2024.03.11

【プレスリリース】植物だって子育てに悩んでます!?
〜数式で明らかにする雌性配偶体から胞子体への栄養供給の進化とそこで生じる雌雄の対立〜

別所和博 1 、 佐々木顕 2
1 埼玉医科大学医学研究センター、 2 総合研究大学院大学 統合進化科学コース / 統合進化科学研究センター

【研究概要】

 「子育て」を始めとする、親による子の保護の進化は行動生態学における主要な研究テーマの一つです。しかしながら、行動生態学では動物を研究対象にすることが多いため、植物における親と子の利害対立やそのもとで生じる進化についてわかっていることは限られています。

 本研究では、植物や藻類で観察される「世代交代」という現象に着目しました。そして、コケ植物や紅藻類などで観察される、母親(配偶体)による子(胞子体)への栄養供給を「子育て」の文脈で数理モデル化し、その進化について解析しました。

 その結果、過去の研究で言及されていた栄養供給の進化に関する2つの仮説を数理モデルで再現することに成功しました。さらに、この「子育て」の進化において、配偶体が栄養供給する胞子体の数と、栄養供給に関わる母親由来と父親由来の遺伝子の影響力のバランスが、三種類の進化パターンを実現しうることを明らかにしました。

【研究の内容】

 私たちヒトを始めとした有性生殖をする生物は、産まれるときに母親と父親由来のゲノムを受け継ぎます。もし、親が子に自身のゲノムをそのまま受け継がせるとすれば、子は両親のゲノムを受け継ぐため、ゲノム量は増えていってしまうはずですが、実際にはそうなっていません。これは、減数分裂によってゲノムのセット数を半減させてから、それを子に受け継がせるためです。ゲノムのセット数が1セットの状態をhaploid、ゲノムのセット数が2セットの状態をdiploidといい、ヒトの場合、体細胞は両親由来のゲノムを受け継いだdiploidで、精子や卵子などの配偶子がhaploidです。

 このようなhaploidとdiploidの交代は、有性生殖をする生物に普遍的な特徴なのですが、実は植物や藻類などでは、この特徴が複雑な繁殖システムのもとで実現されています。先程、ヒトの場合、体細胞がdiploidでhaploidは配偶子としてしか現れない、ということを説明しましたが、多くの植物や藻類では、haploidの細胞が多細胞化した生物体(これを配偶体と呼ぶ)とdiploidの細胞が多細胞化した生物体(これを胞子体と呼ぶ)の二種類の生物体が現れ、それらが交互に生じる「世代交代」という現象が知られています。

 今回、研究対象となったコケ植物の場合、私たちが独立した個体として認識する生物体は、haploidの配偶体です。多くの場合、配偶体には雄雌があり、それぞれがhaploidの配偶子をつくります。配偶子は雌性配偶体上で接合(受精)し、diploidの胞子体に発達します。このような発達様式により、diploidの胞子体はhaploidの雌性配偶体に付着する形で存在しており、栄養的にも雌性配偶体に依存しています。最終的に成熟した胞子体は減数分裂でhaploidの胞子を放出し、それが配偶体に発達することで生活環が一周します(図1)。似たような生活環は紅藻類の一部(真正紅藻綱)でも観察されます。

図1 コケ植物で観察される生活環。haploidを赤、diploidを青で表記している。
haploidである雌雄の配偶体と、雌性配偶体上に発達するdiploidの胞子体が世代交代する。

 このような雌性配偶体による「子育て」は、なぜ進化したのでしょうか?1980年にSearlesは、この雌性配偶体による胞子体への栄養供給が、低い受精成功率を補償するために進化した、という仮説を提唱しました。この仮説は長らく、紅藻類で観察される生活環を理解する基本的なコンセプトとして信じられてきましたが、2000年代に入り、diploidの胞子体における、母親由来と父親由来の遺伝子間に生じる対立が、生活環進化において重要な役割を果たす、という仮説についても議論されるようになりました。しかしながら、これら二種類の仮説はいずれも理論的な検証を十分に経ておらず、本当にこれらの仮説通りに雌性配偶体から胞子体への栄養供給が進化するのか?進化に伴いどんなパターンが観察されるのか?といったことについては何も分かっていませんでした。

