2026.10.19
【プレスリリース】人工分子モーターをさらに高速、長距離、一方向に–粒子サイズと反応速度から導く設計指針をシミュレーションで提案–
【発表のポイント】
- 近年開発が進む「DNAナノ/マイクロ粒子モーター」は人工分子モーターの中では最速の運動速度(毎秒約30 nm)で動作しますが、自然界のリニアモータータンパク質の運動速度(毎秒100~1000 nm)にはまだ及ばず、さらなる性能向上・設計改善が求められています。
- 本研究では、粒子径100〜5000 nmのDNAナノ/マイクロ粒子モーターの運動を数理シミュレーションで再現し、運動速度、走行距離、運動一方向性を向上させる条件を提案しました。
- 本成果は、さらに高速・長距離・一方向に動作する人工分子モーターの設計指針となり、分子機械の動力源やセンシング技術への応用につながると期待されます。
【概要】
自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学の原島崇徳助教と飯野亮太教授は、表面にDNA修飾した微粒子がRNAを敷いた平面の上を転がって進む人工分子モーター「DNAナノ/マイクロ粒子モーター」の動きを数理シミュレーションで再現し、運動速度・走行距離・一方向性を決める要因を示しました。
このモーターは、粒子径100 nm(1 nmは10億分の1メートル)から5000 nmまで粒子径が50倍違っても毎秒約30 nmとほぼ同じ速度で運動する一方、大きい粒子ほど走行距離が長いことが実験で報告されていましたが、その理由は不明でした。研究グループは、DNAナノ/マイクロ粒子モーターの運動を再現するシミュレーションを用い、一時的な停止(ポーズ)と瞬間的な移動(ステップ)を繰り返しながら運動するポーズ・ステップ運動の解析によってその理由を解明しました。その結果、大きい粒子ほどステップ長は大きい一方、ポーズの時間も長くなり、両者が打ち消し合うため運動速度は粒子径にほとんど依存しないことが分かりました。一方、大きな粒子ほど基板との結合数が多いため脱離しにくく、走行距離が長くなることに加え、ステップ方向が前方にそろいやすくなることで運動一方向性も高くなることが分かりました。また、粒子のサイズは運動速度にほぼ影響しない一方で、運動にかかわる生化学反応の速度を仮想的に10倍増加させると、運動速度は毎秒約200 nmを超えることがシミュレーションから予測されました。本研究で示したDNAナノ/マイクロ粒子モーターの設計指針は、将来の微小デバイスやセンシング技術に応用される高性能な人工分子モーターを開発するための重要な基盤となります。
本研究成果は、2026年9月29日付で学術誌「Biophysical Journal」にオンライン公開されました。
1. 研究の背景
私たちの体の中では、ミオシンやキネシンなどの「モータータンパク質(注1)」が、化学エネルギーを使って筋肉の収縮や、細胞内での物資輸送を担っています。これらのモータータンパク質は、周りの水分子にぶつかられてランダムに揺れ動く「ブラウン運動(注2)」を一方向の動きに整流する仕組みを持っています。
これらの生体の分子モーターに倣い、人工的に分子モーターを設計する研究が近年進められています。モータータンパク質に匹敵する性能を実現可能な人工分子モーターとして有望視されているのが、本研究の対象である「DNAナノ/マイクロ粒子モーター」(図1)です。DNAナノ/マイクロ粒子モーターは表面に多数の「DNA(注3)」が修飾された微粒子で、レールとなるRNAを修飾した基板表面上を転がって運動します。粒子上のDNAは基板上のRNAと二重らせん構造の形成によって結合します。続いて、溶液中のRNA分解酵素(RNase H)がDNAと結びついたRNAを切断することで基板との結合数を減少させます。結合数の減少に伴って粒子はブラウン運動によって転がり、その先でDNAが新たなRNAと結合します。粒子が通った跡のRNAは分解されて二度と結合できないため、その結果、粒子の運動は未分解のRNAが多く残る前方へ偏ります。このように、通った足場を分解して後戻りを防ぐことで運動の一方向性を得る仕組みを「バーントブリッジ・ブラウニアンラチェット(BBR)(注4)」と呼びます。
DNAナノ/マイクロ粒子モーターは、ナノ/マイクロサイズの微粒子上にDNA(水色)を高密度に修飾することで作製される。モーターは基板表面上に修飾したRNAのレールと結合・分解を繰り返しながら前進する(模型では分解前のRNAをオレンジ色、分解後を赤色で示した)。模型製作:分子研装置開発室, 松尾純一
