2026.09.16
【プレスリリース】アデリーペンギンの巣立ち直後の生存に大きな地域差−衛星追跡によって明らかに−
【概要】
ペンギンを含む多くの海鳥では、幼鳥は巣立ちと同時に親から独立し、捕食者に襲われる危険を避けながら、自ら餌を探します。巣立ち直後の幼鳥は採餌や捕食者を避ける能力が未熟で、多くの種類で幼鳥期の生存率が成鳥よりも低いことが知られています。幼鳥の生存率は将来繁殖する個体の数を左右し、個体数の増減に大きく影響すると考えられます。このため幼鳥の巣立ち後の生存状況とそれに影響する要因を知ることは重要です。
南極に生息するアデリーペンギンの個体数動向は地域によって異なり、南極半島域では減少傾向にあります。同地域の先行研究では、巣立ち直後の幼鳥に衛星発信機を装着し、その発信機の信号の消失パターンから巣立ち後の生存状況を調べて、幼鳥の巣立ち直後の死亡率が著しく高いことを示唆しました。しかし、この巣立ち直後の高い死亡率が南極半島域に特有なのか、それとも他の地域でも共通してみられるのかは分かっていませんでした。また、巣立ち直後の死亡に関係する可能性のある幼鳥の潜水能力についても、十分に調べられていませんでした。
そこで本研究では、個体数が増加傾向にある東南極リュツォ・ホルム湾周辺で繁殖するアデリーペンギンの幼鳥に衛星発信機を装着し、南極半島域と同様に、発信機の信号消失から巣立ち後の生存状況を調べました。さらに、一部の個体に潜水データを記録できる衛星発信機を装着し、これまで調べられていなかった幼鳥の潜水能力の発達過程を調べました。
結果として、南極半島域の幼鳥では発信機の信号消失が巣立ち後10日間に集中するのに対し、リュツォ・ホルム湾の幼鳥では信号消失は緩やかに進行することがわかりました。さらに、得られた潜水記録から、幼鳥の潜水能力が巣立ち後10日ほどの間に急速に発達することが示されました。これらの結果は、アデリーペンギン幼鳥の巣立ち直後の生存状況に大きな地域差があることを初めて示すとともに、巣立ち直後の未発達な潜水能力が死亡リスクを高める一因となっている可能性を示唆しています。
本研究の結果は、アデリーペンギンの個体数動向に地域差が生じている要因のひとつとして幼鳥期の生存率が重要であることを示唆するものです。今後様々な地域で複数年の同時観測を行うことによって、幼鳥の生存状況に地域差が生じる要因を明らかにすることが期待されます。
【研究の背景】
親の給餌から独立し、自ら採餌を始める時期(幼鳥期)は、多くの海鳥の生活史において最も脆弱な段階の一つです。巣立ち直後の幼鳥は採餌や捕食者を避ける能力が未熟で、多くの種類で幼鳥期の生存率が成鳥よりも低いことが知られています。幼鳥の生存率は、将来繁殖する個体の数を左右し、個体数の増減にも影響するため、巣立ち後いつ、どこで死亡するのかを明らかにすることが重要です。
南極に生息するアデリーペンギンの長期的な個体数動向は地域によって異なることが知られています。南極半島域では、アデリーペンギンの個体数が減少傾向にあり、その一因として巣立ち後の幼鳥の生存率が低いことが指摘されています。実際に、南極半島域でアデリーペンギンを含むペンギン類3種の幼鳥に衛星発信機を装着し、発信機の信号消失から巣立ち後の生存状況を推定した先行研究では、巣立ち後数週間以内の幼鳥の死亡率が著しく高いことが示唆されています。一方で、巣立ち直後の幼鳥の高い死亡率は南極半島域に特有のものなのか、それとも他の地域の幼鳥でも共通してみられるのかは調べられていませんでした。また、巣立ち直後の死亡に関係する可能性のある幼鳥の潜水能力についても、十分に調べられていませんでした。
そこで本研究では、アデリーペンギンの個体数が増加傾向にある東南極のリュツォ・ホルム湾周辺の繁殖地で幼鳥に衛星発信機を装着し、南極半島域の先行研究と同様の手法を用いて巣立ち後の生存状況を調べました。そして、南極半島域の研究結果と比較することで、幼鳥の巣立ち後の生存状況に地域差があるのかを検証しました。さらに本研究では、一部の個体を対象に潜水データを記録できる衛星発信機を装着し、これまで調べられていなかった幼鳥の潜水能力の発達過程についても調べました。
【研究の成果】