 私たちは、この雌性配偶体から胞子体への栄養供給の進化を、過去に提唱された二種類の仮説を記述できる数理モデルを構築することにより検証しました。結果、雌性配偶体から胞子体への栄養供給量の進化について、配偶体が栄養供給する胞子体の数と、栄養供給に関わる母親由来と父親由来の遺伝子の影響力のバランス、という二つの要因に依存し、三種類の進化パターンが生じうることが分かりました(図2)。もし、母親である雌性配偶体(あるいは胞子体における母親由来の遺伝子)のみが栄養供給量をコントロールしている場合、母親の立場で考えたときの繁殖成功度を最大化する栄養供給量が進化します。このように、胞子体の数が少ない場合や母親の影響力が強いときには、ある進化的な意味で安定した栄養供給量が進化することになります(パターン①)。ですが、胞子体の数が増え、さらに父親の影響力が強くなると異なる進化パターンが生じます。雌性配偶体からの栄養供給量が増えるほど胞子生産量が単純に増えるという関係のもとでは、まず、進化的分岐と呼ばれる現象により集団に多型が生じ(パターン②)、最終的に栄養供給量が非常に高い値に進化します(パターン③)。

図 2 数理モデルが予測する三種類の進化パターン。

 これらの結果は、胞子体において母親由来の遺伝子と父親由来の遺伝子との間に対立が生じていることを示しています。母親の立場からすると、自身が栄養供給する胞子体は全て自分の遺伝子を均等に引き継いでいます。ですが、父親の立場に立つと、母親が栄養供給する胞子体のうち、自分の遺伝子を引き継いだ胞子体以外は、全て遺伝子を共有しないライバルです。この立場の違いにより、母親由来の遺伝子にとって望ましい栄養供給量と、父親由来の遺伝子にとって望ましい栄養供給との間に差が生じ、結果としてそれが進化における対立を引き起こすのです。私たちの研究は、配偶体と胞子体の世代交代という現象において、個体間相互作用や性的対立といった行動生態学におけるコンセプトが、その理解において重要な役割を果たすことを浮き彫りにしていると言えるでしょう。

【今後の展開】

 胞子体の雌性配偶体への依存関係は、コケ植物や紅藻類以外でも観察されます。私たちが示した植物たちの「子育て」における仁義なき対立は、真核生物が示す多様な生活環や、そこで観察される複雑な形質の進化を理解するための重要な要因になることが期待されます。

 数理モデルが示す進化パターンが本当に野外で観察されるのか?父親由来遺伝子の利己的な働きはどのように抑制されているのか?モデルが仮定していなかった無性生殖を始めとした繁殖様式は進化にどのような影響を与えるのか?本研究は動物以外の「子育て」における謎を探求するための重要な足がかりになることでしょう。

【補足説明】

 本プレスリリースのタイトルには植物が子育てに「悩む」という表現があり、また本文中でも母親・父親由来の遺伝子にとって「望ましい」という表現があります。あたかも「植物や遺伝子に意志があり、その目的に向かって進化が起こる」というふうに聞こえるかもしれませんが、これらの表現はあくまで現象を分かりやすく説明するための擬人化に基づく表現であり、そのような理解は誤りです。本研究では、ある性質を与える遺伝子をもつ個体で占められた集団に、それとは異なる性質を与える遺伝子をもつ個体が突然変異で現れた状況を想定し、その突然変異遺伝子が個体の生存や繁殖を通して集団に広がるか、という問題を数学的に調べることで進化を分析しています。

【本研究について】

本研究はJSPS科研費(16J05204, 19K16225, 22K06407)の助成を受けて行われました。

【著者情報】

  • 別所 和博(埼玉医科大学・医学研究センター 助教)
  • 佐々木 顕(総合研究大学院大学・統合進化科学コース/統合進化科学研究センター 教授)

【論文情報】

【連絡先】

  • 研究内容に関すること
    別所 和博(埼玉医科大学・医学研究センター 助教))
    電子メール: besshokazuhiro.research@gmail.com
  • 報道担当
    総合研究大学院大学総合企画課 広報社会連携係
    電子メール: kouhou1@ml.soken.ac.jp

    学校法人 埼玉医科大学
    広報室
    電子メール: koho@saitama-med.ac.jp

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