2026.04.06
【プレスリリース】魚の“助け合い子育て”は何度も進化していた―アフリカの古代湖シクリッドで小型化と少産化が社会の複雑性に関与―
概要
協同繁殖とは、親以外の個体も子育てに参加し、グループで生活する社会システムのことです。協同繁殖は鳥類や哺乳類でよく研究されていますが、魚類での種間比較研究は限られており、どのような条件で進化するのかはよく分かっていませんでした。京都大学 白眉センター(大学院理学研究科 動物生態学研究室兼任)佐藤 駿 特定助教と大阪公立大学大学院理学研究科 奥野 聖也 助教を中心とした研究チームは、アフリカの古代湖であるタンガニイカ湖に生息するランプロログス族シクリッド73種を対象に、最新の系統樹と野外・文献データを用いた系統種間比較解析を行いました。その結果、協同繁殖は単一の祖先から一度だけ生じたのではなく、複数回(少なくとも7回)独立に進化していたことが明らかになりました。さらに、協同繁殖種は非協同繁殖種に比べて、体が小さく、産卵数が少ない傾向が示されました。これらの結果は、小型で捕食されやすい種ほど、グループを作り、個体同士が協力して巣や縄張りを維持し、子を守る仕組み(協同繁殖)を進化させやすいこと、そしてその後の生活史進化として少産化が生じた可能性を示しています。
本研究成果は、2026年3月10日に国際学術誌「Communications Biology」にオンライン掲載されました。
1.背景
我々人類の社会のように、複雑で協力的な社会がなぜ進化するのかという問いは、進化生物学における重要かつ長年の課題です。そのような動物の複雑で協力的な社会の一例が協同繁殖です。協同繁殖とは、親以外の個体も子育てに参加し、グループで生活する社会システムのことです。これは、鳥類・哺乳類・魚類など、さまざまな動物で独立に進化したことが知られています。しかし、どのような社会生態的条件のもとで協同繁殖が進化してきたのかについては、分類群ごとに結果が一致しておらず、一般的な理解には至っていません。魚類では、これまでに知られている協同繁殖種のほとんどが、アフリカの古代湖であるタンガニイカ湖(※用語解説1)に生息する、固有のカワスズメ科魚類ランプロロギニ族(※用語解説2)です。ランプロロギニ族の協同繁殖種では、子育てを手伝う「ヘルパー」が、巣に侵入する稚魚捕食者を追い払ったり、シェルターを掃除したり、卵に水を送ったりするなど、子の生存に関わるさまざまな行動を担うことがあります。一方で、鳥類や哺乳類に比べると、ランプロロギニ族を対象とした種間比較研究は少なく、協同繁殖の進化をより一般化して理解するためには、魚類における系統種間比較研究の蓄積が必要とされてきました。そこで本研究では、ランプロロギニ族において協同繁殖がどのように進化してきたのか、そしてその進化が生活史形質にどのような変化をもたらしたのかを明らかにするため、文献調査・野外調査・系統種間比較法(※用語解説3)を組み合わせて解析を行いました。
2. 研究手法・成果
研究グループは、タンガニイカ湖固有のランプロロギニ族シクリッド73種について、分子系統樹を用いた祖先状態復元により、協同繁殖が何回進化したかを推定しました。その結果、最初の協同繁殖種は約400万年前に出現し、協同繁殖は少なくとも7回独立に進化したことが示唆されました(主解析では8–11回、中央値9回)。
次に、野外調査(生活史形質データの収集および捕食者の胃内容物調査)と文献情報を用いて、体サイズ・産卵数・卵サイズ・繁殖環境に関するデータを収集し、系統情報を考慮した統計モデル(ベイジアン系統混合モデル/系統一般化線形モデル)により、協同繁殖との関連を検証しました。
その結果、協同繁殖種は非協同繁殖種に比べて、体サイズが小さく、1回の産卵数(クラッチサイズ)が少ないことが示されました。また、捕食圧との関連を検討する補助的証拠として、捕食魚の胃内容物解析も行いました。その結果、被食魚の多くは一貫して小型のシクリッド(標準体長50 mm未満、最大でも約90 mm)であり、小型魚ほど捕食されやすい傾向が確認されました。こうした被食サイズの範囲は、協同繁殖種の体サイズ帯と概ね重なっていました。
さらに、系統パス解析によって進化的な因果仮説を検討した結果、小型であること(捕食リスクと関連する可能性のある形質)が協同繁殖の進化を促進し、協同繁殖への移行が少産化を促進する、というシナリオが支持されました。すなわち、小型で捕食されやすい種ほど、個体同士が協力して巣やなわばりを維持し、子を守る仕組み(協同繁殖)を進化させ、グループ生活の制約の結果として産卵数の減少が起きたことが示唆されました。
