2026.08.25
【プレスリリース】「天下の台所」の食生活―古歯石プロテオミクスが明らかにした江戸時代の大阪庶民の多様な食事内容―
図1. 大深町遺跡(梅田墓)出土古人骨の歯と、歯に付着した歯石の一例。
歯の表面に盛り上がって付着した暗色のザラザラした塊が歯石。
【概要】
- 総合研究大学院大学の福原瑶子大学院生、青森公立大学の長岡朋人教授、九州大学の蔦谷匠准教授などの研究チームは、歯石(図1)に含まれる古代タンパク質を分析することで、江戸時代の大阪の庶民の食事内容の一部を明らかにしました。
- 「梅田墓」から出土した8個体の歯石から、17種類の食物に由来する38種類の食物タンパク質が検出されました。
- 真鯛、鮭の仲間、陸上動物、綿などのさまざまな食物の摂取が確認されました。比較的貧しい庶民でありながらも、経済的・社会的に多様な由来を持つ食物にアクセスしていたことがわかりました。
- 「天下の台所」と呼ばれ、各地から集まる多様な食物の流通のハブとなっていた当時の大阪の社会・経済的な特徴を反映した結果であると考えられます。
【研究の背景】
江戸時代の人たちが何を食べていたかはよく調べられています。当時の料理本や日記が残されているだけでなく、遺跡から出てくる廃棄された食べ物の残りかす(骨など)を調べることもできます。古人骨を構成する元素(安定同位体)を調べることで大まかな食物カテゴリーもわかります(注1)。しかし、こうした手法をもってしても、個人個人が食物の品目レベルで何を食べていたのかということは調べるのが難しいのが現状です。書物や遺跡出土の動物骨から、都市全体に供給されていた食物がわかったとしても、経済水準や社会的立場が異なる個人個人が等しくそうした食物のすべてにアクセスできていたとは限りません。
最近、過去に生きたひとりひとりの摂取していた食物を品目レベルで復元できる新たな対象として、歯石が注目されています。歯石とは歯についた汚れ(歯垢)がミネラル化して固着したものです。現代では歯医者さんに行けば歯石は取り除かれますが、過去にはきちんと取り除かれずに古人骨の歯に沈着し、遺跡からもそのまま出てきます(注2)。この歯石には、口の中に入ってきた食べ物の残渣が閉じ込められることがわかっています。古人骨に付着した古歯石に含まれる昔のタンパク質を現代の科学技術 (プロテオミクス)を用いて分析することで、その人が生前に食べていた食べ物が何だったかを品目レベルで明らかにできるのです。
私たちはこの古歯石プロテオミクスの手法を応用し、江戸時代の大阪の庶民の食べ物を品目レベルで明らかにしました。当時の大阪は「天下の台所」と呼ばれるほどの物流の中心で、各地から多様な食材が集まってきたことはよく知られています。しかし、庶民がその多様な食材を実際どれだけ口にできていたかは、歴史文献や骨の研究からだけではよくわかりません。江戸時代の大阪の庶民の食べ物を詳細に調べることで、当時の都市の食の実態の一端を明らかにすることを目指しました。
【研究の成果】
JR大阪駅北側の通称「うめきた」地域の再開発にともなって、「大坂七墓」のひとつである江戸時代(特に幕末期)の共同墓地「梅田墓」(大深町遺跡OC19-1)が発見され、ここからは2千体以上の古人骨が出土しています(図2)。この古人骨は庶民のなかでも社会・経済的な階層が比較的低い人たちだったと考えられています。本研究では、このなかから合計8個体の成人(女性と男性それぞれ4個体)を選び出し、骨の安定同位体比から大まかな食性を調べ、歯石に含まれる古代タンパク質から詳細な食品目の摂取を調べました(図3)。
図2. 「梅田墓」発掘時の写真。
出典:『大深町遺跡発掘調査報告』Ⅱ 扉写真「梅田墓墓地全景(北から)」
図3. 歯石のサンプリングの様子。
(旧)大阪市文化財協会の東淀川事務所にて歯石を採取した。
食資源が大まかにどのような食物カテゴリーから得られているかを明らかにできる安定同位体分析を実施したところ、これらの8個体は江戸時代の都市居住民として典型的な値を示し、また陸上植物と海産物を主な食資源としていたことが示唆されました。しかし、安定同位体分析ではこれ以上解像度の高い食事の情報を明らかにすることはできません。
摂取食物を品目レベルで詳細に明らかにできる歯石プロテオミクスでは、魚種・陸上植物・ヒト以外の陸生・海洋動物由来のタンパク質が同定されました。この中で最も同定数が多かったのは魚種由来のタンパク質でした。同定された魚種は9種類に及び、ウシノシタ科といった現在でも大阪や瀬戸内海地域で食される魚種も認められました。この中で分析個体から最も広く同定されたのは真鯛(タイ科)由来のタンパク質です(図4)。真鯛の骨格筋に含まれるタンパク質も同定されました。江戸時代の文献から、真鯛は数ある魚の中でも高級魚の一つとして位置づけられていました。しかし、遺跡から出てくる廃棄された魚の骨を調べてみると、近世大阪の庶民の居住地である町屋跡からも真鯛(タイ科)の骨が出土しています(注3)。さらに大阪府の漁業の変遷を網羅的にまとめた『大阪府漁業史』によれば、真鯛は西日本を中心に近世大阪へ運搬されていました(注4)。したがって、近世大阪では市場流通の発達によって庶民層にも真鯛を食べる機会があったと推察されます。
