2026.10.30
【プレスリリース】異なる転写システムが核内の異なる領域でクロマチンの動きを制御する ― 機械学習を用いた生細胞イメージングで明らかに ―
概要
細胞核の中で、DNAはヒストンタンパク質に巻きついてヌクレオソームを形成し、クロマチン(1)として収納されています。クロマチンは静的な構造ではなく、ヌクレオソームは生きた細胞の中で絶えず動いています。しかし、転写が核内の異なるクロマチン領域の動きにどのような影響を与えるのかは、分かっていませんでした。
このたび、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の南克彦 特任研究員 (元 総合研究大学院大学(総研大)大学院生、現 米ハーバード大学)、仲里佳子 大学院生(総研大、日本学術振興会特別研究員DC2)、清水開 大学院生 (総研大)、田村佐知子 テクニカルスタッフ、前島一博 教授らの研究グループは、東京科学大学の木村宏 教授、インド・GITAM大学のS. S. Ashwin准教授と共同で、機械学習を導入したRepli-Histo標識法(2)と1分子ヌクレオソームイメージング(3)を組み合わせ、生きたヒト細胞で異なるクロマチンクラスの動きを解析しました。
その結果、RNAポリメラーゼII(Pol II)(4)による転写は、ユークロマチン(5)と核小体(6)周辺のヘテロクロマチンのヌクレオソームの動きを抑える一方、核膜周辺のヘテロクロマチンにはほとんど影響しないことが分かりました。これに対して、RNAポリメラーゼI(Pol I)による転写は、核小体周辺のクラスIIIヘテロクロマチンの動きを選択的に抑えていました。
本研究は、転写がクロマチン全体に一様に作用するのではなく、クロマチンの種類と核内での位置に応じて、その物理的なふるまいを異なる形で制御していることを明らかにしました。
成果掲載誌
本研究成果は、国際科学雑誌「Cell Reports」に掲載されました。
研究の詳細
研究の背景
私たちの体を構成する細胞の核には、全長約2メートルにも及ぶゲノムDNAが収納されています。DNAはヒストンタンパク質に巻きついて「ヌクレオソーム」を形成し、さらにさまざまなタンパク質やRNAとともに「クロマチン」を構成しています。
クロマチンは一般に、遺伝情報の読み出し(転写)が活発な「ユークロマチン」と、比較的転写が抑えられた「ヘテロクロマチン」に分類されます。しかし、クロマチンは固定された構造ではありません。生きた細胞の中では、ヌクレオソームは絶えず揺らぎながら動いており、この動きはゲノムの物理的な組織化や機能と密接に関係しています。前島教授らの研究グループはこれまで、転写がクロマチンの動きを抑えることを明らかにしてきました。しかし、この作用が核全体で同じなのか、それともクロマチンの種類や核内の場所によって異なるのかは明らかではありませんでした。
Repli-Histo標識による核内画像を機械学習で解析し、クロマチンをユークロマチン(クラス IA、IB)からヘテロクロマチン(クラス II、III)まで4つのクラスに分類した。さらに、各クラスで1分子ヌクレオソームイメージングを行い、ヌクレオソームの動きを解析した。
本研究の成果
研究グループはまず、以前に開発した「Repli-Histo標識法」を用いました。この方法はDNA複製のタイミングを利用することで、クロマチンをユークロマチンに相当するクラス IA、IBと、ヘテロクロマチンに相当するクラス II、IIIの4つのクラスに分け、生きた細胞内で可視化する方法です (図1中央)。
(論文はこちら: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adu8400 )
今回、このRepli-Histo標識パターンを客観的に分類するため、機械学習による画像分類を導入しました。さらに、ヌクレオソーム1個1個を追跡する1分子ヌクレオソームイメージングを組み合わせ、それぞれのクロマチンクラスにおけるヌクレオソームの動きを直接観察しました (図1右)。この解析により、ユークロマチンからヘテロクロマチンに向かうにつれて、ヌクレオソームの動きが次第に強く抑えられていることを確認しました。
次に、遺伝子の転写を担うRNAポリメラーゼの働きを阻害し、それぞれのクロマチン領域の動きがどのように変化するかを調べました (図2)。多くのタンパク質をコードする遺伝子の転写を担うRNA Pol IIを3種類の異なる阻害剤で阻害すると、ユークロマチン(クラス IA、IB)のヌクレオソームの動きが増加しました。さらに、核小体周辺のヘテロクロマチン(クラスII、III)でも動きが増加しました。一方、核膜周辺のヘテロクロマチン(クラスII、III)ではほとんど変化が見られませんでした。
