2026.09.09
【プレスリリース】ユークロマチンは凝縮した塊をつくり、コヒーシンは塊が“混ざる”のを防ぐ
概要
ヒトの細胞核に収納されたゲノムDNAは、大きく二つの領域に分けられます。一つは、遺伝子が多く、読み出し(転写)が活発な「ユークロマチン」です。もう一つは、遺伝子が少なく、転写が抑えられている「ヘテロクロマチン」です。これまでユークロマチンは、DNAを読み出す分子が近づきやすい「オープンな構造」として、教科書で説明されてきました。しかし、生きた細胞の中でユークロマチンが実際にどのような形をとり、どのように動いているのかは、分かっていませんでした。
このたび、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の島添將誠 大学院生(総合研究大学院大学、日本学術振興会特別研究員DC1)、飯田史織 特任研究員(現 独マックス・プランク分子生物医学研究所)、南克彦 特任研究員(現 米ハーバード大学)、東光一 助教 (現 バイオ生成AI研究開発センター准教授)、黒川顕 教授、前島一博 教授らは、九州大学の落合博 教授らを含む国際共同研究チームと共同で、ヒト生細胞内のユークロマチンをナノメートルスケールで解析しました。
研究チームは、ユークロマチンに多いヒストン(1)の一種H3.3を標識し、1個1個のヌクレオソームの動きを追跡する1分子ヌクレオソームイメージング(2)と、超解像蛍光顕微鏡法(3)を組み合わせました。これにより、ユークロマチンの構造と物理的性質を、生きた細胞の中で詳しく調べることができました。その結果、ユークロマチンは単に開いた構造ではなく、数百ナノメートルほどの大きさで、凝縮しながらもやわらかく流動性をもつ塊(クロマチンドメイン)を形成していることが分かりました。さらに、DNAをループ状に束ねるコヒーシン(4)を急速に分解すると、ドメインは凝縮したままである一方、ドメインの流動性が増し、近接するドメイン同士が混ざりやすくなりました。また、近接した遺伝子同士の転写が同時に起こる頻度も増加しました。
これらの結果から、コヒーシンは凝縮したユークロマチンドメイン同士が「混ざる」のを防ぎ、近くにある遺伝子がそれぞれ適切に転写されるようにしていると考えられます。本研究は、クロマチンは単に「開いているか、閉じているか」だけで理解できるものではなく、活発にはたらくクロマチンも凝縮したドメインとして存在し、適度に分かれていることがゲノム機能に重要であることを示しました。
成果掲載誌
本研究成果は、国際科学雑誌「Nature Genetics」に9月8日(日本時間18:00)に掲載されました。
研究の詳細
研究の背景
ヒトのゲノムDNAは全長約2メートルにも及びますが、直径約10マイクロメートルの細胞核内に収納されています。その中でゲノムDNAは、遺伝子の転写、DNA複製、修復などの機能を正確に果たしています。ゲノムDNAは細胞内でヒストンに巻き付いてヌクレオソームを形成し、他のタンパク質とともにクロマチンを作ります。DNAの収納と機能の両立を理解するには、生きた細胞内でクロマチンがどのような構造と物理的性質をもつのかを明らかにする必要がありました。
図:ユークロマチンはオープンな構造であり、コヒーシンがDNAを束ねてループを形成すると考えられてきた(左)。実際には細胞の中ではユークロマチンは流動性を保ちつつも、凝縮した塊(ドメイン)を作っていた。また、コヒーシンはクロマチンドメインを固くし、混ざらないようにしていた(右)。
本研究の成果
本研究では、ユークロマチンに多いヒストンH3.3を蛍光標識し、1個1個のヌクレオソームの動きを追跡する1分子ヌクレオソームイメージングと、3D-SIM・STORMによる超解像観察を組み合わせました。その結果、ユークロマチンは核内で不規則な凝縮ドメインを形成し、その大きさはおおむね数百ナノメートルであることが分かりました。また、RNAポリメラーゼIIなどの転写装置やコヒーシンは、これらのドメイン表面や境界付近に多く局在していました。これは、「ユークロマチン=一様にオープンな構造をもつ」という従来の教科書のイメージを覆す発見です。
次に、コヒーシンを急速に分解すると、ユークロマチンドメインは凝縮したままでしたが、その中のヌクレオソームが流動的になりました。そして、近くのドメイン同士が局所的に混ざりやすくなりました。ゲノミクス解析やクロマチンの計算機シミュレーションもこの結果を支持しました。つまり、コヒーシンはユークロマチンをさらに凝縮させるのではなく、凝縮したドメインを固くし、混ざらないようにしていました。
加えて、コヒーシンを分解した細胞について、1細胞ごとの転写状態を解析したところ、個々の遺伝子の転写頻度が大きく変わらない場合でも、空間的に近い遺伝子同士が同時に転写される頻度が増加しました。このことから、コヒーシンは近接する遺伝子同士が同時に転写されにくい状態を保っていると考えられます。