調査は、東南極リュツォ・ホルム湾の鳥の巣湾にあるアデリーペンギンの繁殖地で行いました。巣立ち前の幼鳥18個体に衛星発信機を装着し、15個体から最長152日間の巣立ち後の位置情報を取得できました。このうち5個体からは、巣立ち後の潜水記録を併せて取得することができました。
衛星発信機の信号消失に基づいて、幼鳥の巣立ち後の生存状況を推定したところ、南極半島域の幼鳥では巣立ち後10日以内に約7割の発信機の信号が消失したのに対し、リュツォ・ホルム湾の幼鳥では発信機の信号消失は緩やかに進行し、南極半島では巣立ち後10日以内の生存率が極端に低いと考えられました(図1)。また、追跡期間中の幼鳥の死亡リスクを地域間で比較したところ、南極半島域の幼鳥の死亡リスクは、リュツォ・ホルム湾の幼鳥よりも約4倍高いことが示されました。これらの結果は、幼鳥の巣立ち直後の生存状況に大きな地域差があることを示しており、繁殖地周辺の捕食者の分布や海氷状況など、巣立ち後に幼鳥が経験する環境条件の違いと関連している可能性があります。さらに、リュツォ・ホルム湾の幼鳥5個体から取得した潜水記録から、幼鳥の最大潜水深度が巣立ち後日数の経過とともに増加することが分かりました(図2)。この結果は、幼鳥の潜水能力が巣立ち直後は十分に発達していないことを意味し、巣立ち直後の死亡リスクを高める要因の一つとなっている可能性を示唆しています。
図1. リュツォ・ホルム湾および南極半島域のアデリーペンギン幼鳥に装着した衛星発信機について、巣立ち後期間におけるKaplan–Meier生存曲線。実線は、生存している発信機の実際の割合を示す。網掛け部分は95%信頼区間を示す。南極半島域のデータは共著者から提供を受け、本研究と同様の手法で再整理した(Hinke et al. 2020 Biol. Lett. https://doi.org/10.1098/rsbl.2020.0645を参照)
図2. リュツォ・ホルム湾の幼鳥5個体における、巣立ち後日数と日ごとの最大潜水深度の関係。比較的長期間の潜水記録が得られた3個体については、最大潜水深度の時間変化を示すため、平滑化曲線を描画した。
【今後の展開】
本研究では、アデリーペンギン幼鳥の巣立ち直後の生存状況に大きな地域差があることを示しました。この成果は、アデリーペンギンの個体数動向に地域差が生じる要因のひとつとして幼鳥期の生存率が重要であることを示唆するものです。一方で、本研究で比較した2地域のデータは異なる年に取得されたものであり、リュツォ・ホルム湾における幼鳥の生存率の推定は、単年の調査結果に基づいています。そのため、幼鳥の巣立ち直後の生存状況の違いが地域差によるものなのか、あるいは年による環境条件の違いを反映しているのかを十分に切り分けることはできませんでした。今後様々な地域で複数年にわたって同時観測を行うことで、幼鳥の生存状況に地域差が生じる要因を明らかにすることが期待されます。
【論文情報】
【謝辞】
本研究は、日本南極地域観測隊(課題番号:AP1006)、JSPS科研費(課題番号:JP22H03737、JP22K18432、JP22K21355)、および南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)のCEMP Special Fundの支援を受けて実施されました。リュツォ・ホルム湾周辺での現地調査は第65次日本南極地域観測隊の支援により行われました。
【問い合わせ先】
研究内容に関すること
- 北川 達朗(総合研究大学院大学・先端学術研究院 極域科学コース 博士後期課程3年)
E-mail:kitagawa.tatsuro(at)nipr.ac.jp - 高橋 晃周(総合研究大学院大学・先端学術院極域科学コース/国立極地研究所 教授)
E-mail:atak(at)nipr.ac.jp
報道担当
- 国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係
電話:046-858-1629
電子メール:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp - 国立極地研究所 広報室
電話: 042-512-0655 FAX: 042-528-3105
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