原島らを含む複数の研究グループの先行研究によって、粒子径100~5000 nmの広いサイズスケールでDNAナノ/マイクロ粒子モーターが動作することが分かっており、さらにその運動速度はいずれも毎秒約30 nm(1時間に約0.1 mm)でほとんど変わらないことが示されています。一方、モーターがレール表面から完全に脱離するまでに持続的に運動する距離(走行距離)は、粒子径が大きい粒子ほど長くなることが分かっていました。しかし、これらの運動性能の指標ごとに異なる粒子径の非依存性、依存性が生じる原理については明らかになっていませんでした。
2. 研究の成果
本研究では、運動速度・走行距離・運動一方向性、それぞれの運動性能の粒子径依存性の起源を数理シミュレーションによって解明しました(図2左)。研究グループは、①DNAとRNAの二重鎖形成、②RNA分解酵素の結合、③RNAの切断の3段階の生化学反応モデルと、二重鎖の配置に依存した粒子のブラウン運動の幾何学モデルを組み合わせた数理シミュレーションを用いて、粒子径100、500、1000、5000 nmの粒子の運動を再現しました。さらに、再現された運動を、運動素過程である一時停止(ポーズ)と瞬間的な移動(ステップ)に分解して解析することで、粒子径による各運動性能の違いを運動素過程にまで遡って評価しました(図2右)。
シミュレーション上の赤色マスは切断されたRNA、灰色マスはまだ切断されていないRNAに対応する。粒子の重心の軌跡(右上段, 黒の線)を一時停止(ポーズ, 緑の点)と瞬間的な移動(ステップ, ピンクの線)に分解して解析した(右下段)。
まず、運動速度が粒子径にほとんど依存しない理由を明らかにするため、次のステップまでにかかる時間(ポーズ時間)と一回のステップで移動する距離(ステップ長)を解析しました。シミュレーションの結果、粒子径が大きくなるほど、ステップ長が増加する一方、ポーズ時間も長くなることが分かりました(図3)。これは、大きな粒子ほど多数のRNAと同時に結合するため、粒子が次のステップへ移るためには、より多くのRNAを切断して粒子の動きを拘束する結合を減らす必要があるためです。粒子径の増加に伴うステップ長の増加とポーズ時間の増加が互いに相殺される結果として、粒子径が100~5000 nmの広いサイズスケールで運動速度はほぼ一定に保たれることが明らかとなりました。
次に、走行距離の粒子径依存性を解析しました。その結果、大きな粒子ほど基板から脱離しにくくなり、走行距離が長くなることが分かりました。これは、大きな粒子では、粒子と基板の間に同時に形成されるDNA/RNA二重鎖の数が多いため、二重鎖が偶然すべて切断されることによる確率的な脱離が相対的に起こりにくくなるためです。
さらに、本研究は運動の一方向性についても評価しました。連続するステップの進行方向を解析した結果、小さな粒子ではステップ方向に大きなばらつきが見られる一方、粒子径が大きくなるほどステップ方向が前方に強く偏り、運動一方向性が高くなることが分かりました。その原因の一つは、大きな粒子ほど通過した場所のRNAを高効率で切断することで後退運動がより強く抑制されるためです。もう一つの要因として、大きな粒子では多数のDNA/RNA二重鎖が形成されるため、ステップ時の結合点の重心が前方に偏りやすいことも高い運動一方向性に寄与することがわかりました。
運動速度は粒子径にほぼ依存しなかった一方で、運動に関わる生化学反応の速度には強く依存することが分かりました。モーターの運動にかかわる反応速度をすべて仮想的に10倍にしたところ、粒子径100~5000 nmのすべての粒子で毎秒200 nmを超える運動速度が得られると予測されました。ただしこの高速条件下では、大きな粒子では一回のステップに必要な回転拡散(注5)の時間がポーズ時間に対して無視できなくなることも分かりました。この結果から、反応を高速化するほど、大きな粒子では回転拡散の影響を受けやすく、小さな粒子ほど高速化の余地が大きいことが示されました。
3. 今後の展開・この研究の社会的意義
本研究では、DNAナノ/マイクロ粒子モーターの運動速度、走行距離、運動一方向性を決める要因を、粒子径、多価結合、生化学反応の速度という観点から明らかにし、性能向上に向けた具体的な設計指針を示しました。一方、今回得られた結果は数理シミュレーションによる予測であり、特に生化学反応を高速化した場合に毎秒200 nmを超える運動速度が得られるという予測については、今後の実験による検証が必要です。その実現に向けては、DNA/RNA配列の最適化や、より高速に反応する酵素の利用・開発が重要になると考えられます。さらに、球状粒子だけでなく棒状粒子を用いることや、細長いレール上に運動を制限するなど、モーターやレールの幾何学的な設計を工夫することで、より速く、長距離を、高い一方向性で運動する人工分子モーターの実現も期待されます。
