2024.06.21

【プレスリリース】下水中ウイルス濃度から流域の感染者数を予測する解析アプリ 〜 COVIVIS(コビビス) 運用スタート 〜

佐々木 顕 1,2 、 大槻 亜紀子 1 、 鈴木 清樹 1 、 吉田 弘 3 、 宮崎 悠矢 4
1 総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター、 2 総合研究大学院大学 統合進化科学コース、 3 国立感染症研究所、 4 株式会社サイエンスグルーヴ

研究成果

概要

環境水中(主に下水中)のウイルス濃度測定データを基に、その流域の発症者数を予測するためのデータ解析手法およびWebアプリケーション「COVIVIS(コビビス)」を開発し、2024年6月より一般公開を開始いたしました。 新型コロナウイルスをはじめ、下水中ウイルス濃度から流域の感染状況を把握する監視システムである下水サーベイランスが全国的に広がっております。それに伴い、COVIVISでは多くの自治体や研究機関に向けて、簡便かつ汎用性の高いデータ解析ツールを提供いたします。

COVIVISは、環境中のウイルス濃度データと感染者数に関する疫学データの双方が十分に存在する期間を用いて、両者の双方向予測が可能な数理モデルの最適なモデルパラメータを推定します。さらに、そのモデルパラメータと新規のウイルス濃度データを予測モデルに入力し、新規の感染者数の予測値を出力します。 他にも下水中ウイルス濃度と陽性報告数の時系列データの下処理(検出下限値、移動平均、データ欠損日の補間など)や、陽性報告数データを公表日ベースから発症日ベースへ逆進推定する機能、解析結果のサーバーへの保存や他のユーザーと共有機能を実装しております。  公衆衛生に関連する行政機関、医療機関、研究・教育機関、民間企業など、幅広く利用者を募集しております。是非ともCOVIVISに触れてみてください。

アプリ開発の背景

新型コロナの流行当初、関係各所が総力を上げて陽性報告数の全数調査に取り組みました。現在では週一回の定点報告に移行しましたが、できるだけ労力やコストをかけずに疫学データを把握する試みの一つとして、下水中のウイルス濃度を測定することにより、その流域の感染状況を予測する「下水サーベイランス(監視)」が全国的に導入されております。下水中のウイルス濃度の測定は定量PCRによる測定手法が確立しており、水質や流量などの測定場所固有の条件の違いに対しても技術面での対応が進んでおります。幸にして一部の自治体では十分な疫学データの得られる全数調査期間における下水中ウイルス濃度の時系列データを有しており、これらの期間に感染者数と下水中のウイルス濃度の間に十分な相関がみられることから、下水中ウイルス濃度の測定が感染者数の推定に繋がる有効な手段の一つになりえることが示唆されました。新型コロナ流行初期では一部地域で試験的に行われていた調査プロジェクトでしたが、今後は全国規模でのウイルス濃度測定のネットワークが整いつつあります。それに伴い、各自治体において簡便かつ包括的に感染者数を推定するデータ解析ツールの必要性が高まっております。

COVIVISは理論疫学に基づいた解析手法を実践レベルで使用することを念頭に組み上げられており、実際にウイルス濃度測定に従事する自治体に向けての解析ツールの開発や、学術論文等にも幅広く引用頂ける解析手法をオープンソースにて公開しております。本アプリが開発された目的は、上記の活動を通じて継続した疫学動態を追跡すること、さらにそのためのデータ解析ツールを提供することにあります。

本アプリの目的と基本設計

COVIVISの目的は下水中ウイルス濃度データからその流域の感染者数を予測することです。そのためには、過去のある期間において双方のデータが十分に得られている必要があります(図1) 。この2つの時系列データを、双方向に予測するためのモデル(疫学モデルもしくは回帰モデルを選択)に当てはめ、最も両時系列データがフィットするモデルパラメータを推定します。次に、推定されたパラメータと新規に予測したい期間のウイルス濃度データを予測モデルに入力し、感染者数を予測します。すなわち、COVIVISは過去のある期間のウイルス濃度データと疫学データに加え、新規に予測したい期間のウイルス濃度データ、これら3つのデータを入力し、新規に予測したい期間の感染者数を出力する解析ツールです(図3)。

図1 下水中のウイルス濃度データと流域の感染状況データの関係から見たCOVIVIS解析ツールの目的

COVIVISは、パラメータ推定フォームと発症者数予測フォームの2つからから構成され、常に最新の変異株や地域特性に応じたモデルパラメータを求めることができます。これにより、対象地域の感染状況と下水中ウイルス濃度のフィッティングが容易になり、測定方法や水質特性の違い、変異株の置き換わり、流行波ごとの人々の行動変容によるパラメータ変化に自動的に対応することができます。