3.波及効果、今後の予定
本研究は、魚類における協同繁殖の進化について、社会システムの進化と生活史形質の進化を統合して示した数少ない種間比較研究の成果です。とくに、小型化(捕食リスクとの関連)、協同繁殖の成立、そしてグループ生活に伴う制約による産卵数の減少という進化の流れを示したことで、複雑な社会の進化を駆動する生態要因と、その後に起こる生活史進化の関係に新たな視点を提示できたと考えています。さらに、鳥類・哺乳類中心だった協同繁殖研究に対して、魚類の視点から進化学的な一般性について、新たに問い直すための基盤となる成果になったとも考えています。
一方で、本研究で提案した、捕食圧が駆動するランプロロギニ族の協同繁殖進化プロセスは、まだ仮説の域を出ない部分もあります。我々人間を含む動物社会の複雑化プロセスの検証は、様々な手法や自然史の知見との統合によって、さらに大きく発展していくと思われます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(19K23765, 20J01170, 21K06346, 23KK0131, 25K02309, 20J13379, 19H03306, 20K20630, 20KK0168, 23H03868 ほか)とスイス国立科学基金 SNSF(31003A_166470, 310030_185021)の支援を受け、大阪公立大学・総合研究大学院大学・Manchester Metropolitan University・琉球大学・北海道大学との共同研究として実施されました。
<用語解説>
1. タンガニイカ湖:
東アフリカに位置する構造湖・古代湖。湖岸は、今回調査を行ったザンビア共和国・タンザニア連合共和国・コンゴ民主共和国・ブルンジ共和国に跨り、面積は32,900 km2ほど。
2. カワスズメ科魚類(シクリッド):
アフリカ大陸・中央、南アメリカ・アジアの一部に広く生息する魚類。すべての種で子育て行動が報告されている。タンガニイカ湖には現在、数種の祖先系統から種分化したシクリッドの固有種が約250種報告されている。
3. 系統種間比較法:
生物の形質を比較するときに、「どの種がどの種と近縁であるか(系統的つながり)」を数理的に考慮して行う統計解析手法。本研究で使用された祖先状態復元・ベイジアン系統混合モデル・系統一般化線形モデル・系統パス解析など様々な手法が開発されている。
<研究者のコメント>
本当に苦労の多かった研究で、構想とデータ収集を始めてから、こうして論文として発表できるまでに10年近くかかりました。地道な野外調査とサンプリングを重ね、停電で明かりもない中、懐中電灯を口にくわえて卵の数を数えた日々は、今でも忘れられません。また、この研究は多くの方々と、長年の自然史的知見の蓄積に支えられて実現したものでもあります。どれほど興味深い現象を見つけても、その種が記載され、どこに生息し、どのような生態をもつのかが分からなければ、研究として十分に位置づけることはできません。京都大学で結成されたタンガニイカ湖日本人調査隊は、60年以上にわたり、固有魚類の多様性・生態・行動に関する研究を続けてきました。こうした先人たちの長年にわたる地道な知見の蓄積の上に、グループで繁殖する魚類という非常にユニークな進化をめぐる研究を今回ひとつの論文としてまとめることができました。(佐藤 駿)
<論文タイトルと著者>
<研究に関するお問い合わせ先>
- 佐藤 駿 (さとう しゅん)
京都大学白眉センター 生物科学科 動物生態学研究室・特定助教
TEL:080-1049-7603
E-mail:symphysodondiscus(at)icloud.com
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<報道に関するお問い合わせ先>
- 京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail: comms(at)mail2.adm.kyoto-u.ac.jp - 大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834
E-mail: koho-list(at)ml.omu.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
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