今後の期待
コヒーシンの異常は発生疾患やがんと関係することが知られています。したがって、コヒーシンがクロマチンドメインの物理的なふるまいをどのように制御するのかを理解することは、疾患においてゲノム制御がどのように破綻するのかを理解する手がかりになると期待されます。
動画:https://www.youtube.com/watch?v=IqPWYaP2aiw
H3.3-Haloで標識した生きたヒト細胞のユークロマチンを、3D-SIMで撮影した動画。核内で、ユークロマチンが凝縮した構造を形成している様子が観察された。
用語解説
(1) ヒストン
ヌクレオソームの構成タンパク質であり、DNAの糸巻きの役割をする。H2A、H2B、 H3、 H4の4種類はコアヒストンと呼ばれている。H3.3はH3の一種であり、転写が活発な領域に存在する。
(2) 1分子ヌクレオソームイメージング
ヌクレオソームをまばらに蛍光標識し、生細胞内で一つ一つの位置と動きを追跡して、クロマチンの局所的な流動性や拘束を測る方法。
(3) 超解像蛍光顕微鏡
通常の光(可視光)を用いた顕微鏡で観察する場合は、200ナノメートル程度の大きさのモノをとらえるのが限界である(光の回折限界)。しかし、超解像蛍光顕微鏡はこの限界を超えて(超解像)、より小さな構造まで観察することができる。本研究では3D-SIMとSTORMでユークロマチンドメインを可視化した。
(4) コヒーシン
複数のタンパク質からなるリング状のタンパク質複合体。リング内にDNAをくわえることで姉妹染色分体をつなぐほか、DNAを束ねてループを形成してゲノムの三次元構造を作る。
研究体制と支援
本研究は以下の体制の国際共同研究として行われました。
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 島添將誠 大学院生(総合研究大学院大学(総研大)、日本学術振興会特別研究員DC1)、飯田史織 特任研究員(現 マックス・プランク分子生物医学研究所)、南克彦 特任研究員(現 ハーバード大学)、東光一 助教 (現 情報・システム機構 バイオ生成AI研究開発センター准教授)、田村佐知子 テクニカルスタッフ、仲里佳子 大学院生(総研大、日本学術振興会特別研究員DC2)、長田侑 大学院生(総研大)、鐘巻将人 教授、川口茜 助教、豊田敦 特任教授、黒川顕 教授、前島一博 教授、九州大学 小林芳明 助教、大川恭行 教授、落合博 教授、京都大学 藤城新 研究員、西山朋子 教授、笹井理生 研究員、米国クリーブランド・クリニック Le Xiong 研究員、Liangqi Xie グループリーダー、インド・ガンジー工科経営大学(GITAM)S. S. Ashwin 准教授、英国オックスフォード大学 Lothar Schermelleh 教授。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)および文部科学省科学研究費助成事業(JP20H05937、JP23K17398、JP24H00061、25K24664、JP22H00406、21H04767、JP25H02584、JP24H02326、JP23KJ0996、JP23KJ0998、JP24KJ1161、JP26KJ1223)、武田科学振興財団、JST CREST(JPMJCR23N3)、JST SPRING(JPMJSP2104)、情報・システム研究機構(ROIS)、九州大学Medical Research Center Initiative for High Depth Omics、文部科学省「共同利用・共同研究システム形成事業」のCooperative Research Project ProgramおよびCoalition of Universities for Research Excellence Program(CURE、JPMXP1323015486)、American Cancer Society Postdoctoral Fellowship(PF-25-1409973-01-PFMBB)、National Institutes of Health(NIH)(1DP2GM154017-01)、Mathers Foundation(MF-2207-02991)、American Cancer Society(DBG-22-112-01-DMC)、NIG-JOINT(15R2025、69A2024、42A2025)、ならびに九州大学生体防御医学研究所共同利用・共同研究拠点のCooperative Research Project Programの支援を受けました。先進ゲノム支援 (JP22H04925 (PAGS))のシークエンス・解析サポートを受けました。