2024.09.13

【プレスリリース】わずか30年で生じる都市化の影響:都市のエゾリス集団の遺伝構造解析

高畑 優 1 ,2, 内田 健太 3 , 沓掛 展之 1 , 嶌本 樹 4 , 浅利 裕伸 5 , 寺井 洋平 1
1 総合研究大学院大学, 2 立命館大学, 3 東京大学, 4 日本獣医生命大学, 5 帯広畜産大学

発表の要点

 北海道の街中で日常的に見られるエゾリスは、将来も都市部にいるのだろうか?本研究では遺伝子を調べることで、エゾリスが都市部で隔離されていることがわかりました。本研究で明らかになった現象は少なくとも30年ほどで生じているため、都市化がもたらす野生動物への遺伝的な影響は急速に生じることが示されました。

研究概要

 近年、多くの野生動物が都市部で生息し始めています。今や生物多様性保全の場としても重要視されている都市において、これらの野生動物が長期にわたって都市で生息するためには、どのような環境を築けばよいのでしょうか?そのヒントを得るうえで、都市に生息する野生動物の集団遺伝構造を深く理解することが欠かせません。本研究では、北海道帯広市の都市部から郊外にかけて生息するエゾリスを対象に、集団の遺伝構造を調査しました。その結果、以下のことがわかりました。

  • 都市と郊外の集団間で遺伝的交流が減少し、遺伝的に分化していること
  • 都市と郊外の緑地が連結する中間部の緑地(林や防風林)があることで、都市と郊外の集団の遺伝的交流が維持されていること
  • 都市部で生息地間での集団の分化が拡大していること
  • 都市部で遺伝的多様性が減少したこと

 帯広市でリスの都市生息が確認されたのは1990年代からであることから、これらの遺伝構造への影響はわずか30年ほど、約15世代を経る間に生じたことが示唆されました。また、リスが受けたこれらの遺伝的影響は、交通量の多い道路の存在・緑地の欠如・餌付けの存在などの都市特有の要因によって生じた可能性も示唆されました。

図1. 研究の概略図。郊外から都市部に向かうほどエゾリス集団の遺伝的交流が難しくなり、遺伝的距離の拡大と遺伝的多様度の減少が生じていた。

研究の背景

(I)都市で生息する野生動物
 近年、多くの野生動物が都市を新たな生息地として利用し始めています。都市に生息する野生動物は、人が提供する餌や環境をしたたかに利用することで都市生息を成功させています。しかしその一方で、遺伝的な構造を調査すると、集団内での近親交配の増加や遺伝的浮動の減少など、都市生息がもたらす負の側面も明らかになっています。これらの悪影響は、野生動物が都市での生息を維持できなくなるリスクを孕んでいます。
 都市化がすすみ、野生動物の自然の生息地が失われている昨今において、都市は生物多様性保全の重要な場としても注目されています。都市の野生動物が長期にわたって都市部で生息できる環境を築くためには、都市化が彼らの遺伝構造にどのような影響を与えているのか、また、どのような要因が集団の遺伝構造に影響を与えているのか調査することが求められています。

(II) 都市に馴染むエゾリス
 本研究では、調査対象としてエゾリスに着目しました。エゾリスはユーラシア大陸に広く分布するキタリスの北海道亜種です。キタリスの都市生息はさまざまな国で見られており、北海道でも街中の公園や住宅地で簡単に見ることができます。日中に活動する彼らは観察や捕獲が簡単にできるため、野生動物の都市生態(都市における生態変化)を理解する上で適したモデル生物であると言えます。実際に、都市における様々な生態変化が報告されてきました。
 都市の野生動物の遺伝構造を調査し、どのような要因が遺伝構造に影響をもたらしているか考えるうえでは、都市における生態に関する情報が不可欠です。都市生態に関する先行研究が十分に蓄積されているキタリスに着目することで、遺伝構造に影響を与える要因について考察することができます。