人工分子モーターは将来、ナノメートルからマイクロメートルサイズの微小な機械や装置を動かす動力源として期待されています。また、先行研究では、DNAナノ/マイクロ粒子モーターの動きの変化を利用して遺伝子の1塩基の違いを検出する試みや、新型コロナウイルスを検出する取り組みも報告されています。本研究で得られた「目的に応じて粒子の大きさや反応速度をどう選ぶか」という知見は、高性能な人工分子モーターや、それを利用した微小デバイス・センシング技術を設計するための基礎になると期待されます。
4.用語解説
注1 モータータンパク質:タンパク質により構成される分子モーター。ATP分子(アデノシン三リン酸:生体内のエネルギー源となる分子)の分解に伴う化学エネルギーを運動エネルギーに変換し、一方向性運動を実現する。
注2 ブラウン運動:液体中の分子や粒子が、周りの分子と絶えず衝突することで、ランダムに揺れ動く現象。分子モーターは、この揺らぎを一方向の動きに変換して進み、DNAナノ/マイクロ粒子モーターもブラウン運動によってレール表面上を転がりながら進行する。
注3 DNA(デオキシリボ核酸)分子:アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の塩基、糖、リン酸から構成され、塩基配列(A、T、G、Cの並び方)に生体内の遺伝情報が内包される生体分子。塩基間の相補的な水素結合により、二重らせん構造を形成する。
注4 バーントブリッジ・ブラウニアンラチェット(BBR):レール分子を燃料として分解することにより、退路を断ちながらブラウン運動で前進する分子モーターの動作機構。退路を断つことにより後退運動を抑制し、本来方向性を持たないランダムなブラウン運動を前進方向に整流する。「燃やされる橋(burnt bridge)」と、動きを一方向にそろえる「歯止め(ラチェット)」に由来する。
注5 回転拡散:ブラウン運動による粒子のランダムな回転。回転拡散の速度は粒子の半径の3乗に反比例し、大きい粒子ほど回転が遅くなる。
5. 論文情報
6. 研究グループ
- 自然科学研究機構 分子科学研究所
7. 研究サポート
本研究は、以下の研究資金による支援を受けて行われました。
• 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」(課題番号 JP24H01732、原島)
• 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「分子サイバネティクス」(課題番号 JP23H04434、飯野)
• 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「確率駆動化学:確率変動をエネルギーとする化学エンジンの学理と機能創出」(課題番号 JP26K00016、原島)
• 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究(課題番号 JP23K13645、原島)
• 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP26K22703、飯野)
• 科学技術振興機構(JST)ACT-X「生命と情報」(課題番号 JPMJAX24LE、原島)
• 自然科学研究機構 OPEN MIX LAB(OML)公募研究プログラム(OMLプロジェクト)(NINS program No. OML022501、OML022601、原島)
• 公益財団法人 日比科学技術振興財団(原島)
• 公益財団法人 立松財団(原島)
8. 研究に関するお問い合わせ先
- 原島崇徳(はらしま たかのり)
分子科学研究所 / 総合研究大学院大学 助教
TEL:0564-59-5234
E-mail:harashima(at)ims.ac.jp - 飯野亮太(いいの りょうた)
分子科学研究所 / 総合研究大学院大学 教授
TEL:0564-59-5230
E-mail:iino(at)ims.ac.jp
9. 報道担当
- 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail:press(at)ims.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
(at)を@に変更して送信してください。