これに対して、主に核小体でリボソームRNAを転写するRNA Pol Iを阻害すると、Pol II阻害とは異なる応答が見られました(図2)。Pol I阻害ではクロマチン全体の動きが増加することはなく、核小体周辺に存在するクラス IIIヘテロクロマチンのヌクレオソームの動きが選択的に増加しました。
これらの結果から、Pol IIとPol Iによる転写は、それぞれ異なるクロマチンクラスと核内領域に物理的な制約を与えていることが明らかになりました。
Pol II阻害では、ユークロマチン(クラス IA、IB)と核小体周辺のヘテロクロマチンでヌクレオソームの動きが増加したが、核膜周辺のヘテロクロマチンでは変化しなかった。一方、Pol I阻害では、核小体周辺のクラスIIIヘテロクロマチンで選択的にヌクレオソームの動きが増加した。これらの結果は、Pol IとPol IIによる転写が、異なるクロマチンクラスと核内領域の動きをそれぞれ制御していることを示す。
今後の期待
本研究から、転写は単純に核全体のクロマチンを一様に制御するのではなく、クロマチンの種類と核内での位置に応じて、その動きを異なる形で制御していることが分かりました。
特に、核小体周辺のヘテロクロマチンが均一ではなく、Pol IIとPol Iによる転写が異なるクロマチンクラスの動きを制御していることは、核小体周辺が複数の転写システムによって形成される特徴的なクロマチン環境であることを示しています。
今回開発した機械学習を用いたRepli-Histo標識と1分子ヌクレオソームイメージングの組み合わせにより、今後、転写だけでなく、さまざまな核内機能が特定のクロマチン領域の物理的なふるまいをどのように制御しているのかを調べることが可能になると思われます。さらに、転写や核小体機能の異常は、がんをはじめとするさまざまな疾患と関係することが知られています。今回明らかになった転写依存的なクロマチン運動制御の仕組みをさらに理解することで、疾患細胞において核内クロマチンの物理的な状態がどのように変化するのかを明らかにする手がかりになると期待されます。
動画:https://youtu.be/mg2a7kJCrRo
Repli-Histoで標識した生きたヒト細胞のクラス1Aクロマチン(左)と個々のヌクレオソームの動き(右)。1個1個のヌクレオソームが揺らいでいる。
用語解説
(1)クロマチン
ゲノムDNAがヒストンタンパク質に巻きついて形成するヌクレオソームと、そこに結合するさまざまなタンパク質やRNAからなる複合体。
(2)Repli-Histo標識
DNA複製のタイミングを利用し、新しく取り込まれるヒストンを蛍光標識することで、生きた細胞内の異なるクロマチン領域を可視化する方法。
(3)1分子ヌクレオソームイメージング
ヒストンを非常に低い密度で蛍光標識することで、生きた細胞内で個々のヌクレオソームの位置と動きを直接追跡する方法。
(4)RNAポリメラーゼ(Pol) I・II
DNAの遺伝情報をRNAへ読み出す(転写する)酵素。RNA Pol Iは主に核小体でリボソームRNAを転写し、RNA Pol IIは主にタンパク質をコードする遺伝子を転写する。
(5)ユークロマチン・ヘテロクロマチン
一般に、遺伝情報の読み出し(転写)が活発なクロマチン領域をユークロマチン、比較的転写が抑えられた領域をヘテロクロマチンと呼ぶ。
(6)核小体
細胞核内に存在する膜をもたない構造体(液滴)で、主にリボソームRNA(rRNA)の転写やリボソームの組み立てが行われる場所。RNAポリメラーゼIによるrRNA転写が活発に行われている。
研究体制と支援
本研究は、国立遺伝学研究所・ゲノムダイナミクス研究室の南克彦、仲里佳子、清水開、田村佐知子、前島一博のグループ、東京科学大学の木村宏教授、インド・GITAM UniversityのS. S. Ashwin准教授との国際共同研究として行われました。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)および文部科学省科研費(JP22H04925(PAGS)、JP24H00061、JP25K24664)、武田科学振興財団、JST SPRING(JPMJSP2104)、日本学術振興会特別研究員制度(JP23KJ0998、JP26KJ1223)、日本学術振興会海外特別研究員制度、山田科学振興財団の支援を受けて行われました。先進ゲノム支援 (JP22H04925 (PAGS))のシークエンス・解析サポートを受けました。