加えて、一部の個体からは鮭類のタンパク質も見つかりました(図4)。鮭類は通常、大阪湾に自然に生息している魚ではありません。この時代、近世大阪には日本海側を通る海運航路によって遠く離れた場所の食べ物も運ばれていました。鮭類もその一つです。したがって、歯石からサケ科由来のタンパク質が同定されたことは、庶民層も遠く離れた地域の食品にアクセスできていた証拠となります。さらに、一部の個体からは金魚のタンパク質も検出されました。金魚が食用だったという歴史文献の証拠もあります。しかし、タンパク質配列がデータベースに登録されていないフナ属の魚が誤って「金魚」として検出された可能性もあるため、断定的な結果ではありません。
図4. 近世の大阪の庶民層の歯石から同定された魚由来タンパク質の構成。
近世の日本では、仏教と汚れの概念から陸上四足獣の肉食が禁忌とされていたとよく言われています。しかしながら、今回の結果では、分析した8個体中4個体の歯石から、ヒト以外の陸生・海洋哺乳類に由来するタンパク質が同定されました(図5)。歴史文献や遺跡で廃棄された動物骨を調査した研究から、肉食は、「薬食い」という名前のもとで、野生動物を中心に社会的に受け入れられていたことが示されています。江戸時代後期の風俗誌である『守貞漫稿』にも、近世の大阪で鹿肉の販売が行われた記録があります。本研究における歯石のプロテオミクスの結果は、近世の大阪に暮らしていた分析対象者が陸上四足獣の肉を食べていたという直接的な証拠を示すものです。
図5. 近世の大阪の庶民層の歯石から同定された植物およびヒト以外の哺乳類由来タンパク質の構成。
同定された食物由来タンパク質の中には、通常は食用とされない、ワタ属の種子に由来するタンパク質が含まれました。ワタ属の種子は通常、毒物を含むため、種子を食べることは基本的にありません。しかし、綿実油といって、食用の油を作ることは可能です。近世の大阪の周辺地域では綿花栽培が盛んで、その副産物である綿実油も多く作られていました。綿実油は生活用の油として使用されていたため、この油を口にした可能性が考えられます。
「梅田墓」に埋葬された近世の大阪の庶民の歯石プロテオミクスの結果、多様な食品目が同定されました。これは、今回の分析8個体においては、個人レベルで多様な食資源にアクセスできていたことを示すものです。加えて、同定された食資源には、大阪近海には通常生息していない、遠隔地の魚も含まれていました。つまり、比較的貧しい庶民でありながらも、経済的・社会的に多様な由来を持つ食物にアクセスしていたことがわかりました。本研究の結果は、近世の大阪では、多様な食材が都市に流通し、その一部が庶民の食生活にも届いていたことを示唆しています。これは、「天下の台所」と呼ばれ、各地から集まる多様な食物の流通のハブとなっていた当時の大阪の特徴を反映した結果であると考えられます。近世の大阪の経済的・物流的な豊かさが多様な食品目を供給し、庶民層もその恩恵を受けていたと推察されます。
【今後の展開】
今回の研究によって、江戸時代の大阪に暮らしていた、比較的貧しい庶民の食生活の一端が明らかになりました。ただし、分析した8個体は、当時大阪に住んでいた数十万の人びとや、「梅田墓」から出土した2千体以上の古人骨のうち、ごく一部にすぎません。今後、より高い社会階層にいた武士、都市部ほど流通が発達していなかったと考えられる農村、江戸や京都など他の都市、さらには江戸時代の中でもより古い時期など、性質の異なる集団の歯石プロテオミクスを進めて比較することで、時代・地域・身分による食生活の違いと共通点を、より高い解像度で描き出すことができます。
今回の成果は、地域に根ざした食文化が数百年にわたる深い歴史的ルーツをもつことも示しています。たとえば、関西における真鯛の消費やウシノシタ科の利用など、現代の食卓を支える魚食文化には、江戸時代から続く長い歴史があることがわかってきました。古人骨やそこに付着した歯石という、唯一無二の文化財を慎重に分析することで、そうした食文化や食生活の起源と変遷を直接たどることができます。いつ頃から続く習慣なのか、どのように姿を変えて現在につながっているのかを知ることは、その土地の食文化のユニークさを理解するうえで不可欠です。こうした知見は、現在の様子だけを見ていても得られません。文化財を尊重し、損なわずに未来へ引き継いでいくことは、私たち自身の過去と、その延長線上にある現在や未来を見失わないための、社会全体の責任だと言えるでしょう。
【注】
【論文情報】
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成金(JP23H00715、JP24H00096)、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業(2025-Renkei-001)などの助成を受けたものです。
【問い合わせ先】
- 福原 瑶子(総合研究大学院大学 先端学術院 統合進化科学コース・博士後期課程3年)
電話:046-858-1577
電子メール:fukuhara_yoko(at)soken.ac.jp - 蔦谷 匠 (総合研究⼤学院⼤学 統合進化科学研究センター・准教授/九州大学 高等研究院・准教授)
電話:092-802-5639
電子メール:tsutaya.takumi.343(at)m.kyushu-u.ac.jp
研究内容に関すること
- 国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係
電話:046-858-1629
電子メール:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp - 国立大学法人 九州大学広報課
電話:092-802-2130
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