図2. 都市に生息するエゾリス

研究結果の成果

 北海道帯広市の都市部から郊外にかけて生息するエゾリス集団を対象に全ゲノムにわたって調べることが可能なMIG-seq法を用いて、遺伝構造の解析を行いました。本研究では、調査地の特徴により都市部・中間部・郊外部のエゾリス個体について解析をしました。その結果、第一に、都市と郊外の集団は遺伝的に分化していることがわかりました。一方で、都市と郊外の集団は完全に隔たれているわけではなく、都市部の緑地(公園)と郊外の緑地を連結する中間部の緑地(林や防風林)により遺伝的交流が維持されていることがわかりました。
 第二に、地理的距離を考慮した遺伝的な距離は、都市部の調査地間でより遠くなっていることがわかりました。これは、リスの生息地間での遺伝的交流が妨げられていることを意味しており、その要因として都市部の交通量の多い道路の存在・緑地の欠如・餌付けの存在が考えられます。実際に、都市のリスの主な死因は交通事故死であることが報告されています。帯広市では2年間で50匹の轢死死体が発見されています。道路の存在および移動の際に轢死することが、遺伝的交流を妨げている可能性があります。また、リスは森林依存性が高いため、他の場所に移動する際に緑地を主に利用することが知られています。郊外から中間部にかけては移動に利用できる緑地(林や防風林)が多数存在するものの、都市部では極端にその緑地が少なくなります。移動に使用できる経路が少ないことも、都市で遺伝的交流が妨げられる要因なのかもしれません。さらに、都市の中で行われている餌付け(リスへの餌やり)が影響している可能性もあります。餌付けされたリスは餌資源に恵まれているため、他の場所に移動しなくなること、また、移動距離が短くなることが知られています。
 第三に、都市部の集団サイズが小さく、かつ遺伝的交流が妨げられているためか、遺伝的多様度は都市部で低くなることがわかりました。

図3. 遺伝構造の解析結果(上図:主成分分析、下図:ADMIXTURE)。上図の各点は各個体を示し、それぞれ都市、中間、郊外集団として特徴づけられることを示す。下図の各バーは個体ごとの遺伝的特徴であり、灰色が都市、黒色が郊外の遺伝的要素を示す。都市・郊外の遺伝的要素は、それぞれ都市と郊外のリス集団の遺伝構造の中で高い割合を占めており、中間部では混ざり合う様子を示している。

まとめ

 本研究では、エゾリスの遺伝構造が都市化の影響を受けていること、また、都市特有の要因によってその遺伝構造が形成されていることがわかりました。帯広市でリスの都市生息が確認されたのは1990年代からであることから、これらの遺伝構造への影響はわずか30年ほど、約15世代を経る間に生じたことが示唆されました。影響を与えた要因を考えると、道路などの都市景観だけでなく、防風林などの林の伐採や餌付けなど、都市における人の生活の営みが野生動物の遺伝構造に影響を与えていると言えます。野生動物の生息地としても機能し始めている都市において、人の生活や活動が野生動物に与える影響を考えることは、生物多様性保全をしていくうえで不可欠でしょう。

著者情報

  • 高畑 優(総合研究大学院大学/ 現 立命館大学 専門研究員)
  • 内田 健太(東京大学 助教)
  • 沓掛 展之(総合研究大学院大学 教授)
  • 嶌本 樹(日本獣医生命大学 講師)
  • 浅利 裕伸(帯広畜産大学 准教授)
  • 寺井 洋平(総合研究大学院大学 准教授)

論文情報

  • 論文タイトル: Urbanisation has impacted the population genetic structure of the Eurasian red squirrel in Japan within a short period of 30 years
  • 掲載誌: Conservation Genetics
  • DOI: 10.1007/s10592-024-01631-9

研究サポート

 本研究は日本学術振興会 特別研究員奨励費(22KJ1422)の支援の下で実施されました。

【問合せ先】

  • 研究に関すること
    高畑 優(立命館大学 OIC総合研究機構・専門研究員)
    E-mail: yu.takahata1231@gmail.com

    寺井 洋平(総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・准教授)
    E-mail: terai_yohei@soken.ac.jp
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    E-mail: kouhou1@ml.soken.ac.jp

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