また、コアとなる予測モデル(図2)では、感染動態を明示的に表した数理疫学モデルを採用しているため、AIなどで推定した予測結果とは異なり、解析結果から感染動態の生物学的・疫学的パラメータが推定されるため、具体的な予防政策の立案や、病原体の生物学的な特性の推定や変化の把握に繋がるものとなっております。

図2 疫学モデルの概要
  • 左) 予測モデルの基本となる疫学モデル。実際に検出可能なデータは有症感染者(発症者数)と下水中ウイルス濃度であるが、発症前感染や無症状感染も想定することで予測の精度が向上する。
  • 右) 発症者1人あたり換算のウイルス検出量について、上図のような山形の排出曲線を仮定し、発症者数の時系列データから流域全体のウイルス濃度を計算することで、両者が最もフィッティングする最適な3つのパラメータv, ω, γを推定する。

データの読み込みはファイル入力やテキスト入力に対応しており、移動平均やデータの欠損日を線形補間する機能、週次集計データを日次データに均等割する機能、公表日ベースの陽性報告者数データを発症日ベースに逆進推定する機能など、各種データの下処理が可能です。また、パラメータ推定、発症者数予測のそれぞれの解析結果をCOVIVISサーバー上に保存する機能や、他のユーザーと情報共有することもできます。

解析結果について

COVIVISの解析手法を用いて新型コロナウイルスにおける国内都市部での実測データを解析したところ、下水中ウイルス濃度と陽性報告数が高い精度で適合する(決定係数0.7〜0.8)ことが判りました。感染者からのウイルス検出量のピークは発症後0〜1日と推定され、ピーク前後の緩和時間は1〜2日と急峻であることから、下水中のウイルス濃度には口腔分泌物が大きく寄与していることが示唆されました。また、集水域人口10万人あたり一人の感染者がいた場合に上昇するウイルス濃度は1600 GC/Lと推定され、これは検出限界の400 GC/Lを超える値となるため、10万人にひとり程度の感染があれば、下水センサスにより感染状況の把握が可能であることがわかりました。

COVIVISでは、このような高度な解析結果を5分程度の作業時間で出力することができます(図3)。

図3 COVIVIS解析結果の一例

今後の展開

COVIVISは、産学官(国立感染症研究所、地方衛生研究所、自治体、大学、企業)で構成される「下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)調査プロジェクト」であるNIJIs(New Integrated Japanese Sewage Investigation for COVID-19) (https://nijis.jp/)の一環として研究開発・運営されております。NIJIs参画メンバーを中心にCOVIVISのユーザーを募り、実装試験を積み重ねることでアプリのバージョンアップや解析結果の蓄積を図ります。また、COVIVISは新型コロナウイルス以外の感染症にも適用可能です。現在NIJIsにおいても様々な病原体に対して下水中からの検出・定量が試みられており、下水サーベイランスが公衆衛生の社会的インフラとなる未来に備えるものであります。

補足説明

COVIVIS解析ツールのご使用にはアカウント登録が必要です。NIJIsに参画されているメンバーであれば即時アカウント発行をいたします。NIJIs以外からのご利用希望の場合は個別に対応させて頂きます。対象としては、既に下水サーベイランスに関連する研究実績を有する研究機関・研究者、環境中ウイルス濃度等の一次情報を有している研究機関・研究者、データ解析等の専門知識を有している研究教育機関(大学)・研究者等を想定しております。ご希望の際は、使用者名、所属先、連絡先、使用目的(二次利用の有無など)を記した申請書(形式自由)をご提出ください(提出先:covivis@ml.soken.ac.jp).審査の上、アカウントを発行いたします。上記の条件の枠外であると審査された場合は、恐れ入りますがオープンソースで公開しているRコードによる解析手法をご参照ください

本研究について

本研究は厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業)(23HA2015)「環境水に含まれる新型コロナウイルス等病原体ゲノム情報の活用に関する研究」の助成を受けて行われました。

開発者情報

佐々木 顕(総合研究大学院大学・統合進化科学コース/統合進化科学研究センター 教授)

問い合わせ先

  • 本アプリのご利用に関すること
    COVIVIS運営
    電子メール:covivis@ml.soken.ac.jp
  • 研究内容に関すること
    佐々木 顕(総合研究大学院大学・統合進化科学コース 教授)
    電子メール:sasaki_akira@soken.ac.jp
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電子メール:kouhou1@ml.soken.ac.jp

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