グループは、タンパク質構造を予測するAI技術AlphaFoldにおいて予測構造間の斥力を導入する方法を新たに開発し、従来のAlphaFoldでは困難であったタンパク質の構造変化を予測することに成功しました。本研究成果は、国際学術誌JACS Auに、2026年8月26日付でオンライン掲載されました。
1. 研究の背景
タンパク質は、アミノ酸が連なった鎖状の分子であり、生命活動を支える様々な働きを担います。タンパク質を構成するアミノ酸は20種類あり、タンパク質はそのアミノ酸の並び方(アミノ酸配列)に応じて決まった構造に折り畳まれることで形作られます。そして基質分子との結合などによりこの構造を変化させることで、物質の合成や輸送など様々な働きが実現されます(図1)。このように、タンパク質の働きはその構造自体や構造の変化によって生み出されるため、アミノ酸配列からどのようなタンパク質の構造をとるかを予測することは生命科学における長年の課題でした。そうした中、Google DeepMind社の研究者は近年急速に発達してきたAI技術を駆使したAlphaFoldを開発し、高精度な構造予測に成功しました。この成果が認められ、開発者のJohn Jumper博士とDemis Hassabis博士には2024年にノーベル化学賞が授与されました。しかし、タンパク質が機能する際の複数構造間の構造変化について、AlphaFoldには多くのタンパク質で特定の構造しか予測できない問題があることが知られています。この問題が生命科学や医学におけるAlphaFold活用の妨げとなっていることから、我々はAlphaFoldを使ってタンパク質の構造変化も予測できる方法の開発に取り組みました。
図1.タンパク質の折り畳みと構造変化
2. 研究の成果
本研究で対象とした最新版AlphaFold3(AF3)では、画像生成等でも利用されるAI技術である拡散生成モデル※2が構造予測に用いられています。この拡散生成モデルでは、タンパク質を構成する原子がノイズによってばらばらに散らばった初期状態を作り出し、そこからノイズを除去して原子をより存在確率の高い位置へと動かしていきます。確率の高い位置は物理学の言葉で言い換えるとエネルギーの低い位置に相当します。つまり拡散生成モデルは、エネルギーの勾配に沿って原子を動かし低エネルギーとなる折り畳み構造を見つけ出す方法です(図2A)。そしてAF3が特定の構造ばかり予測してしまう問題は、その構造が他の構造に比べて低いエネルギー状態であることが原因となります。そこで我々は、AF3での構造予測を複数回繰り返し、過去に予測した構造の原子配置に次の予測が近づくとエネルギーが高くなるようなバイアスエネルギー項を導入しました(図2B)。このバイアスを拡散生成モデルに導入することで、タンパク質構造を予測する過程で過去の予測構造に近づくことを嫌う力(斥力)が働き、他の構造の探索が促進されます。
図2.(A)AlphaFold3の拡散生成モデルによる構造探索(B)本研究で開発したバイアス導入による構造探索の促進法
このような斥力バイアスを導入した方法(AF3-ReD)により、様々なタンパク質の構造変化を予測できることが明らかになりました。図3では例としてアデノシン三リン酸(ATP)合成酵素を構成するF1βサブユニットの構造予測結果を示しています。F1βは通常ATP結合部位が開いた構造をとりますが、ATPが結合すると閉じた構造へと変化します。しかし、AF3では、ATPと結合したF1βでも開いた構造が予測されてしまいます。それに対して、AF3-ReDは、開構造、閉構造、さらにその中間にあたる構造まで幅広く探索できていることがわかります。このように、予測構造間の斥力を導入することで従来のAlphaFoldでは困難であった構造変化を予測することが可能になりました。
図3.開発したAF3-ReDによるF1βサブユニットの構造予測
3. 今後の展開・この研究の社会的意義
本研究で開発したAF3-ReDによってタンパク質の多様な構造を高速かつ高精度に予測することが可能となりました。今後、この予測構造を出発点として分子動力学シミュレーション※3を行うことで、時間とともに構造間をどのように移り変わっていくのか調べることも効率的に実施できると考えられます。また、拡散生成モデルはAlphaFoldのみならず、新規のタンパク質や薬剤候補分子のデザインでも近年活用されています。本研究で導入した斥力バイアスをこうしたデザインにも応用することで、生成されるタンパク質や薬剤候補分子の多様性を高め、これまで得られにくかった新たな候補を探索できるようになると期待されます。
4.用語解説
※1 AlphaFold
Google DeepMind社の研究グループが開発した、タンパク質のアミノ酸配列を入力として構造を予測するAI。この成果により、開発者のJohn Jumper博士とDemis Hassabis博士には2024年にノーベル化学賞が授与された。
※2 拡散生成モデル
画像生成等で発達してきた生成AI技術の1つ。正解データ(AlphaFold3の場合にはタンパク質構造)にノイズを加える拡散過程を行い、その後ノイズ除去によりデータを復元する逆拡散過程を学習させる。逆拡散過程の学習では正解データが低エネルギーとなるようエネルギー勾配を最適化する。なお、このエネルギーの地形は学習するデータに基づき決まるものであり、物理化学的な相互作用により決まるエネルギーとは異なることに注意。
※3 分子動力学シミュレーション
タンパク質分子や周囲の水分子等を構成する原子一つひとつの運動をニュートンの運動方程式に従い数値的に解いて、分子の運動を追跡する手法。
5. 論文情報
6. 研究グループ
- 自然科学研究機構 分子科学研究所
- 総合研究大学院大学
7. 研究サポート
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金(若手研究JP23K14160,基盤研究(B)JP22H02595,JP23K23858,学術変革領域研究(A)25H02299)の支援を受けて実施しました。また、本研究のAlphaFoldによる構造予測には、自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターを用いました(課題番号:22-IMS-C189,23-IMS-C201,24-IMS-C198,25-IMS-C227)。
8. 研究に関するお問い合わせ先
- 大貫 隼(おおぬき じゅん)
分子科学研究所/総合研究大学院大学 助教
TEL:0564-55-7465
E-mail:j-ohnuki(at)ims.ac.jp - 岡崎 圭一(おかざき けいいち)
分子科学研究所/総合研究大学院大学 准教授
TEL:0564-55-7468
E-mail:keokazaki(at)ims.ac.jp
9. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail:press(at)ims.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp